「3年A組 -今から皆さんは、人質です-」の人気の裏にあるのは?(東洋経済オンライン編集部撮影)

視聴率は1話10.2%、2話10.6%、3話11.0%、4話9.3%、5話10.4%、6話11.7%、7話11.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、翌日の仕事や学校が気になる日曜22時30分からの放送としては十分な結果を残している「3年A組 -今から皆さんは、人質です-」(日本テレビ系)。

唯一1桁視聴率の4話が放送された1月27日は、「嵐が緊急記者会見を行い、多くの視聴者が『Mr.サンデー』(フジテレビ系)に流れた」(「3年A組」は録画視聴された)というイレギュラーな事情がありました。ネットメディアの記事やSNSでの反響が、ドラマに限らずテレビ番組の中でトップクラスであることも含めて、「3年A組」が数字と話題性の両方を得ているのは間違いありません。

しかし、「今どき学園ドラマは難しいだろう」「1話完結ではないから視聴率は取れない」などと、前評判は決して高くありませんでした。さらに、映画の「悪の教典」「告白」「バトル・ロワイアル」や、ドラマ「家族ゲーム」(フジテレビ系)に「似ている」という声が飛び交うなど、否定的な声も多く、業界内では「失敗作に終わりそう」という見方が大勢を占めていたのです。

なぜ「3年A組」はここまで成功を収めたのでしょうか? その理由を掘り下げていくと、テレビの希望と絶望が見えてきたのです。

若年層にもウケた金八先生風のお説教

なぜ「3年A組」はウケているのか? 最大の理由は、テンポが速くドラマチックなストーリー。放送開始前は、あらすじを知った人々から、「先生が生徒を監禁する“出落ちドラマ”」「最後までこのテンションが保てるとは思えない」などの厳しい声を浴びていました。

しかし、いざ始まってみると、毎週のように「新事実発覚」「衝撃の急展開」「第1部完結」「ヒーロー編開幕」「犯人と対決」と緊張感のあるシーンが立て続けに訪れ、学校というワンシチュエーションの作品ながら、視聴者を飽きさせることはありません。

次に考えられる理由は、主人公・柊一颯(ひいらぎ いぶき)のキャラクターと、菅田将暉さんの演技。柊は「生徒を監禁し、校内に爆弾や監視カメラを仕掛けて脅す」などの危険人物ながら、各話のクライマックスで見せる生徒への熱血指導が視聴者の胸を打っています。

その姿は武田鉄矢さんが演じた坂本金八先生のようであり、「3年A組」というタイトルからも「3年B組金八先生」(TBS系)を意識したものであることがわかるのではないでしょうか。

しかも、その熱血指導は、ねたみや逆恨み。イジメや同調圧力。無責任なネット書き込みや拡散。それらに無関心や見て見ぬフリなど、高校生に限らず現代人の問題に対するメッセージとなっているのです。下記にいくつか、柊の発言を挙げてみましょう。

「過去の自分が今の自分を作る!」「変わるんだ! 悪意にまみれたナイフで、汚れなき弱者を傷つけないように変わるんだよ!」「それが痛みだ! その痛みを一生忘れんなよ」「お前が抱いた悩みや苦しみを誰かにぶつけたか? 仲間に、クラスメートに、教師に。『誰か助けてくれ』って、お前はすがったか?」

「恥を繰り返して強くなるんだ。恥もかかずに強くなれると思うな!」「お前の不用意な発言で、身に覚えのない汚名を着せられ、本人が! 家族が! 友人が! 傷つけられたかもしれないんだ。お前は取り返しのつかないことをやろうとしたんだ」「お前たちはもう感情に任せて過ちを犯せる歳じゃないんだよ。それが許される歳じゃないんだよ!」

まるで昭和の先生を思わせる“お説教”であり、それを最も嫌いそうな10〜20代の若年層にもウケていることに、各局のテレビマンたちは「まさか……」と驚いているのではないでしょうか。

また、ドラマのエピソードや柊のセリフが、現在メディアをにぎわせている「バイトテロ」「客テロ」など不適切動画のニュースとシンクロしたことも、「3年A組」の追い風となり、評価は一気に高まっていきました。

思い込みや決めつけに基づく悲観論

「3年A組」のヒットは、テレビ業界で働く人々に希望を抱かせています。

「日曜22〜23時台の番組でも視聴率が取れる」「学園ドラマでも視聴率が取れる」「刑事・弁護士らの1話完結事件ドラマでなくても視聴率が取れる」「『教師が生徒を監禁する』という過激な設定が受け入れられ、視聴率が取れる」「熱血主人公やお説教の脚本・演出でも視聴率が取れる」「大半が実績の少ない若手俳優でも視聴率が取れる」

「3年A組」がもたらしたこれらの事実は、テレビマンたちを勇気づけるものとなっているのです。しかし、それらは必ずしもポジティブなものではありません。むしろ、「いかにテレビ業界に絶望感が蔓延しているかを浮き彫りにした」とも言えるのです。

