ヘビースモーカーは、ほかの「悪質な喫煙者」と同一視されるのを嫌います。

 

もうすぐ絶滅するという煙草について』(夏目漱石ほか、全42編/キノブックス・刊)は、愛煙家および喫煙文化を擁護する知識人たちの言い分をあつめた文学アンソロジーです。

 

 

ヘビースモーカーの言い分


煙草のほんとうにうまいなと思へるのは一日三十本のうち一本の三分の一ぐらゐではないだらうか。(中略)云わば、この思ひがけない三分の一本のために朝から晩まで三十本を空費してゐるようなものである。(佐藤春夫『たばことライター』)

(『もうすぐ絶滅するという煙草について』から引用)

 

わたしは非喫煙者ですが、ヘビースモーカーだった佐藤春夫の言い分を理解できます。なぜなら、コーヒーを飲むときの感覚に似ているからです。

 

コーヒーをハンドドリップするとき、まったく同じ味になることは稀(まれ)です。同じコーヒー豆を使っていても、「お湯の温度」や「注ぎ方」によってビミョーに風味が変わります。まずいと感じることもあります。

 

ヘビースモーカーだった佐藤春夫と同じく、わたしも「珈琲のほんとうにうまいなと思えるのは1日6杯のうち2杯ぐらい」という実感があります。渇きや眠気にかかわらず、いちばんおいしい瞬間を味わいたくて5杯も6杯もドリップしています。

 

 

ふしだらに喫煙するべからず


煙草を「喫わない」ことから「喫う」ことへの過程は、どんな境界を越えたという感触もなく、極めてふしだらに連続している。
(中略)
得体の知れない草の葉に火をつけ、その煙を口から吸いこんで鼻から出すという、この奇怪な文化行為を、ほかならぬ人間がするという感動が、そこには感じられない。(別役実『喫煙』)

(『もうすぐ絶滅するという煙草について』から引用)

 

劇作家の別役実は、タバコをなんとなく喫うのは「ふしだら」であると述べています。ニコチンやタールが減ったり、メンソールが配合されたり、さらには煙が少ない電子タバコの時代がやってきました。健康にすり寄っているタバコは、悪い習慣としての迫力に欠けます。しまりがない。つまり「ふしだら」です。

 

わたしは非喫煙者ですが、ときどき「タバコを喫っている夢」をみます。いままで他人のタバコに火をつけた経験すらないのですが、ひそかに内心では憧れているのかもしれません。

 

わたしは嫌煙派ではありません。しかし、マナーの悪い喫煙者には厳罰を課してしかるべきだと考えています。毎日のように「ポイ捨て」を目撃するからです。

 

タバコ擁護派いわく、昔に比べるとマナーは向上しているそうです。本当でしょうか?

昔はもっとひどかった喫煙マナー


ハッキリ言って喫煙者のマナーは向上した。
(中略)
駅のホームなんてのは、喫煙所の際たるものであった。昔の朝のホームの写真をごらんなさい、ほとんどの人がタバコをくゆらせている。で、そのタバコの始末はというと、灰皿なんぞは無縁で、線路上に投げ捨てていた。(なぎら健壱『嫌煙』)

(『もうすぐ絶滅するという煙草について』から引用)

 

苦しい言い訳です。「線路上に立ち小便するのをやめた」と同じような、当たり前のことを「マナー向上」と称しているにすぎません。

 

なぎら健壱といえば、大ヒットレコード曲『およげ!たいやきくん』の片面(B面)の収録曲『いっぽんでもニンジン』を歌っていた人ですが、タバコの吸い殻は「いっぽんでも不法投棄」であって……なぎら健壱のことを責めても仕方がありません。悪行の報いを受けるべきは、ポイ捨てを改めようとしないイリーガルな喫煙者たちです。

 

いまだに車の窓からポイ捨てしたり、側溝や用水路にタバコの吸い殻を投げ捨てる人をよく見かけます。その表情からは罪の意識を感じられません。川に捨てるのは「火の気」→「消火」という短絡的な思考によるものなのか、ほとんど悪気がないようにも見えます。

 

 

健康になるタバコがある!?


それまで喫っていたセブンスターライトを、中国産の金健というのに替えてみた。健康にいい、といわれているタバコである。これはおいしくはないが、慣れるとけっこういける、というような味だった。(東海林さだお『非喫煙ビギナーの弁』)

(『もうすぐ絶滅するという煙草について』から引用)

 

インターネットを検索してみると、金健(金建)という漢方薬成分入り(?)のタバコが実在しました。《健》と《建》の2種類のパッケージがあったようです。「中南海」のような中華タバコの一種です。

 

まことしやかな「健康にいいタバコ」を試した結果は……本書『もうすぐ絶滅するという煙草について』を手にとって、ぜひとも確かめてみてください。

 

紹介しきれませんでしたが、紙巻きタバコだけでなく、煙管(きせる)やパイプ、きわめつけはモク拾い(他人が捨てたタバコの吸い殻を集めて再生タバコをつくる行為)について述べた随筆も収録しています。ユニークな文学アンソロジーです。

 

【書籍紹介】

もうすぐ絶滅するという煙草について

著者:夏目漱石、芥川龍之介、開高健、中島らも他
発行:キノブックス

ベストセラー作家でも、愛煙家は肩身が狭い……もはや絶滅寸前のたばこ飲みたちが、たばこへの愛、喫煙者差別への怒り、禁煙の試みなどを綴ったユーモアとペーソス溢れる作品群。年々強まる嫌煙社会へ一石を投じる? 芥川龍之介から筒井康隆、内田樹、いしいひさいちまで。作家と煙草、異色のアンソロジー。

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