韓国大法院で判決を待つ元徴用工の原告(右から二人目)。判決により、元徴用工4名(うち3名は死亡)に対して1人あたり1億ウォン(約1000万円)の賠償義務が確定した(写真:ロイター/Kim Hong-Ji)

日本の最高裁に相当する韓国大法院は10月30日午後、日韓関係に重大な影響を与えかねない判決を下した。日本による朝鮮半島統治時代に「強制労働させられた」と新日鉄住金を訴えた元徴用工の差し戻し上告審で、同社に損害賠償を認めた高裁判決を支持して新日鉄住金側の上告を棄却したのだ。これにより、訴えていた元徴用工4名(うち3名は死亡)に対して1人あたり1億ウォン(約1000万円)の賠償義務が確定したことになる。

だが、日韓の戦後補償に関する問題は、1965年の日韓請求権協定第2条で「完全かつ最終的に解決されたことを確認する」とされており、当然ながら徴用工問題もこれに含まれる。さらに日本が韓国に5億ドルの経済支援(さらに民間借款の3億ドルがある)を行う代わりに、日本に対する請求権を放棄することに合意したはずだった。

「日韓請求権関連問題対策室」を設置

過去の合意に反する大法院判決が出たことで、河野太郎外相は早速「請求権協定は日韓国交の法的基盤で、その基盤が棄損されることになれば、日韓関係に影響が生じる可能性もある」とこれを危惧するコメントを発表した。そのうえで李洙勲韓国大使を外務省に呼んで「法の支配が貫徹されている国際社会の常識では考えられない」と厳重抗議。同日付で省内に「日韓請求権関連問題対策室」を設置した。

また安倍晋三首相も同日午後の衆院本会議で日本維新の会の馬場伸幸幹事長の質問に対して「この判決は国際法に照らしてありえない判断だ。日本としては毅然として対応する」と答弁し、韓国大法院の判決は断固受け入れられないという姿勢を貫いている。

今回の問題は、4人の元徴用工が1997年に大阪地裁に新日鉄住金を訴えたことに始まる。大阪地裁は損害賠償責任を否定し、2003年10月には最高裁で原告敗訴が確定した。つまり、日本での裁判は原告側敗訴で結審している。

4人は2005年2月にソウル中央地裁に提訴したが、裁判所が2008年4月に日本の裁判が有効と判断したことにより敗訴。ソウル高裁に控訴したが、2009年7月にまたもや敗訴している。

形勢が変わったのは2012年5月の大法院判決だ。韓国大法院は「反人道的不法行為や植民地支配と直結する不法行為による損害賠償は、日韓請求権協定の適用対象に含まれると見るのは難しい」と判断し、控訴審の破棄と審理差し戻しを命じた。これを受けてソウル高裁は2013年7月に元徴用工1人あたり1億ウォンの賠償を認めたが、それを不服とした新日鉄住金が再上告。5年以上を経て今回の大法院判決が出されたということになる。

なぜ司法の判断が変わったのか

なぜ2012年の大法院の判決以降に司法の判断が変わったのだろうか。それは2011年に憲法裁判所が慰安婦問題について、「韓国政府が日本政府と交渉しないのは人権侵害で違憲」と判断したことがきっかけになっているのではないだろうか。

実際、この少し前から、アメリカなどで韓国の民間団体による慰安婦の像や碑の建設が相次ぎ、反日感情が高まっていた。それに乗じて支持率を回復しようとしたのが、実兄が斡旋収賄で逮捕されたり土地不正購入疑惑が発覚したり、とスキャンダルに悩んでいた李明博大統領(当時)だ。

李大統領は2011年12月の日韓首脳会議で野田佳彦首相(当時)に慰安婦問題の解決を迫り、2012年8月には大統領として初めて竹島に上陸した。ちなみに李大統領の竹島上陸をきっかけに、政府関係者の竹島上陸は今日まで続き、10月22日には13名の超党派の国会議員が行政監察のために上陸している。

こうした政治背景の中で、出たのが2012年5月の大法院判決である。韓国の司法は政治の影響を受けることが多いとされる。今年10月27日に韓国検察が林鍾憲前法院行政処次長を逮捕したのは、大法院が朴槿恵政権の意向を汲んで徴用工の民事訴訟の進行を遅らせた容疑があったためだ。実際にその3日後の10月30日まで、5年以上にわたって大法院の判決は出されていなかった。

政権の影響を受けやすいという事情をよく認識し、しかもその影響力を積極的に行使しているのが、現在の文在寅大統領かもしれない。文大統領は2017年9月に金命洙前春川地方裁判所長を大法院長に任命したが、大法院判事を経験したことのない裁判官を長官に抜擢するのは前例がないことだった。

しかも人事聴聞会の報告書には、反日反米の裁判官の集団である「ウリ法研究会」の会長を務めた金氏の政治的信条から「司法の中立性」について疑問視する意見も付されていた。

さらに文大統領は金氏を指名した2017年8月の記者会見で、2012年の大法院の判決を引用しつつ「韓国政府もそのように望んでいる」と述べた。


文大統領は2012年の大法院判決を支持していた(写真:REUTERS/Max Rossi)

なお文大統領の“政治的師匠”である故盧武鉉元大統領は2005年、「徴用工問題は日韓請求権協定に含まれ、韓国政府が賠償を含めた責任を持つべきだ」という政府見解をまとめている。盧大統領の側近として2004年から大統領府に勤務していた文大統領が、それを知らないはずはない。

また今回の大法院判決を踏まえて韓国外務省の報道官は「判決が日韓関係に否定的な影響を及ぼさないように、両国が知恵を出し合わなければならない」とのコメントを出した。これは康京和外交部長官が9月27日に河野外相に対して「和解・癒し財団」の解体を示唆し、日韓慰安婦合意破棄をほのめかした時のセリフとほぼ同じで、結果は韓国の思惑通りになっていることに留意すべきだろう。

今年は日韓共同宣言20周年だが…

徴用工問題は今回の新日鉄住金のほか、三菱重工や不二越、日立造船などの日本企業もターゲットにされている。原告の数は現在のところ約1000名だが、韓国政府が把握している元徴用工の数は約21万7000名。仮に全員が1人1000万円という新日鉄住金の条件で損害賠償が認められるとすると、なんと2兆1700億円にも上ってしまう。こうした事態に、経団連、経済同友会、日本商工会議所、日韓経済協会の4団体も「今後の韓国に対する投資やビジネスを進める上で障害になりかねない」とコメントを出した。

今年は21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップを謳った日韓共同宣言20周年だ。

同宣言の11には、「小渕恵三総理大臣と金大中大統領は、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップは、両国国民の幅広い参加と不断の努力により、更に高次元のものに発展させることができるとの共通の信念を表明するとともに、両国国民に対し、この共同宣言の精神を分かち合い、新たな日韓パートナーシップの構築・発展に向けた共同の作業に参加するよう呼びかけた」とある。すでに鬼籍に入った小渕首相と金大統領は、現在の日韓関係をどう見るだろうか。