日本初のプラモは何? 「ノーチラス号」から「ガンダム」まで、プラモデル60年の歴史とは

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模型と言えば、ほとんどの人は「プラモデル」と答えるだろう。
ガンプラをはじめ、プラスチック製のプラモデルは、今や模型の代名詞だ。

しかし、プラモデルは、いつ、どこで生まれたのか?
そして日本で最初のプラモデルは、何か?

それを知る人は、少ない。

1958年、マルサン商店が発売した「ノーチラス号」。
これが日本で最初のプラモデルだ。

実は、2018年の今年は、「ノーチラス号」が発売されて60年目となる。
この節目を記念して、特設展示となる「プラモデルで見る60年」が、第58回全日本模型ホビーショーで開催された。
今回は、「プラモデルで見る60年」展とともに、プラモデルの60年を見てみよう。


第58回全日本模型ホビーショーの特別展示「プラモデルで見る60年」展


■日本で最初のプラモデル「ノーチラス号」
「プラモデルで見る60年」の入口で目を引いたのは、日本最初のプラモデル「ノーチラス号」だ。
「ノーチラス号」とは、フランスのSF作家ジュール・ヴェルヌの小説「海底二万里」と「神秘の島」に登場する架空の潜水艦である。
その後も様々にデザインされ、国内外の映画やアニメで登場している。


入口に陳列されていた、日本最初のプラモデル「ノーチラス号」


1958年(昭和33年)12月、マルサン商店は国内初のプラモデルとなる1/300スケールモデル「ノーチラス号」を発売した。
当時の「ノーチラス号」の金型は、現在は童友社が所有しており、同社のブースにて国産プラモデル60周年を記念した特別販売も行われた。
しかも今回、当時の金型で成型された点も大きな魅力で、国産初のプラモデルが完全再現されたわけだ。


日本最初のプラモデル「ノーチラス号」の貴重な金型


「1958年の日本は?」といえば、1954年の神武景気から続く好景気により、日本経済が飛躍的に成長を遂げた「高度成長期」(1954年〜1973年)にあたる。

この「高度成長」とともに、プラモデルは大きく進化した。

■模型は、セルロイド・ブリキから、プラスチックの時代へ
プラスチックは戦時中のイギリスで生まれた。その後、アメリカでプラスチックモデルが誕生する。
その当時の日本といえば、玩具はセルロイドやブリキ製だった。

1856年に、マルサン商店 石田實氏は渡米し、レベル社製のプラスチックモデル・キット「ノーチラス号」を初めて見る。
「これからの玩具の主流はプラスチックモデルである」
そう考えた石田氏は、
1958年 日本で最初のプラモデル「ノーチラス号」を発売したのだ。

当然、当時の日本にはプラモデルを製作するノウハウなどは全くない。
そこで石膏の雌型の制作から始め、ドイツ製の工作機械を使って、「ノーチラス号」の金型を作りあげたという。


1958年に発売された「ノーチラス号」から、日本のプラモデルの歴史が始まった


プラスチックは細かな表現ができるため、それまでは困難だった様々な形態の模型が製造できた。
そこに注目して数多くの模型メーカーがプラモデル製品の開発、販売に参入することになる。


数多くのメーカーがプラスチックモデル市場に参入した



■東京オリンピックのマイカーブームを契機に、進化を遂げた自動車プラモデル
1964年に開催された東京オリンピックを境に、日本全国の道路が整備され、マイカーブームにも火が付いた。

自動車のプラモデルも増え、モーターを動力として走る模型が主流となっていった。
そんな中で1967年に発売されたのが、タミヤ「1/12 スケール ホンダ F1」だ。
ホンダ F1の構造をリアルに再現した模型であり、プラモデル業界に大きな衝撃を与えたという。
さら1970年後半には、スーパーカーブームが到来する。
アオシマからデコトラも登場し、自動車のプラモデルが爆発的にヒットしたのだ。


