6年前に起きた惨殺事件…元厚生次官連続襲撃の結末
例えば、カネと身体目的のような犯行であれば戸締まりをきちんとすればある程度防げる部分はありますが、通り魔的な犯行は本人がどう気をつけていても巻き込まれないようにするのは難しい場合もあります。また関東連合のフラワー事件みたいに人違いなのに撲殺されてしまったり、勘違いによる一方的な恨みからの犯行なんかは、気をつけようが無いところが恐ろしいです。この事件も勘違いによる殺人です。
2008年11月に発生した「元厚生次官宅連続襲撃事件」は、さいたま市に住む無職の小泉毅（46＝当時）が元厚生事務次官とその家族を殺害しようと計画し、同月17日、さいたま市に住む元厚生事務次官の男性（66＝当時）宅に赴き、宅配便業者を装って呼び鈴を鳴らし、出てきた男性とその妻（61＝当時）を刺殺したという事件と、その翌日、東京に住む元厚生事務次官の男性（76＝当時）宅を同じく宅配便業者を装って訪れ、家にいた妻（72＝当時）の胸などを包丁で刺したという2件の事件です。これらは共通点が多かったことから連続襲撃事件と目されて捜査が進められましたが、小泉はすぐに出頭しました。
肝心なのは、なぜ小泉が元厚生事務次官に対して恨みを抱いていたかですが、これは大きく報じられたのでご記憶の方も多いでしょう。「自分が以前飼っていたペットを保健所に捕まえられて殺されたことに腹が立っていた」と逮捕直後に供述しており、ペットを殺された恨みを晴らしたかったということのようです。
襲撃した2人の元事務次官について「平気で命を奪う魔物。昔世話していた犬に代わって、自分が敵を討った」などと話していたようです。出頭直前にマスコミにメールを送っていましたがそこにも「34年前、保健所に家族を殺された敵討ちである」と書かれていました。
敵討ちは完全な勘違いだったなんで34年前の敵討ちを今さら？ 保健所による殺処分の責任者は厚生事務次官なの？ ということが疑問にうかびますが、後者に関しては少なくとも完全な勘違いでした。
「保健所の所管は厚労省じゃない」
こう取調官に教えられ、
「えっ」
と絶句していたそうです（正確には地方自治体）。
少なくともここまでの行動力（悪い意味で）がありながら、厚生労働省に電話でもかけて確認することもしていないのだから不思議でたまりません。敵討ちと言っているくせにそもそも対象を間違えるなんて。この事件自体、不条理きわまりないものですが、筋違いにも程があります。
事件前の小泉は自宅近辺での工事の音に激高し、その建築会社に乗り込み「お前が悪の根源か」などいきり立っていたり、事件後は父に「チロの敵を討った」など手紙を書き、どうも世の中を完全な善と悪とに分けたがっているようにも見受けられます。
公判に先立ち精神鑑定が行われましたが責任能力に問題はなし。一審では起訴事実を一部否認しましたが死刑。被告側は控訴し、のちに東京高裁で控訴審が開かれました。控訴審は通常、被告人に発言権は無いのですが、いきなり裁判長に話しかけたりという独自ルール全開で臨んできました。
小泉「いいですか！ 裁判長！」
裁判長「控訴審では被告人に発言権はありません！ 弁護人と相談してください！」
これにご不満の小泉は「なんでしゃべられないのか……」「被告人の口を封じることが……！」「これは刑事裁判！ もっと丁寧にやればいいじゃないですか！」といちいち口をはさみ、しまいには「こんないい加減な裁判で、私を殺すんですか!!!!」とお怒りモード。最後には「裁判長！ あなた方を、忌避します!!」なんて言い出しまして、また裁判長から「弁護人通じて言ってください！」と叱られてました。
でも被告人は人の指図なんて受けません。相変わらず発言権はないのに「不公平な裁判に抗議するため、控訴を取り下げます!!」と、法廷で控訴取り下げ発言。すかさず弁護人が「先ほどの発言は効力がないものとして…」とフォローしていました。弁護人は要所要所で小泉の不規則発言をフォローしまくっていて大変そうでした。
控訴審も2011年12月26日に棄却され、上告（控訴を取り下げるとか言ってたくせに！）。これも棄却されて今年死刑が確定しています。いい加減な下調べで、ペットの死に全く関係の無い方々の命を奪った小泉が「いい加減な裁判で私を殺すんですか！」って。加害者なのに最初から最後まで被害者気質でした。
著者プロフィール
ライター
高橋ユキ
福岡県生まれ。2005年、女性4人の裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。著作『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』（新潮社）などを発表。近著に『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』（徳間書店）
