--『下町ロケット』では町工場・佃製作所が舞台でしたが、今回は老舗足袋メーカーがスポーツシューズを開発する話となっています。なぜこれらを題材に選んだのでしょうか?

 池井戸 『下町ロケット』は、「東京・大田区の中小企業の技術を結集すれば、ロケットを飛ばせる」という話を以前、どこかで聞いたことがあって、それが執筆のきっかけです。実際に大田区にある会社の社長に話を聞きにいったんですが「絶対無理」と言われてしまい、いきなり挫折(笑)。しかし「部品の供給をするという設定だったらどうですか?」と尋ねたところ「それなら可能性はあるかもね」という答えが返ってきた。そして無事、バルブシステムというロケットの部品製造を担う話が生まれたんです。『陸王』は、集英社の編集者とゴルフに行ったときに、たまたまメンバーにランニング好きの人がいて『ファイブフィンガーズ』というシューズの話を聞いたのがきっかけです。裸足感覚で走ることができるというその5本指シューズのほかに、『ワラーチ』というサンダルを履いてウルトラマラソンを完走するメキシコのタラウマラ族の話も出てきた。そんな話を聞くうち、ふと、それって日本の地下足袋みたいだなと思ったんです。そこで「そんなシューズを足袋屋が作ったら面白いよね」と話が盛り上がり、『こはぜ屋』の物語がスタートすることになりました。

 --金儲けだけじゃなく、人が喜ぶことをする。そんな登場人物の姿が印象的です。池井戸さんにも共通する部分はありますか?

 池井戸 まったくありません。もしあったとしたら、それは単なる偶然です。よく勘違いされる方がいらっしゃいますが、私小説ではないので、作者と作品はまったくの別物です(笑)。

 --池井戸さんのエンタメ作品へのこだわりの部分を教えてください。

 池井戸 新しい話を書く場合の必要条件は、3つあります。(1)新しいもの(2)オリジナリティー。つまり僕が書く意味があるもの。(3)豊饒な物語になるもの。この3条件を備えた小説を書きたいと思っています。道端に落ちている石ころを拾い上げて意味づけするような内向きな話は、書きたくありません。今まで『半沢直樹』『花咲舞が黙ってない』『下町ロケット』など、銀行や中小企業を舞台にした話を書いてきました。もちろんその続編は書き続けるつもりですが、それ以外にも、今まで書いたことがない、新たなテーマのエンターテインメントを書いてみたいと思っています。その素材探しは常にやっています。
(聞き手/程原ケン)

池井戸潤(いけいど じゅん)
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、『下町ロケット』で直木賞を受賞。他の作品に『空飛ぶタイヤ』『七つの会議』『鉄の骨』『民王』などがある。