蒼室さんが描いた作品のごく一部。中でも「断片くん」は10回シリーズものとなったヒット作。よく見ると、結婚記念漫画も…

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大人になってから、急に火が付いたように何かにハマることがある。漫画家といえば、子どもの頃に目指して、20代に挫折…という方も多いかもしれないが、関西で活動している蒼室寛幸さんは、大人になってから漫画を描き始めたという。昼は会社員、夜は漫画を描いている蒼室さんに、大人になってからの漫画家生活についてお聞きした。

●処女作がいきなり売れた! けれど…

――蒼室さんは、「断片くんシリーズ」に代表される漫画を描いたり、漫画や紙媒体に関するイベントのプロデュースを多数されていますが、子どもの頃から漫画家になるのが夢だったんですか?
「全くそういうわけじゃないんです。確かに子どもの頃に描いてはいましたけど、その後は全然描いてなくて、ちゃんと漫画を書き始めたのは28歳ぐらいからです」※現在30歳

――30歳になる前になってから目覚めたんですか!大人になってから描くのは大変だと思いますが、きっかけは?
「社会人になってからバンドを組んだんですけど、会場で売るものが何もなかったんです。そこで、僕がヒマだったこともあって、なにげなく自分で漫画を描いてミニコミ誌みたいにして売ったら、めちゃくちゃ売れたんです。200部が完売したので、『この道でいけるんちゃう?』って勘違いして(笑)」

蒼室さんは早速、レコード屋さんに“営業”をかけて置いてもらうことに。これが、まさかの好評で、かなり売れたという。さらに、ミニコミ誌を扱ってくれる本屋さんの存在を知り、早速置いてもらうことに。ところが…。

「これが、全く売れなかったんです…。あくまでも、レコード店で売れたのは、レコード店に置いてあるのが珍しかったから売れた…ということだったのかもしれません」

しかし!
そこで、蒼室さんに心に火がついた。気づけば「漫画家になりたい」と思うようになったのである。
「まずは、名前を覚えてもらわないと…と思って、フリーぺーパーの漫画を作ることにしました」

以降、蒼室さんは堰を切ったように漫画を描いては数々のイベントで発表するようになる。

しかし!いくら作ってもお金をとらないのであれば、経費がかかってしょうがないのではないか?少し下世話だが、そこのへんを、申し訳なさげに聞いてみると…

●涙の印刷撤退!おじいちゃん、ありがとう

「実は、以前住んでいた場所の近所に、ただで印刷させてくれる施設があったんです。本来は、町内で配る印刷物を印刷するとか、そういうことに使う機械で、そこのおじいちゃんが良い人で漫画を印刷させてくれてたんです」

そう、同人誌等を作っている方なら痛いほど分かると思うが、印刷代は馬鹿にならない。表紙は業者にお願いしていたものの、本編はタダという、ある意味、恵まれた環境だったのだ。

ところが…
ある日突然、雲行きは一気に怪しくなる。
「僕が、出入り禁止になってしまったんです」

――出入り禁止!?なぜ!?
「あまりに印刷する部数が多いから、政治活動をしている人と思われてしまったみたいなんです。僕みたいな男が出入りしては、たくさん印刷をしていたため、『アイツは怪しい。ホントは影で政治活動をしてるんじゃないか』って。漫画なのに(涙)」

しかも、そのことが問題となり、施設の会議で議題にかけられてしまう。
「施設のおじいちゃんは『あの人は政治活動をしてる人じゃないんです。漫画を印刷してるだけなんです。許可してあげましょうよ』って守ろうとしてくれました。それでもNGが出てしまって、印刷はできなくなってしまったんです。でも、おじいちゃんには本当に感謝しています」

それからは業者にお願いして、印刷をしてもらうこととなる。(※まぁ、本来はこれが当たり前といえば当たり前なんだけど…)

●緊張!勇気を出して、初めての漫画告白

実は蒼室さんは、昨年の末に結婚したばかりの新婚さんだ。奥様とは2年前に友人の紹介で知り合ったそうだ。当時の蒼室さんは、本腰を入れて漫画を描くようになって、まだ間がない頃である。
――奥様は蒼室さんの漫画のファンですか?
「それが、ほとんど興味がないみたいで…」

――そうなんですか!?付き合い始めた頃は、漫画を描いているという話はしました?
「最初は『趣味で、ちょっとだけ絵を描いてる』ぐらいのことしか言ってなかったんです。漫画に興味がない人からみたら、ガッツリ描いてると分かったら、ヘンな人って思われそうな気がしたし、漫画もあまり見せたくなかったんで…。付き合い始めてから少し経った時に、僕が東京で開かれた『フリーペーパーフェスティバル』っていうイベントで、ゲストとして出させていただくことになりまして、『さすがに、もうバラしてもいいかな』って思って、漫画を描いていることを告白したんです」

