日式旅館「九分小町」。内装はご主人の高野さんがデザイン。

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台湾は日本に似ている、という人は多い。

日本から進出しているコンビニやファーストフード店も多く、街並みもどこか見慣れた雰囲気。親日家が多く、日本の統治時代の影響で日本語を話せるお年寄りも少なくない。新幹線も走っているし、温泉もポピュラーだ。

そんな台湾だが、まさか日本スタイルの民宿まであるとは思わなかった。最近は日本でもご無沙汰していた民宿に、まさか台湾で泊まれるとは!

日本人の高野誠さんが営む民宿「九分小町(きゅうふんこまち)」(※九分の「分」はにんべんに分)は、名前のとおり、台湾北部の山あいの町・九分にある。

九分は映画『千と千尋の神隠し』の舞台になったともいわれる町で、九分老街と呼ばれるレトロな街並みが日本人にも人気。首都・台北からバスなどで約1時間半。山と海を間近にのぞむ風光明媚な土地だ。

ちなみに、民宿は台湾でもそのまま「民宿」という表記を使う。読み方は「ミンスゥ」。九分には100軒以上の民宿があるが、さすがに日本スタイル、いわゆる日式の民宿は九分小町だけ。

九分小町の客室は、本館6室、別館3室の全9室。こぢんまりした家庭的な雰囲気は台湾と日本の民宿に共通するところだが、中身はまったく違う。赤い暖簾をくぐり、和風の格子戸をあければ、出迎えてくれるのは、障子や畳をしつらえた純和風の空間だ。訪れたのは肌寒い2月だったので、客室にはコタツの用意まであり、すっかり寛いでしまった。泊まった日はあいにくの雨模様だったが、晴れていればバルコニーのある部屋からは東シナ海や基隆山が一望でき、なかには眺めのよいバスタブを備えた部屋もあるという。

それにしてもなぜ、九分で民宿を? 高野さんに聞いた。
「もともと日本の中華料理店で働いていたんですが、妻が九分出身なので、いずれはここで何かをやりたいなあと考えていて……。最初は九分で和食店を始めたんですが、もっと日本の文化を伝えたいと思うようになり、2009年に九分小町を開きました」
笑顔のステキな奥様、秀卿(しゅうけい)さんは日本語もペラペラ。聞けばお二人、日本で出会い、日本で結婚。連れ添ってそろそろ25年になるそうだ。

台湾の民宿は素泊まりが基本だが、九分小町では朝食も提供しており、これを目当てに訪れる台湾人ゲストも少なくないという。旅館さながらの純和食はすべて秀卿さん手づくり。また、高野さんの母が日本舞踊の先生ということもあり、和装体験も可能。着物でのそぞろ歩きや写真撮影も好評だ。

九分というと、日本人のあいだでは日帰りツアーで訪れるのが一般的で、九分老街だけを見て帰ってしまう人も多いのだが、実はちょっともったいない。そもそも九分が観光地として賑わい始めたのは、1989年制作の台湾映画『悲情城市』の舞台になってから。まだ20年ほどの話だ。

むしろ、九分観光の醍醐味はその周辺にある、といっても過言ではない。もともと金鉱で栄えた町とあって、周辺には金鉱にまつわる史跡も多々。また、『千と千尋の神隠し』のモデルになったといわれるトンネル、海岸線の奇岩など、ユニークな見どころも点在している。

九分小町では、近郊の見どころを回るオプショナルツアーも希望者にはおこなってくれる。参加人数にもよるが、3時間のコースで1人300〜500台湾ドル(約958〜1,597円 ※3/20現在)と破格なのは、ひとえに
「九分の魅力を1人でも多くの人に知ってもらいたい」
という高野さんの思いから。

九分小町はゲストの約7割が台湾人、日本人は2割ほど。台湾の人にとっては日本の文化に触れ、日本の味を楽しめる宿。日本人にとっては台湾の親戚の家にでも遊びにきたような居心地のよさを感じる宿。私自身、何度も台湾にいることを忘れそうになった。

なかには海外に行ってまで日本の文化に触れなくても、と思う人もいるだろう。しかし台湾に限っていえば、そこかしこに残る日本情緒も台湾らしさのひとつ。この宿はそんな台湾の空気感を心地よく再現した場所。日本のようだが、それはあくまで台湾の中の日本なのだ。

九分のベストシーズンは雨の少ない夏から秋にかけて。山なので朝晩は涼しく過ごしやすいという。今回は1泊したが、それでも物足りなく感じたほど。ぜひ今度はベストシーズンに再訪して、のんびり3泊くらい過ごしてみたい。
(古屋江美子)

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