陸自の装備でレアなものといえば、その一角に上がるだろう車両が「輸送防護車」です。数も少なく、その出番もかなり限られているからですが、なぜそのような装備を調達したのか、そこにもウラがあります。

ほとんど目にしないレアな「輸送防護車」

 陸上自衛隊には、16式機動戦闘車を始めとする6種類の装輪式(タイヤ式)装甲車がありますが、このなかに「輸送防護車」というものがあります。このネーミング自体、なんだか分かるような、分からないような装甲車ですが、現用では唯一の外国製の装輪式装甲車で、8両しか配備されておらず、目にするチャンスも少ないというレアなクルマなのです。


輸送防護車。天井の銃手の前に張り出している2本の棒はワイヤーカッター。左側面にはウインチと燃料タンクが取り付けられている(月刊PANZER編集部撮影)。

 元はタレス・オーストラリア社製「ブッシュマスター」と呼ばれる装甲車で、2015年3月から配備が始まっています。前面に大きなフロントガラス、側面にもガラス窓(もちろん防弾)があり、あまり戦闘車然とせず「いかついバス」のような外見をしています。ところがこのクルマ、結構「硬い」のです。堅牢なラダーフレームの上に、装甲化されより堅牢性を高めたモノコックボディを載せており、さらに底部の形状をV字型にして地雷の爆風を逃がしやすくするなど、地雷や道路に仕掛けられた爆発物から車内の乗員を守る特殊な構造になっています。


平成30年度自衛隊観閲式に参加した輸送防護車(月刊PANZER編集部撮影)。

5.56mmMINIMI軽機関銃を装備し、呼びかけ用のスピーカーも見える。フロントガラスは防弾だが、ワイパーも付いて戦闘車両には見えない(月刊PANZER編集部撮影)。

車室には後部ハッチから出入りする。車高がかなり高いのが分かる(月刊PANZER編集部撮影)。

 陸自が輸送防護車を導入したのは、2013(平成25)年1月に発生した「アルジェリア人質事件」がきっかけになっています。この事件では、人質の母国である各国から特殊部隊が派遣され、日本でも、ソマリア沖海賊の対策部隊としてジブチに派遣されていた陸上自衛隊の部隊を派遣する案が出されたものの、法的な問題から実現しませんでした。当時の自衛隊法は、「在外邦人救出」における自衛隊の活動について、航空機と船舶による輸送しか認めておらず、自衛隊は輸送機を空港に派遣して待機するしかできなかったのです。

 この事件が契機となり、自衛隊による在外邦人の陸上輸送もできるよう、2013(平成25)年11月に自衛隊法が改正されました。同年度末には、防衛省が「輸送防護車」購入の補正予算を計上し、そこで選定されたのが「ブッシュマスター」です。

なぜオーストラリアから輸入なの?

 2015年年3月に、陸上自衛隊仕様の「ブッシュマスター」、すなわち「輸送防護車」4両が、陸上自衛隊の緊急展開部隊である中央即応連隊に配備されました。2016年には4両が追加調達されています。


「邦人等保護措置訓練」の1場面、暴徒を排除する訓練(月刊PANZER編集部撮影)。

 なぜ「ブッシュマスター」が選ばれたのでしょうか。オーストラリアは左側通行で右ハンドルであり、車幅が2.48mに抑えられているため、日本国内で運用しやすいことが挙げられています。ちなみに道路運送車両法と車両制限令では、公道を走行可能な車両の幅は2.5m以内と規定されており、16式機動戦闘車をのぞく自衛隊の装甲車はすべてこの規定の範囲内に収まっています。


演習場の輸送防護車。フロントガラス上方の角状のものは、仕掛けられたワイヤーから乗員を護るワイヤーカッター(月刊PANZER編集部撮影)。

軽装甲機動車と車列を組む輸送防護車(月刊PANZER編集部撮影)。

天井にはハッチが3か所ある(月刊PANZER編集部撮影)。

 また、購入が検討されていた2013年という時期にも注目です。当時はオーストラリア海軍が新型潜水艦の導入を検討している時期で、日本の潜水艦もその候補になっていたのです。当初は大型武器輸出商談として日本も力を入れており、オーストラリア製品を購入することで、商談を有利に進めたいという意図も働いていたと言われます。しかしこの潜水艦商談は結局、フランスのメーカーが受注しました。

日本の装甲車ではだめだったの?

 冒頭で述べたように、日本には国産の装甲車が5種類もあります。これらを「輸送防護車」として使うことはできなかったのでしょうか。

 これらの装甲車は基本、国内における戦闘用で、兵員を戦場に輸送することを目的に作られているため、人を長距離輸送するには不向きとされています。96式装輪装甲車は一般道を長距離移動することができますが、隊員のあいだでは、後部兵員室に長く乗車するのは騒音や閉塞感などを理由に嫌がられると言います。トラックや高機動車の荷台の方が、決して快適とは言えないまでも、「まだまし」のようです。


輸送防護車の右側面。比較的大きな防弾窓が設けられている。後部の丸い物はカバーされた予備タイヤ(月刊PANZER編集部撮影)。

「ブッシュマスター」は、広いオーストラリア大陸を移動することを前提に設計されているため、居住性も配慮されています。窮屈ながらも空調があり、「まだまし」レベル以上にはあるようです。また、日本国内では想定されていない、地雷や仕掛け爆弾などの脅威下でも陸上輸送を行える車両ということも、導入時の選定における重要なポイントでしたが、逆にいえば日本製装甲車は、地雷や仕掛け爆弾に対する防御は弱いのかと不安になるところでもあります。

 自衛隊が海外に出動して邦人の保護救出に当たるとなれば、在外公館との調整、派遣部隊の受け入れ準備、経路の確認といった事前準備から始まり、輸送機や輸送船も用意して、輸送防護車だけでなく多くの人員、車両、装備を持っていく「大作戦」になります。それゆえ、いざというときにスムーズに動けるよう、各機関が協力して「邦人等保護措置訓練」を毎年実施しています。輸送防護車も活躍しますが、実際にそれが海外で活躍するのは在外邦人に危険がせまっているとき。姿を見ない「レア」なクルマのままで居て欲しいものです。

【写真】ちょっと狭い「輸送防護車」の車内


輸送防護車の車内はちょっと狭いながらも、空調がきくので比較的快適という。操縦手1名+9名が乗車可能(画像:アメリカ陸軍)。