学校の教室に必ずあるチョーク。その国内トップメーカーである羽衣文具(愛知県春日井市)が、今年3月末日をもって自主廃業する。

80年以上の歴史を持ち、最盛期は年間で約4500万本を生産、国内シェアの約30%を占めていた同社。だが、需要の減少や後継者の不在、さらに渡部隆康社長によれば、「私自身の体調も思わしくないので…」といった事情も重なり、苦渋の決断を下したのだという。

同社の作る「羽衣チョーク」の品質は、教育現場で高く評価されていた。大学教授のA氏は、その書き味にホレこんでいたひとり。

「私の大学に納入されているのは他メーカー製なのですが、それを使いたくないので長年、個人的に羽衣チョークを購入していました。濃い、見やすい字がすっと書け、しかも折れにくい。講義に欠かせない相棒でした」

また小学校教諭のB氏は、こんな特長も挙げてくれた。

チョークの表面が被膜加工されているので、手に粉がつかないんです」

塾や予備校でも支持は絶大だった。テレビCMでおなじみの東進ハイスクールの職員、C氏は言う。

「羽衣チョークは書きやすさと消しやすさが講師陣に好評で、以前はかなり大量に購入していました。特に理系の講師の間では、図形や記号がとても書きやすいという声が多かったですね」だが、チョークの市場環境は年々厳しいものになっている。少子化によって一学年当たりのクラス数や学校そのものが減り続けているのに加え、電子黒板や、生徒個々に配布したタブレットを使っての授業が増えてきているのだ。

そして大手予備校では、さらに大きな変化が起きている。本部のスタジオで各講師がカメラに向かって講義した映像を、全国の校舎内の各ブースに設置された画面や家庭のパソコンにオンデマンド配信する方式が台頭。実際に教室を使うライブ講義は減少傾向にある。

前述の東進ハイスクールに至っては、すべての講義が映像授業に置き換わっているのだ。また、それに伴い、理系科目の授業風景も様変わりした。

「かつては講師が板書していた図形や記号を、今では事前に作成したパワーポイントのデータで表示することが多くなりました。それやこれやで、当校で購入している羽衣チョークの数量は以前に比べて激減しているのが現状です」(前出・C氏)

こうした状況に加えて、経営者の体調不良や後継者不在といった問題まで重なれば、確かに事業の継続は難しいのかも…。

ところが、消えゆくとなれば名残惜しさから「今のうちに」と手に入れたくなるのが人情。昨年10月の自主廃業発表以来、羽衣文具には注文が殺到しフル生産してもまったく追いつかない状態が続いている。

そのため受注を停止せざるを得ない製品が出ているばかりか、2月20日をもって終了の予定だった生産を1ヵ月ほど延長することも検討しているという。同社のファンが多かった何よりの証(あかし)だが、しかし、廃業の決定が覆ることはないーー。

さようなら。そして、お疲れさま。日本の“授業”を支え続けた羽衣チョーク