あなたの家族に忍び寄る「介護による家庭崩壊」の危機/日沖 博道
あなたの親、またはあなたの配偶者の親が要介護状態になったら…。そのとき「在宅介護」を余儀なくされたら…。あまり考えたくないリスクとはいえ、家庭の危機はすぐそこに忍び寄っている。
日経ビジネスの最新号の特集は「隠れ介護1300万人の激震」。本人や配偶者の親が要介護状態で、会社にその事実を伝えていない「隠れ介護」が1300万人にのぼるという推計が発表されています。政府の公式統計では約290万人ですが、どうやらそれは甘い数字のようです。介護を理由に離職する人は今でも年間10万人に及び、今後さらに急上昇すると見られています。エース社員や会社随一の技能を持つ熟練社員がある日突然退職するリスクが高まっているのです。日経ビジネスは「経営リスク」という観点で注意を喚起しているのですが、一市民としては、それだけ要介護者が身近にしかも急速に増えつつある(2013年時点で約560万人)という事実に気づかされます。
一方、今後の日本社会のあり方を左右する介護制度は、「在宅介護」重視の方向に進められようとしています。「在宅介護」重視とはどういうものでしょうか。端的に言うと、介護が必要な高齢者を、施設ではなく、なるべく自宅で介護するというものです。介護の担い手は、施設介護の場合には専門職の介護士ですが、自宅介護の場合には家族が「主」で訪問介護員(ホームヘルパー)が「副」、といった役割分担になります。
「在宅介護」重視の流れが強まっている背景には、介護給付が急増しつつあり、介護保険財政が圧迫されつつある現状があります。しかも今後ますます高齢者は増え、この傾向は強まるばかりです。一方で介護保険を支える国家財政は極端な赤字ですし、保険料を負担する労働者人口は今後減る一方です。そのため介護給付を抑制する方策が色々と求められており、その有力な手段の一つが、費用の掛る「施設介護」から「在宅介護」への重点の切替なのです。
しかしこうした政策転換が露骨な形で表面化する前に、実態として在宅介護が広がりつつあります。現実問題として介護施設の空きがないために、要介護度が高くなっても施設に入れず、自宅で介護せざるを得ないケースが増えているのです。今進んでいるのは、老齢夫婦の片方の介護を配偶者がするというパターンか、または超高齢の親を高齢の息子・娘世代が介護するというパターンです。いわゆる「老老介護」です。しかしこの先はさらに世代が下りてきて、現役世代が自宅介護を余儀なくされる時期に入りつつあります。
要介護度が高い老人を抱える現役世代の家族が自宅介護を余儀なくされると、どういう事態が生じるのか。そして多くの家族がその当事者になると日本社会はどうなるのか。よく考えてみる必要があります。
必ずしも介護制度成立以前の状態に戻るのではありません。なぜなら我々の社会はその後、核家族化が極端に進み、同時に少子高齢化が急速に進んでいるからです。息子や娘は都会で職を得て、結婚して核家族を養ってきたのです。そこに、同居していない実家の親が確実に年老いてきている現実が迫ってくるのです。その時、自宅介護を余儀なくされると、一体どうなるのでしょう。ちょっとシミュレーションしてみましょう。
あぁ、あなたは50前の既婚男性で、お父さんは既になくなっており、(その介護を独力でやり遂げた)お母さんが一人、実家で暮らしているのですね。え?お母さんは最近転んでしまい、要介護認定を受けた?しかもいつの間にか認知症が進んでいることが分かった?そうですか。それで適切な介護施設を探しているけど、空きが全然見つからないのですね。どこも人手不足ですからね。お母さんの面倒を見てくれる兄弟姉妹は実家の地元にいらっしゃらないのですか?いない、そうですか。では非常にややこしい「連立方程式」を解かねばなりませんね(しかも最適解があるとは限りません)。
自宅にお母さんを呼んで、そこで介護したいとお考えですか?しかし都会の狭い家にさらに老齢の家族を増やせますか?介護となればベッドを置く部屋が必要ですよ。大きくなったお子さんから部屋を採り上げますか?そもそも誰が介護を担うのですか?奥さんのご両親であれば、奥さんが仕事を辞めても、ということに落ち着くのでしょうが、旦那さんのお母さんであれば、奥さんに仕事を辞めてもらって介護に張り付けることに抵抗は小さくないでしょうね。ではあなたが退職して介護しますか?一家の収入は激減しますね。それとも夫婦お2人で在職したまま何とかやり繰りしますか?
