無線データの超高速通信に挑む大胆な手法、pCell について知っておくべき 5 つのこと
サンフランシスコを拠点とするスタートアップ企業 Artemis Networks は、混雑したネットワークにおける無線データのボトルネックを解消できる手法「pCell」を発表した。その仕組みを紹介しよう。
無線データ・ネットワークのオーバーロードは、人口が集中する都会ではごく一般的で、多くの人はそのようなネットワークを当たり前のように利用している。このような現状のなか、Artemis Technologies のようなスタートアップ企業が、ネットワークの混雑度に関わらずほぼ完璧な携帯電話受信網をスマートフォンユーザーに提供できるとして先月から熱い注目を浴びている(※)。
※主要メディアに掲載された記事:
- Business Insider
- Wired
- CNET
- Bloomberg BusinessWeek
- Time
- PC Magazine
Artemis は 2 月の終わりに、「pCell (personal cell)」の 手法を公開した。しかし、大々的な宣伝とは裏腹にその新技術は十分に証明されておらず、入念に管理された環境以外でのデモンストレーションはまだ行われていない。そして、もし宣伝どおりに上手く機能したとしても、ベライゾンや AT&T などの大手ワイヤレス事業者に歓迎される保証はない。そういった事業者は、周波数帯域が不足するからこそ高額なデータ処理費用を請求できるのだから
それでも、pCell の将来性は文句なしに魅力的だ。基礎となる技術は直感では理解しにくいものだが、情報通信理論上は十分な根拠に基づいた手法である。それに、Artemis には保証付きの人物がいる。創業者であるスティーブ・パールマン氏は、過去に OnLive、WebTV、 QuickTime (アップル社のビデオエンコーディング技術) の開発に携わった経験を持つ発明家兼企業家なのだ。
Artemis が明らかに最先端である以上、pCell 技術をあっさり退けることはできないだろう。ここで、pCell の技術やその技術が今後の無線データ通信に及ぼし得る影響などについて、知っておくべきポイントを紹介しよう。
1.無線データの渋滞は干渉によるもの
受信状態に問題が無い環境でも LTE データの速度が低下する場合、電波利用状況の調査会社が言うところの「カクテルパーティ問題」が疑われる。室内にあまりにも大勢の人間がいると、雑音や干渉が過剰に発生し、相手が何を話しているのか聞こえなくなるというものだ。
無線についても同じで、あなたと同じようにウェブにアクセスしようとしている数千人ものユーザーが近隣にいると、あなたの受信環境が影響を受けてしまう。基地局から個々の携帯電話に日常的に高速送受信される無線信号は、時として互いの信号を相殺してしまうことがあるのだ。
この仕組みをとても簡単な方法で確認してみよう。まずはこのニュージーランドの美しい港の写真を見て欲しい。この写真には、2 本の後流が互いに交差する様子が写されている。交差する 2 本の波を、あなたのスマートフォンに送信されるデータ信号と、それをブロックする他者のデータ信号だとする。
それでは、その波が合わさるポイントをクローズアップしてみよう(クリックすると拡大版をご覧いただける)。
互いの波の谷と谷が合わさる頂点で波が平らになっている様子がお分かりになるだろうか?これは物理学者が「相殺的干渉」と呼ぶ現象だ。そして、同じ周波数の無線電波が行き交うとき、これと非常によく似た現象が起こる。つまり、あなたのスマートフォンは「不感地域」に陥るのだ。
この効果に基地局を行き交う数千もの信号を掛け合わせると、不感地域がそこらじゅうに出現することは明らかだ。通信エンジニアは信号を途絶えさせないようにする様々な技術を持っているが、すべての技術に共通する点が 1 つある。それらの技術は、あなたの携帯電話が使用する基地局の全帯域幅と比べると、あなたの通信機能を制限してしまうのだ。
2. pCell は干渉を有効活用する
Artemis の創業者であるパールマン氏は、3 年前に 「DIDO (分散入力・分散出力)」技術について記載したホワイトペーパーを発表した。DIDO は、あるネットワークを使用する無線ユーザーが、別のユーザーたちと共有スペクトルの最大許容量を同時に使用できるというものだ。
パールマン氏は次のように述べている。「DIDO は、無線スペクトルのデータ許容量を増やし、信頼性を高めて無線機器にかかる通信コストや複雑性を解消する。DIDO の設置費用は従来の商用無線の設置費用よりもはるかに安い上に、最大許容量や性能は大幅に向上している。さらに、消費者向けのインターネット・インフラや屋内のアクセスポイントを使用することも可能だ」。
DIDO は pCell の前身であり、もともとは相殺的干渉の裏側に注目して考案された技術だった。ここで再びニュージーランドの波の写真に戻り、2 つの波が合わさる頂点を見てみよう。
ここでは干渉が起こっているが、同時にさらに大きい別の波も作り出している。つまり、電波であれば、より強力な信号を作り出すことになる。Artemis の技術は、こういった「建設的」な干渉を利用して、高速かつクリアな信号を携帯電話ユーザーに届けることを目指しているのだ。
3. pCell に施された緻密な計算
パールマン氏が提唱する pCell の興味深い特徴の 1 つは、pCell がシャノンの定理から外れている点だ。シャノンの定理とは、所定のチャネルにおけるデータ伝送速度の限界を示す、情報理論における基本的原則である。無線環境における主要な弊害は、同じ周波数の無線ネットワークを使用するモバイル端末が互いに干渉し合い、使用できる信号を「分割」することで、データ受信を制限してしまうことだ。
