やまぐち・まさとし
兵庫県神戸市出身。フジテレビのプロデューサーとして『ナニワ金融道』シリーズ、『カバチタレ!』『ロング・ラブレター〜漂流教室』『ランチの女王』などを手がけた後、独立、株式会社ヒントを設立。映画『カイジ 人生逆転ゲーム』
『カイジ2 人生奪回ゲーム』の企画、『スマグラー おまえの未来を選べ』『ひみつのアッコちゃん』企画、プロデュース、脚本、『闇金ウシジマくん』では、ドラマ、映画と、企画、プロデュース、監督をつとめる。

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山田孝之演じるウシジマくんが、あくまでクールに、闇金地獄に堕ちる人たちを見つめ続ける。彼らの悲壮感がたまらない「闇金ウシジマくん」。これは、貧困に苦悩する現代の写し絵なのか。監督・山口雅俊に聞く、後編です。
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───『闇金ウシジマくん』は映画の2作目になるわけですけど、監督の山口さんとしては、Part1と比べた時にPart2でトライしたことは何かありますか?
山口 Part2は登場人物がすごく多岐に渡っていて人数も多いから、最初に台本を作った時に4時間ぐらいの映画になってしまうとスタッフに言われたんです。で、分量を半分にしてくれと言われたんだけど、「絶対切らないで全部入れて2時間にします」と宣言しました。だから、ある程度意識したのは「疾走感がある映画にしよう」という点です。登場人物が多いし、その個性も多彩なので、各々のエピソードをギュッと詰め込んで、疾走感のある映画にしようかなと。
───本当にギュっと詰め込まれていましたよね。これだけたくさんの人がいて、いろんなドラマがあったわけですけども……原作の真鍋さんもすごく取材して描かれていたということですが、山口さんは映画化にあたってやっぱり取材をされているのですか?
山口 リサーチやロケハンに行きました。今回、暴走族総長の愛沢(中尾明慶)はウシジマと同郷で、戌亥もたぶん同郷ですよね。その故郷はたぶん東京の北あたりでしょうかね……大宮に向かって幹線道路が走っていて、その幹線道路沿いにはおいしい定食屋や個人経営の喫茶店なんて一切なくて、チェーン店の飲食店と、金融会社のATMとパチンコ屋と……という地域でね。そういう地域で、そこの道路のある土手から降りていくとシャッター商店街になっていて、駅前は閑散としている。若者は、行くところがなくてコンビニの前にたむろしていたりする。特に東京近郊は厳しいと思うんですよ。まあ、大人たちにも明日は描けず、若者たちも、どこの誰を手本にしてどうしたら良いか分からないという。そういう土地に、実際に足を踏み入れて、その「たたずまい」みたいなものはけっこう見ましたね。それがたぶん今回、作品を描く上で出ていると思います。今回は、前作より地域性のようなものを大事にしました。
───映画に描かれているような生活をしている人たちがいるんだなあと思うと、何とも言えないですね。実際にいる、ということなんですよね。これが作りごとではないということなんですよね。
山口 はい。
───山口さんは『ナニワ金融道』もそうですし、『カイジ』や『スマグラー』もそうですし……ある種の裏社会や、都市や地方や下層社会でくすぶっている人たちを扱った原作を映像化され続けていますが、山口さんがそこに惹かれるものは何ですか?
山口 『カイジ』なんかはちょっとファンタジーの要素があって、『ナニワ金融道』や『闇金ウシジマくん』とは少し違うと思うのですけれども。僕には、すごく大事なモチーフがふたつあってそれは、「お金と食べ物」なんです。このふたつによって、その人がどういう人間なのかよく分かるんですね。いつ何を、どういう食べ方をするか、小銭の扱い方、10万円や500万円の束を実際に見た時にどういうリアクションするかみたいなことで、人間がすごく分かるんです。例えば、今回もウシジマってすごくたくさん食べていますよね? カステラとかパンケーキとか。好物のオムライスはもちろんだし、焼き鳥も食べている。そういう意味で言うと、原作物に関して言うと、「お金と食べ物」がモチーフとして前面に出てくる作品というのが大好きで映像化させていただいています。
───山口さんのプロデュースドラマ『ランチの女王』もオリジナルですけど、まさに食べ物ですよね。なるほど。それで映画『ウシジマくん』でも、1円、10円を大事にしていた子がだんだん変わっていってしまう描写がありました。
山口 自分の財布を毎日掃除して入っている小銭を一個一個勘定していた女の子が、最後にホストクラブに札束抱えてやってきて「〜 円“ぐらい”ある」って言うところが。
───「ぐらい」が、皮肉めいてますよね。
山口 悲しいですね。
───ところで、山口さんの好きな食べ物は何ですか?(笑)
山口 好きな食べ物はすごいたくさんあるんですけど……。
───何かひとつ教えてください(笑)。
山口 貝類が好きです。
───貝類。
山口 「『これはもう一生食べられない』という時に何を捨てていくか?」という話をすると、その人の食生活が出るじゃないですか?
