2015年はアベノミクスが成功しても自殺者数が増える!?
警察庁が2015年1月15日に発表したところによると、2014年の全国の自殺者数は2万5374人にとどまり、前年(2013年)に比べて7.0%減少した。自殺者数の減少は5年連続で、水準でみれば1997年(自殺者数は2万4391人)以来17年ぶりの低さである。
一般的な傾向として、自殺者数の増減は国内の経済状況から強い影響を受ける。不景気になって企業の倒産・リストラが増え、雇用・所得環境が悪化すると、少し時間をおいて自殺者数が増加してくるのだ。
ここで雇用・所得環境の良し悪しが自殺にどれぐらい影響するかをデータによって確認しておこう。たとえば、米国の調査によると、収入と自殺率には密接な関連性があり、年収が1万ドル(約120万円)以下の人たちは、年収が6万ドル以上の人たちに比べて50%も自殺しやすいことが分かっている。
自殺者数減はアベノミクスが成功しているから?また、失業と自殺率にも相関関係があり、失業者や年金生活者は有職者に比べて72%も自殺しやすいことが分かっている。「不景気で雇用・所得環境が悪化すると自殺者数が増える」という因果関係は、どの国でも例外なく当てはまる現象だが、日本の場合は、国際的に見て、とくに雇用・所得環境と自殺者数の関係が密接となっている。
たとえば、1997年から1998年にかけての金融危機時には雇用・所得環境が急激に悪化したが、このときには自殺者数が約35%も急増した。また、失業率が5%台の水準まで上昇した2002年から2003年にかけても自殺者数が増加傾向を示したのだ。さらに、リーマン・ショックをきっかけとした世界不況時の2008年から2009年にかけても自殺者数が急増している。
OECD加盟国間の比較をした研究においても、他の加盟国に比べて日本の自殺率は経済状況と強い相関があることが分かっている。だとすれば、ここ数年の自殺者数の減少は、アベノミクスの政策効果が現れて日本の景気が回復傾向で推移していたこと、雇用・所得環境が改善していたことの証左と言えるだろう。
では、2015年以降も日本の自殺者数は減少を続けるのだろうか。残念ながら、今後は、アベノミクスが成功を収めて日本経済がデフレから脱却しても、あるいはアベノミクスが失敗に終わってデフレが続いても、経済的要因による自殺者数はじわじわと増加することが予想される。
まず、アベノミクスが失敗に終わって日本の景気が悪化、デフレからの脱却ができないという悲観的なシナリオでは、当然、雇用・所得環境の悪化によって、自殺者数が増加に転じることになるだろう。
一方、アベノミクスが成功する楽観的なシナリオの場合はどうか。アベノミクスが成功すれば、景気が良くなって雇用・所得環境も改善するはずだから、常識的に考えれば自殺者数は引き続き減っていくのが自然な流れであろう。しかし、雇用・所得環境が改善するといっても、それは(アベノミクスの副作用により)人々の所得格差・資産格差の拡大を伴いながら、平均的な雇用・所得環境が改善するといった姿になるだろう。
他人がお金持ちになると、不安が増幅し自殺が増えるこの所得格差・資産格差の拡大が、自殺者数を増やす要因になると考えられる。実は、最近の研究で、人が自殺する原因や動機には、自分自身の収入や失業だけでなく「他人の収入」も含まれることが判明した。
米・サンフランシスコ連邦準備銀行の調査によると、男性の場合、出世したり収入が上がったりと、経済的な余裕をブチかます人が1人いるだけで、周囲に住んでいる人が4.5%も自殺しやすくなるという。
これは、周りに幸福を満喫する人がいることで、自分のみじめな境遇を哀れみ、先行きの不安が増幅するためと考えられる。とくに男性の場合、女性に比べて周囲の影響を受けやすい。
ご承知のように、アベノミクスの基本的な考え方は「トリクルダウン効果」である。「トリクルダウン効果」とは、政策的に大企業や富裕層をより一層豊かにすると、使うお金が増えて、経済が活性化し、最終的には中小企業や低所得層に、あたかも水がしたたり落ちるように景気回復の恩恵が行き渡るという理論だ。
したがって、日本の景気が回復していく過程では、最初にお金持ちの人たちだけがより一層豊かになるので、「トリクルダウン効果」が浸透するまでの間、一時的に人々の所得格差や資産格差が開いていくことになる。このときに低所得層の中から自殺者が増える恐れがあるのだ。
著者プロフィールエコノミスト
門倉貴史
1971年、神奈川県横須賀市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、銀行系シンクタンク、生保系シンクタンク主任エコノミストを経て、BRICs経済研究所代表に。雑誌・テレビなどメディア出演多数。『ホンマでっか!?』(CX系)でレギュラー評論家として人気を博している。近著に『出世はヨイショが9割』(朝日新聞出版)
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