今までのように残業はできませんし、昼間に付き添う必要もしょっちゅうありますよ。介護休暇なんてすぐ使い果たしてしまいます。あなたの会社にはそうした理解、行き届いた制度はありますか?夫婦でやり繰りするとしても、年数があらかじめ限定されていればともかく、介護はいつまで続くか分からないから精神的に大変なのです。自宅介護を担うということは並大抵の苦労ではありませんよ。
いっそのこと一家で田舎に引っ越して、実家またはその近所に家を構えて、そこで介護をしますか?でも会社は辞めざるを得ないですね。都会でやっていたような仕事は田舎にはありませんよ。故郷の友人の伝手で何かまともな仕事が見つかる人は非常に幸運です。今さら農家や林業を始める気力・体力がありますか?それにやっぱり「誰が介護を担う?」の問題は同じですね。今さら友人が誰もいない旦那さんの田舎に引っ込んで旦那さんのお母さんの介護をやってくれ、と奥さんに頼んだらどうなると思いますか?五分五分で離婚話を持ち出されるのではありませんか?
ではあなたが単身で実家に移り住んでお母さんの介護をしますか?奥さんとお子さんは都会に住んだまま。でもあなたは退職せざるを得ないですから、一家の収入は激減しますね。奥さんが働いている?ではその稼ぎで、二か所に離れ離れに住む一家を支えることができますか?パートの仕事では無理かも知れませんね。じゃああなたが都会に残って仕事を続け、奥さんに田舎に引っ越してもらって、お母さんの介護をお願いしますか?間違いなく離婚話に直行ですね。…いずれも難しい、そうですね。
でも冒頭で触れたように、現実に介護離職する方は少なくありませんし、今後ますます増えそうです。先ほど申し上げたように、田舎にご兄弟とかいれば問題は相当軽くなるのですが、そうした都合のよい肉親がいらっしゃるとは限りません。苦渋の決断をされるご家族は少なくないと推察致します。
「在宅介護」重視の方向に政策転換が進みつつあるとはいえ、施設介護の選択肢が今現在細くなっているわけではありません。しかし介護産業の構造が今のままでは、人手不足を原因として「施設介護」はどんどん狭き門となっていくことでしょう。
さらに今後、財政官僚と厚生官僚は間違いなく、「在宅介護」重視の制度変更を仕掛けてくるでしょう。10年もしないうちに中流以下の家庭では、費用負担面から在宅介護を選ぶしかないようになっているかも知れません。何せ日本政府は、中流以下の家庭に厳しい政策を採るのが好きですから。よくよく注意しておきましょう。いずれにせよこのままでは、多くの家族が自宅介護を余儀なくされ、そのために職を離れ、家庭が崩壊しかねない、そんな危機が日本社会に迫っていることは間違いありません。
日経ビジネスの最新号の特集は「隠れ介護1300万人の激震」。本人や配偶者の親が要介護状態で、会社にその事実を伝えていない「隠れ介護」が1300万人にのぼるという推計が発表されています。政府の公式統計では約290万人ですが、どうやらそれは甘い数字のようです。介護を理由に離職する人は今でも年間10万人に及び、今後さらに急上昇すると見られています。エース社員や会社随一の技能を持つ熟練社員がある日突然退職するリスクが高まっているのです。日経ビジネスは「経営リスク」という観点で注意を喚起しているのですが、一市民としては、それだけ要介護者が身近にしかも急速に増えつつある(2013年時点で約560万人)という事実に気づかされます。
「在宅介護」重視の流れが強まっている背景には、介護給付が急増しつつあり、介護保険財政が圧迫されつつある現状があります。しかも今後ますます高齢者は増え、この傾向は強まるばかりです。一方で介護保険を支える国家財政は極端な赤字ですし、保険料を負担する労働者人口は今後減る一方です。そのため介護給付を抑制する方策が色々と求められており、その有力な手段の一つが、費用の掛る「施設介護」から「在宅介護」への重点の切替なのです。
しかしこうした政策転換が露骨な形で表面化する前に、実態として在宅介護が広がりつつあります。現実問題として介護施設の空きがないために、要介護度が高くなっても施設に入れず、自宅で介護せざるを得ないケースが増えているのです。今進んでいるのは、老齢夫婦の片方の介護を配偶者がするというパターンか、または超高齢の親を高齢の息子・娘世代が介護するというパターンです。いわゆる「老老介護」です。しかしこの先はさらに世代が下りてきて、現役世代が自宅介護を余儀なくされる時期に入りつつあります。