一方、pCell は個々の機器がすべてのチャネルにおけるデータ容量を受診できるように無線信号のパターンを微調整する。このように、DIDO なら従来の基地局が成し遂げられなかったことを実現できると主張しているのだ。共有するネットワークのユーザー数が増えたとしても、変わらぬ速度でのデータ通信が可能になるのである。
この効果が生まれるのは、pCell システムが、個々のモバイル端末のアンテナ周辺で生じる建設的干渉を吸収するポケットを作るよう設計されているためだ。ポケット(パールマン氏によれば直径約 1センチほど)は 1 つの独立したデータチャネルとして機能するため、他の機器からの干渉による制限を被ることはない。
Artemis が説明するように、その裏側では非常に重要な作業が行われている。所定の範囲内にいるすべてのユーザーに配信を行う単独の基地局の代わりに、pCell は小型化したアンテナのネットワークを確立するのだ。それぞれのアンテナは、各地域の通信を管理するデータセンターによって計算される、プリコーディングされた信号を配信する。プリコーディングされたそれぞれの信号は、それ自体では基本的に意味を成さない。しかし、オーバーラップして建設的干渉が生じると、クリアかつ高速のデータ信号を産出するのである。
これはもう、相当に高度な論理と言えるだろう。pCell システムは、ユーザーに送信される実際のデータ、ロケーション、動作、コンクリート壁のような固体物による干渉などを考慮した上で、複雑なプリコーディング信号をリアルタイムで作り出す必要があるのだ。
これは非常に複雑な問題であり、おそらく Artemis が提唱する技術に懐疑的な声が上がっている大きな要因の 1 つかもしれない。もちろんパールマン氏は、この問題は解決済だと主張している。
4. pCell は基地局に取って代わるだけで、携帯電話の買い替えは不要
pCell の最大のセールスポイントは、既存の 4G LTE 対応のすべての端末に対応できることだろう。適切な信号を受信するためだけに現在使用している iPhone や Android を手放す必要がないというのは、ユーザーにとって間違いなく大きなメリットだ。
しかし、Artemis は「pCell ネイティブ」端末の新シリーズも想定している。同社によれば、このシリーズの端末は低消費電力な上、「LTE よりも高速で待機時間もファイバークラス」なのだそうだ。もしこの構想が現実となれば、 ウェアラブルのように最新かつダイナミックなモバイル技術の発展に重大な意味をもたらすことだろう。
ただし、セルラー通信のインフラとなると話は別だ。今日のモバイル端末は、その信号の処理を基地局に依存しているが、これは様々な面でコストがかさんでしまう。 基地局の設置費用は平均 150 万ドル であり、実は作業員の死亡事故も多い。 2012 年度の ProPublica による推定では、基地局の設置作業員の死亡者数は 10 万人あたり平均 123.6 人であったとのことで、これは建設業界全体における死亡率の 10 倍以上にもあたる。
基地局の代替品として Artemis が提供する「pWave 無線機」は、小型でスタイリッシュな全天候対応型の無線機で、屋内・屋外かかわらず、壁や屋根に簡単に設置可能だ。パールマン氏は 2 月に、コロンビア大学でその技術のデモンストレーションを初披露した。
1 つの基地局だけを使用する代わりに、周囲に小型の pWave 無線機を 2,3 個置くのだ。複数の通信信号が交差するとき、各モバイル端末の周囲に約 1 センチ程の小さなパーソナル・セルが作り出される。
5.さらなる付加価値
他の種類の無線技術においても、pCell はさらなる貢献を果たすかもしれない。サンフランシスコのデータサイエンティスト、イムラン・アクバル氏が書いた pCell 技術の詳細記事によると、pCell は携帯電話、タブレット、TV、自動車などに無線電力を送信することもできるかもしれないというのだ。そのようなことが現実になれば、もはやスマート端末を電源に接続して充電する必要はなくなるだろう。
実は、Artemis のアプローチはユニークなものではない。実際に複数の競合他社が似たような技術や、2000年代前半に考案されたこのシステム(別名「network MIMO」、「cooperative MIMO」、「cooperative beamforming」としても知られる)の理論に基づいたソリューションを発明しているのだ。
パールマン氏は、 Artemis は「2014 年後半」までに pCell の設置を開始するだろうと発表している。しかし、たとえ pCell がコスト的に有効な方法で都市環境での導入機会を拡大できたとしても、成功の保証を得たとは言えない。最適な技術が常に栄冠を勝ち取るとは限らないのだ。それに、同社は疑念を晴らせるほどの大規模なデモンストレーションをまだ実施していない。
同社は、基地局の無線機やクラウド基盤の整備に費やされるであろう数十億ドルもの価値が pCell 技術にあることを、大手キャリアや FCC に向けて証明していかなければならない。おそらく長期戦になることだろう。
画像提供
ニュージーランドの港と波の画像:brewbooks(Flickrより), CC 2.0
その他の画像:Artemis Networks
Dave Smith
[原文]