スーパーカーのプラモデル


■モーターでプロペラが回る! ギミックが魅力の飛行機プラモデル
飛行機模型は、プラモデルが登場する前は、
・ヒノキや竹ひご、和紙で機体を制作し、ゴムで飛ばすライトプレーン
・図面を元に木を削って作るソリッドモデル
これらが主流だった。

1958年、プラモデルの飛行機の登場により、飛行機模型は飛躍的な進化を遂げることになる。
さらにマブチの小型モーター「ベビーモーター/ミニベビー」の登場で、1/72スケールのような小さい模型でも、プロペラを回せるもプラモデルが登場したからだ。


今では大変貴重な飛行機の模型



プラモデルにより、数多くの飛行機模型が誕生した


■ゴムやモーターで水上走行もできる艦船プラモデルが登場
艦船模型も飛行機模型と同様に、最初は木を削って作られていた。
1958年 国内初のプラモデル「ノーチラス号」の登場後、艦船模型もプラスチック製が主流となる。
当時、木製の艦船模型を製造、販売していた
・田宮模型
・長谷川製作所
・静岡模型教材
なども、続々とプラモデルに移行した。

1959年に登場した日本模型の旧日本海軍「伊号潜水艦」は、ゴム動力による水上走行できることから爆発的なヒット製品になった。
その後、動力は、ゴムからモーターへとさらに進化することになる。


旧日本海軍の戦艦


さらに1971年に、田宮模型、長谷川製作所、フジミ模型、青島文化教材の4社は、
「1/700 ウォーターラインシリーズ」を共同で立ち上げ、旧日本海軍の連合艦隊の再現という取り組みも行われた。


艦船プラモデルが多くのメーカーから発売された


■ついにプラモデルで、アニメや漫画キャラクターが登場する時代へ
1960年代初頭になると、ついに漫画のキャラクターがキット化される。

こうしたキャラクタープラモデルが爆発的にヒットしたのは、1966年に放送開始された特撮ドラマ「ウルトラマン」からだ。

さらに「サンダーバード」に登場するメカのプラモデルもヒット。
1980年代には、「S.F.3.D ORIGINAL」「マシーネンクリガー」など、SFミリタリー製品もファンのハートを掴み、30年以上に渡って愛され続けている。


アニメや漫画キャラクターのプラモデルを多数展示していた


そして1979年、キャラクタープラモデルの人気を決定的にする「ガンプラ」が登場する。
ガンプラは、テレビアニメ「機動戦士ガンダム」に登場する人型兵器をモチーフにしたプラモデルだ。
ガンプラは子供たちの間で瞬く間に大ヒットした。店頭では在庫切れが続き、店に行列ができるほどの人気だった。

アニメの「機動戦士ガンダム」シリーズは、その後も続編が続々と制作、放映され、その人気とともに「ガンプラ」も大きく進化する。
稼働範囲の拡大、接着剤不要での組み立て、彩色済みパーツの採用など、今では、子どもから大人まで幅広い愛好者を持つ王道ホビーにまで成長している。


テレビアニメ「機動戦士ガンダム」のプラモは、通称「ガンプラ」と呼ばれた


■昔あった「まぼろしのOS模型店」も登場
「プラモデルで見る60年」展では、「まぼろしのOS模型店」も登場した。

「まぼろしのOS模型店」とは、昔あった模型屋だ。
50年以上前に実在した小さな模型店「OS模型」をモデルにしているという。
「店内全てが展示品で販売できずに申し訳ないのですが、作りたいもの、欲しかったものを見つける楽しさをあじわっていただけるよう企画致しました」とのこと。

「まぼろしのOS模型店」には、シニア世代の方々が懐かしそうに店内に次から次へと入ってくる。
店内に一歩足を踏み入れると、そこは懐かしい模型が並べられていた。
スタッフによれば、「60年史に展示しきれなかったプラモデルを並べた」とのこと。


「まぼろしのOS模型店」



おじさんたちでごった返していた、「まぼろしのOS模型店」



シニア世代には懐かしい模型の数々



全部そろっている「ミニチュアホームセット」



ITライフハック 関口哲司