要介護度が高い老人を抱える現役世代の家族が自宅介護を余儀なくされると、どういう事態が生じるのか。そして多くの家族がその当事者になると日本社会はどうなるのか。よく考えてみる必要があります。
必ずしも介護制度成立以前の状態に戻るのではありません。なぜなら我々の社会はその後、核家族化が極端に進み、同時に少子高齢化が急速に進んでいるからです。息子や娘は都会で職を得て、結婚して核家族を養ってきたのです。そこに、同居していない実家の親が確実に年老いてきている現実が迫ってくるのです。その時、自宅介護を余儀なくされると、一体どうなるのでしょう。ちょっとシミュレーションしてみましょう。
あぁ、あなたは50前の既婚男性で、お父さんは既になくなっており、(その介護を独力でやり遂げた)お母さんが一人、実家で暮らしているのですね。え?お母さんは最近転んでしまい、要介護認定を受けた?しかもいつの間にか認知症が進んでいることが分かった?そうですか。それで適切な介護施設を探しているけど、空きが全然見つからないのですね。どこも人手不足ですからね。お母さんの面倒を見てくれる兄弟姉妹は実家の地元にいらっしゃらないのですか?いない、そうですか。では非常にややこしい「連立方程式」を解かねばなりませんね(しかも最適解があるとは限りません)。
自宅にお母さんを呼んで、そこで介護したいとお考えですか?しかし都会の狭い家にさらに老齢の家族を増やせますか?介護となればベッドを置く部屋が必要ですよ。大きくなったお子さんから部屋を採り上げますか?そもそも誰が介護を担うのですか?奥さんのご両親であれば、奥さんが仕事を辞めても、ということに落ち着くのでしょうが、旦那さんのお母さんであれば、奥さんに仕事を辞めてもらって介護に張り付けることに抵抗は小さくないでしょうね。ではあなたが退職して介護しますか?一家の収入は激減しますね。それとも夫婦お2人で在職したまま何とかやり繰りしますか?
今までのように残業はできませんし、昼間に付き添う必要もしょっちゅうありますよ。介護休暇なんてすぐ使い果たしてしまいます。あなたの会社にはそうした理解、行き届いた制度はありますか?夫婦でやり繰りするとしても、年数があらかじめ限定されていればともかく、介護はいつまで続くか分からないから精神的に大変なのです。自宅介護を担うということは並大抵の苦労ではありませんよ。
いっそのこと一家で田舎に引っ越して、実家またはその近所に家を構えて、そこで介護をしますか?でも会社は辞めざるを得ないですね。都会でやっていたような仕事は田舎にはありませんよ。故郷の友人の伝手で何かまともな仕事が見つかる人は非常に幸運です。今さら農家や林業を始める気力・体力がありますか?それにやっぱり「誰が介護を担う?」の問題は同じですね。今さら友人が誰もいない旦那さんの田舎に引っ込んで旦那さんのお母さんの介護をやってくれ、と奥さんに頼んだらどうなると思いますか?五分五分で離婚話を持ち出されるのではありませんか?
ではあなたが単身で実家に移り住んでお母さんの介護をしますか?奥さんとお子さんは都会に住んだまま。でもあなたは退職せざるを得ないですから、一家の収入は激減しますね。奥さんが働いている?ではその稼ぎで、二か所に離れ離れに住む一家を支えることができますか?パートの仕事では無理かも知れませんね。じゃああなたが都会に残って仕事を続け、奥さんに田舎に引っ越してもらって、お母さんの介護をお願いしますか?間違いなく離婚話に直行ですね。…いずれも難しい、そうですね。
でも冒頭で触れたように、現実に介護離職する方は少なくありませんし、今後ますます増えそうです。先ほど申し上げたように、田舎にご兄弟とかいれば問題は相当軽くなるのですが、そうした都合のよい肉親がいらっしゃるとは限りません。苦渋の決断をされるご家族は少なくないと推察致します。
「在宅介護」重視の方向に政策転換が進みつつあるとはいえ、施設介護の選択肢が今現在細くなっているわけではありません。しかし介護産業の構造が今のままでは、人手不足を原因として「施設介護」はどんどん狭き門となっていくことでしょう。
さらに今後、財政官僚と厚生官僚は間違いなく、「在宅介護」重視の制度変更を仕掛けてくるでしょう。10年もしないうちに中流以下の家庭では、費用負担面から在宅介護を選ぶしかないようになっているかも知れません。何せ日本政府は、中流以下の家庭に厳しい政策を採るのが好きですから。よくよく注意しておきましょう。いずれにせよこのままでは、多くの家族が自宅介護を余儀なくされ、そのために職を離れ、家庭が崩壊しかねない、そんな危機が日本社会に迫っていることは間違いありません。