前述した希望は、すべて「視聴率が取れる」という観点からのものであり、テレビマンたちがいまだそこに拘泥していることの表れ。例えば、「視聴率が取れないから」と学園ドラマを制作せず、「視聴率を取るため」に1話完結の事件ドラマが量産されています(現在プライムタイムで放送中の過半数が1話完結の事件ドラマ)。

その点「3年A組」は、1話完結の事件ドラマではなく、大きな1つのテーマを追う長編サスペンス。「教師が生徒を監禁する」という苦情が殺到するかもしれない過激な設定も含め、「リスク覚悟でチャレンジする」という姿勢は他局にないものであり、もともと成否にかかわらず評価されてしかるべき作品だったのです。そんな姿勢があったからこそ、テレビよりネットの接触時間が長い若年層にも、「これはほかのドラマとは違う」とウケているのではないでしょうか。

これは裏を返せば、ほかのテレビマンたちが、いかに「学園ドラマは見てもらえない」「熱血教師やお説教は受け入れられない」「1話完結でない長編では厳しい」という思い込みや決めつけに基づく悲観論を持っているか、ということ。楽観論にはなれないとしても、「挑戦すらしない」「挑む前に諦めてしまう」という悲観的なムードこそが、テレビ業界の抱える最大の問題なのかもしれません。

テレビマンにこそ必要な「Let’s think!」

しかし、学園ドラマであり、熱血教師のお説教である、長編の「3年A組」が、見事に結果を出しました。

さらに昨年を振り返ってみると、最も反響を集めたドラマは、「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)と「今日から俺は!!」(日本テレビ系)の2作でした。事実として両作は全話平均視聴率が1桁であるにもかかわらず、私も審査員の一人である「コンフィデンスアワード・ドラマ賞」のグランプリに該当する「作品賞」を受賞。視聴者や審査員たちから作品の質以上に評価されたのは、「新しいものへの挑戦」「世間の反響を集めた」でした。

つまり、テレビ業界以外の人にとって「視聴率など関係ない」「新しいものや見たことのないものが見たい」ということ。テレビマンによる視聴率に拘泥したマーケティングが、いかに視聴者感覚と乖離しているかがわかるのではないでしょうか。

一方、1話完結の事件ドラマは、8〜15%の視聴率は取れても、ネットニュースにすらなりにくいほど話題性は乏しく、視聴したにもかかわらず「話を覚えていない」という人が少なくありません。一定のニーズがあることに疑いの余地はないものの、「ワンパターンな展開を気軽に見る」「1話見逃しても気にならない」。だから「メインターゲットが中高年層になる」という、かつての時代劇に近いポジションなのです。

この先も高齢化社会が続くとはいえ、安易な1話完結の事件ドラマの量産は、「消費に直結しやすい10〜30代にリーチしづらい」など、未来の発展性に欠けるのは明らか。実際、各局の営業マンなどから「そこそこ視聴率を取っている割に売り上げはよくない。スポンサー受けも微妙」という声をしばしば聞くようになりました。

誤解のないように書いておくと、「1話完結の事件ドラマがよくない」というわけではありません。「テレビが現在置かれている市場にフィットしない視聴率という指標に基づいた戦略を採り、似たタイプの作品に偏ってしまう」ことが問題なのです。

「3年A組」「おっさんずラブ」「今日から俺は!!」のように、思い切ったものに挑戦してベストを狙うのか? それとも、1話完結の事件ドラマでベターを目指すのか? 柊が生徒たちに繰り返し問いかけている「Let’s think!(考えてみよう)」は、テレビマンたちにこそ必要なメッセージに見えるのです。

柊一颯から学ぶべき「挑戦」と「熱さ」

いずれにしても「3年A組」は、「ネット上でトップクラスの反響を得ている」「若年層の注目と支持を集めている」など、同作にとどまらずテレビそのもののポテンシャルがいまだに高いことを証明しました。

命を賭して生徒たちに訴えかける柊の姿から感じるのは、1980〜1990年代前半のテレビ番組によく見られた「挑戦」と「熱さ」。前述したように、1話完結の事件ドラマに偏り、多様性が失われているのは、これらから遠ざかっているからでしょう。

往時の「挑戦」と「熱さ」を忘れ、多様性が失われているのは、ドラマだけでなくバラエティーも同様。最低限の視聴率を確保するために、中高年向けの生活情報系番組や日本礼賛番組、ファミリー層向けのクイズ番組を量産したことで、若年層を中心に「テレビは同じようなものばかり」という印象が定着してしまいました。

本来、優秀であるテレビマンたちが、そんな問題点をわかっていないはずがありません。しかし、彼らも一企業のサラリーマンだけに「目の前の数字を大きく落とすわけにはいかない」「だから自分の代では長年の商慣習を変えられず、問題を先送りにしてしまう」というジレンマを抱えているようです。

「3年A組」が特別ではなく、視聴者に「挑戦」と「熱さ」を感じさせる番組が各局にあふれている。そんな状況が再び訪れたら、テレビはまだまだエンタメのトップを走り続けられるのではないでしょうか。