───ああ、「最後に何を食べるか?」とか、そういう。
山口「シジミとアサリとハマグリ。どれかひとつをもう一生食べられないとしたら、どれを食べませんか?」とか。「うどんと蕎麦とラーメン。どれかひとつは一生食べられないとしたら、どれを食べませんか?」とか聞くと……まあ、「何を食べるか」とか「何を食べなくても良いか」とかいう。
───ああ、「何を食べなくても良いか」……え。シジミとアサリとハマグリでは山口さんはどれを選ぶんですか?(笑)
山口 どれかひとつ捨てるとしたら、やっぱりアサリかシジミを泣く泣く捨てざるを得ないでしょうね。ハマグリはできたら残しておきたい。
───良いものを残されましたね(笑)。最後の晩餐には何を食べたいですか? ハマグリですか?(笑)
山口 最後の晩餐は、そうですね。何だろうね? まあ、ご飯と何か汁物は食べたいよね。まあ、そんなことどうだって良いんだけど。
───すみません(笑)。
山口 とにかく、メアリージュン演じる女闇金のチャーハンの食べ方とか見ても、その人がどんな人か良く分かるようになっています。
───あれも独特でしたね。それも山口さんが「こうやって食べてみて」と提案されるんですか?
山口 あれは原作にもそういう食べ方をする人が出てくるんです。ただ、頭の角度みたいなものはある程度決めました。その壮絶さが出るように。
───山口さんは、その人のバックボーンや心情を、身体の動きと一致させるという論理性のある演出をされていますね。
山口 ああ。惰性の演出というのはしたくないです。「とりあえずカットバックして、それから引き絵で」みたいなのは。
───なんでカットバックってあるんですかね? 公平であるようにですか。
山口 まず、「俳優の顔が見える」ことが大事なので、ふたりが向き合っていると、お互いの表情が見えないから、ふたりの間に入ってカメラを交互に向けるんですよ。
───ウシジマと戌亥をなるべくカットバックで見せない話は先ほど伺いましたが、それ以外の見せ方として、山口さんが今回「ここのところには力を入れた」というシーンはありますか? 
山口 マサル(菅田将暉)と愛沢(中尾明慶)などは本当に小物で、すごくあたふた慌てふためいているので、カット割りもスピード感が出るよう細かくしました。麗(窪田正孝)と彩香(門脇麦)のエピソードは、カメラもそんなに動かさないで、じっくり撮りました。緩急をつけたということですね。
───話が変わりますが、今、フジテレビの、ラブストーリーが主流だった月9の枠で、なぜか『ナニワ金融道』みたいな作品をやっていて、世の中が本当にそういう感じになってきているのか、と思います。最初に言いましたけれども、山口さんはずいぶん前からそういうものに目を付けていらっしゃった。映像の世界の人たちが、どんどんそういうテーマの作品を作るようになっている印象はありますか?
山口『極悪がんぼ』は、僕が以前ドラマ化した『カバチタレ!』と原作者が同じなんです。そしてディレクターの河毛俊作さんは『ナニワ金融道』を一緒に作った方です。とすると、ある程度『ナニワ金融道』とか『カバチタレ!』の系譜を引いている作品だと思います。だとしたら、『闇金ウシジマくん』こそ、月9でやってほしかったですね。いや無理か(笑)。
───『闇金ウシジマくん』こそ、今の時代の空気を描いていると。
山口 原作者の真鍋さんが10年前に始めた『ウシジマくん』が時代の空気を先読みされていたわけです。真鍋さんは、自分でもおっしゃっていたけど映画Part1の、セレブたちのパーティーシーンを見て、すごくほめてくれて、今度は真鍋さんが、ある金持ちにリサーチして描いていたら、その人が実際にこけちゃった(笑)。また、真鍋さんは明らかに山田孝之くんの造形するウシジマからインスピレーションを受けてらっしゃるらしくて、そういう「時代と追いつ追われつ」みたいなことは楽しいですよね。僕はね、次にお金の問題をやるのなら、『金色夜叉』をやりたいですね。
───今度はあえて、時代をさかのぼる?
