「おもしろい情報がほしいな」(コスプレイヤー=みるる、撮影=YU-SUKE)

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■ニューハーフとは何が違うか

皆さんが子どものころ、学校や近所に女の子っぽい男の子がいた記憶はないでしょうか。私は中学、高校と男子校に通っていたのですが、一学年に一人や二人は、仕草や雰囲気が女らしく、見た目も女の子のような男の子がいました。彼らが女装した姿を見たことはありませんでしたが、きっとよく似合うだろうと想像していました。

外見や雰囲気が女の子のような男性は最近、「男の娘(おとこのこ)」と呼ばれています。私が子どものころと違い、「男の娘」たちはじょうずなコーディネートで女の子のように装うので、男性だと気づかないこともあります。「男の娘」は見た目が女の子のようであれば、実年齢は関係ありません。知りあって10年近くになる私の友人の「男の娘」は、見た目はずっと変わらず、女の子のままです。

「男の娘」と似て非なる女装男性に、「ニューハーフ」と呼ばれる人たちがいます。「ニューハーフ」は、職業として「女らしさ」をアピールする男性のことです。「ニューハーフ」には、普段から女っぽい男性もいれば、仕事のために女らしく演じている男性もいます。

「ニューハーフ」は、上野や新宿のゲイタウン(男性同性愛者向けの店舗が集まる地域)で、女装する男性を好む男性客向けの店舗であることを明示するために、1980年代から使われた言葉です。そのため、「ニューハーフ」が表現する「女らしさ」には、性的な雰囲気が漂います。

それに対して「男の娘」は、メイドカフェが流行していた2000年代中頃の秋葉原で、見た目が女の子のような男性がメイドさんに扮したイベントから派生した言葉です。そのため「男の娘」には、メイドさんのような「萌え」や「可愛らしさ」、つまり大人の女性らしさではなく、女の子らしさが重視され、性的な雰囲気は抑えられています。

私が知る「男の娘」たちに限って言えば、身体は男性であり、自分は男性だという認識もあります。恋愛対象も、異性である女性です。つまり彼らは、私たち一般男性となにも変わりがありません。言葉づかいも、女言葉を話すわけではありません。

それでは、なぜ「男の娘」たちは女装をするのでしょうか。

■居心地が良くて、仕事もある街

ヤマトタケル(潜入と暗殺)や歌舞伎の弁天小僧(呉服店を恐喝)のように、女装はさまざまな場面や目的で行われますが、女装する共通の理由は、「男らしさ」を隠し「女らしさ」を強調することです。「男の娘」の場合、特に「女の子らしさ」が強調されます。

社会通念の「男らしさ」とは異なる気質を持つ「男の娘」にとって、一番近い存在、あるいは、こうありたいと願う理想の存在は、女の子です。だからこそ、女の子のように装うことによって、本来の自分らしさや自然体の自分を取り戻せるのです。

しかし、女装に対する世間の目は、まだまだ厳しい。「女のようだ」と侮蔑の念を込めて言われ「男らしくしなさい」と叱咤されることは、かつてほどあからさまにはないにせよ、未だに女装は、誤解によって嫌悪され、嘲笑のネタにもされます。

秋葉原の「男の娘」バーで働く私の友人は、週末に出勤するため、金曜日に北陸から秋葉原まで長距離バスで通い、日曜の夜にはまた北陸に戻る生活をしています。「男の娘」たちと一緒に働けて、「男の娘」のことを理解できる客が集まる秋葉原は、とても居心地がよいそうです。

なぜ「男の娘」にとって秋葉原は居心地がよいのか。それは、日本のアニメ、漫画、ゲームに登場する女装男子キャラクターたちに馴染むうちに、女装に対する寛容性が高まっているからだと私は考えています。そのため、アニメ、漫画、ゲームに親しんでいる人たちが集まる秋葉原には、「男の娘」の存在を受け入れる寛容さが備わっているのです。

私が子どもだった30年ほど前は、「おかま」という差別用語で、男性同性愛者も女装男性もかなり乱暴にひとくくりにされて語られていました。そんな時代、女の子らしい男の子であった私の友人たちが、たとえ女装してみたかったとしても、かなり困難なことだったはずです。

今、秋葉原で「男の娘」たちが自分らしく振る舞い、居心地のよい場所と仕事を見つけられたことは、日本社会にとって大きな進歩だと私は感じます。時代や地域によって変わる社会通念の「男らしさ」や「女らしさ」にとらわれず、それぞれの特性や自分らしさを発揮できる社会には、新しい文化やビジネスが生み出される可能性があるからです。

(梅本 克=文(デジタルハリウッド大学客員准教授))