山口 『金色夜叉』を今やった方が絶対おもしろいですよ。「なんでお前は金で転んだんだ!」と、熱海で恋人を足蹴にして、「再来年の今月今夜のこの月も俺の涙で曇らせてみせる」という湿った男の泣き言なんて、楽しくて楽しくてたまらないと思うんですけど(笑)。それを今に引き戻す値打ちはあるかも。
───お金の話ですが、山口さんがテレビドラマや映画を作ってこられて、昔(80〜90年代)はお金があった時代でしたから、視聴者もお金があって、いっしょにお金を使うことを楽しめたと思うんですね。
山口 はいはいはい。
───でも、今は貧困の時代で、「下層社会に生きる人たちのことを描いたものを下層社会の人が観る」という状況になっていて。これって、何だか貧しくて何の進歩もないという感じがするんですね。作る人は作っていかなきゃならないけれど、観る人たちはもしかしたらドラマや映画を観なくなっちゃうかもしれない。なぜなら、そんな悲しい話を観て共感したくないかもしれないですし。そういう時、視聴者と送り手はどういう関係性になっていくものなんですかね? もしくは、作り手としては今度どうして行きたいと思いますか?
山口 いや、どういう例えがいいかわからないけれど、六本木の西麻布のクラブでひと晩50万円を使って、高いシャンパンを開けて飲んだ時の、満足度や高揚と、赤羽や北十条で、ふたりで5000円、その中から帰りの電車賃も出さなきゃいけない状況で「できるだけ安いもつ焼き屋に入って焼酎でも飲もう」と財布の中身を考えながら飲む時の満足度って、どっちが大きいとは比べられないんです。一方で、例えば女性なんかでも……まあ、ちょっときれいなマンションとかだと驚かないかもしれないけど、8LDKくらいの(笑)…何百平米か何かあるマンションにひとり住んでいる男を見ると、ちょっと心が揺らいだりするわけですよ。ある程度以上のお金を見ると、人間は心を動かしてしまうという、そのおもしろさってあるじゃないですか。即物的な消費行動にテレビや映画が寄与しても仕方ない。だから、お金に関するものを見るのであったら、ものすごく華やかなものーー例えば『華麗なるギャツビー』などを見せたほうがいい。史上最高の名作です。フィッツジェラルドが原作の『華麗なるギャツビー』の素晴らしいところは、ある男がたった1人の女と再会するためだけに、毎晩毎晩すごい大パーティをやっていたというところです。中途半端なものっておもしろくない。観ている人の方が賢いから、中途半端なものは避けられます。要するに、「中途半端なレストランでメシ食うんだったら、オムライスにケチャップ多めにかけてかっこんだ方がおいしい」ということは、観ている人の方が知っています。
───徹底的に上層か、徹底的に下層を描くということですか。
山口 そうですよね。中途半端なロールモデルというのはもう成立しないから、そんなものはみんな見ないだろうと。
───「ウシジマくん」で、柳楽優弥さんの演じるストーカーの日常はハンパないですよね。そういう意味では『闇金ウシジマくん』は、『華麗なるギャツビー』の対極にあるということなんですね。
山口 そうですね。
───山口監督は今後、『華麗なるギャツビー』みたいな徹底的に派手なものもやってみたい感じはしますか?
山口『華麗なるギャツビー』みたいなものはやるつもりです。
───そのような構想をもうもってらっしゃるんですか(笑)。もう上から下までですね(笑)。というか、さすがプロデューサーですよね。「やります」と即答する感じが(笑)。
山口 今の監督って指名を受けて撮っている人も多いですよね。そういう監督に「なぜこれをやったのか?」と聞いても、答えられない。だって「僕が企画したわけじゃない」ですから。作家性はあっても企画性のある監督さんはなかなかいらっしゃらないのではないでしょうか。
───山口さんは自分がやりたくてやってるということですもんね。
山口『闇金ウシジマくん』は本当にやりたくて、何もないところから始めたものです。
───Part3を作る予定はありますか?
山口 Part3があるとしたら、もう少しウシジマの内面に踏み込んでいきたいという意識はあるので、それは山田くんと話し合いつつかな、という感じですね。
(木俣冬)