――おお!!ついにその時が!!で、どうたったんですか?
「いえ、特にこれといって、なんのリアクションもなく…」

――ええ〜〜っ!?(涙)
「何か反応があってもいいじゃないですか。まだ付き合いたてだし、ウソでもいいから『面白いね』って言ってくれるかと思ったら、たった一言だけ『わかりました』って…」

――(ゴクリ…・) ※生唾を飲み込む。
「その後、少しの沈黙の時間が流れた後、『いいと思います。納得いくまで続けてください』って言われて…」

なにわともあれ、まずは、ひと安心である(汗)。

●会社から帰ってきて、漫画を描き始める前の“儀式“

――普段は会社から帰ってきて、どんな雰囲気で描いてますか?
「漫画を描くぞという日には率先して、僕が家事をします。食器を全て洗って、洗濯物をたたんで、お風呂の浴槽も洗って、あとはお湯を張るボタンを押すだけという状態にして、時には妻の肩を揉んでから描き始めます」

まぁ、なんという気遣いでしょう。

いや、こんな書き方をしてしまうと、【奥様=鬼嫁】という印象を与えかねないので、筆者からフォローしておくと、決して奥様は怒りっぽいというわけではないし、漫画を描くことに対して一度も怒ったことはないという。

「妻が怖いとか、そういうわけじゃないんです。単に、僕が小心者っていうだけであって、自ら空気を読んで、率先してやっているというだけなんです」

――漫画はどこで描いてますか?
「妻の視界に入らないところで描いてます。寝室の一角で。もっと堂々と描きたい気持ちもあるんですけど、小心者なので、自ら隅っこで描いてます。別に堂々と描いたからといって、妻に怒られるとか、そういうのじゃないんです。あくまでも、自らの意思で隅っこにいって描いてるんです」

(全くの気のせいかもしれないが、「あくまでも自らの意思でいっていること」がものすごく強調されてたような。※何度も言いますが、奥様は非常に良い方だそうです)

そんな蒼室さんは、新婚旅行でタヒチに行った時の様子を、漫画冊子にまとめ上げた。
――冊子を見た時の奥様の反応は?
「この時は喜んでましたね〜〜(笑)」

それを聞いて、心底安心した。(というか、これで喜んでもらえなかったら、救われないではないか)

●斬新&シュール!漫画を描いたことがない人の漫画本

基本的に、同人誌漫画などの紙媒体が大好きな蒼室さん。漫画を描く活動以外にも、「紙の音楽会」と題したイベントで、「蒼室寛幸の超しょうもな漫画ゼミナール」「フリーペーパー甲子園」など、多数のテーマで開催したり、漫画冊子のプロデュースも行っている。

「この前は『TOWER RECORDS 30周年記念グッズ』のイラストを手掛けたUJTさんなど、色々なところで漫画を描いている方々に声をかけて、『テープ』っていうミニコミ誌を作りました(発売中・残り僅か)。あとは、漫画を描いたことがないっていう人に漫画を描いてもらって、本を作ったこともあります」

その冊子のタイトルは『ナンセンス突然変異』。漫画を描いたのは、蒼室さんのバンド仲間だという青藤誠さん。実際に見せてもらうと、色々な意味で斬新すぎる四コマ漫画のオンパレード。
――中には、四コマ漫画なのに三コマめの途中で終わってるのもありますね(笑)。
「初めて描いた漫画って、どこかシュールなところがあったりして、発想が面白いんです。飽きない1冊です」

漫画や紙媒体への愛情の深い蒼室さん。この先の夢を聞いてみると…
「おかげさまで、今も色々なところで描かかせていただく機会はありますが、もっともっと雑誌等でもたくさん描いて『この漫画家さん、よく見かけるなぁ〜』って言われるようになりたいです。あとは…

――あとは?
「いつか、家事をしなくても堂々と漫画を描ける日がくるといいなぁ〜って思います」

――うんうん…(涙) 
「でも、妻が怖いとか、そういうわけじゃないですよ。単に、僕が小心者っていうだけであって、自ら空気を読んで…」

――わかりました(笑)。


子どもの頃に抱いた「漫画を描く」という夢を、いつしか忘れつつある方は、もう一度描いてみてはいかがでしょう?蒼室さん頑張れ!嫁に負けるな!
蒼室さん「いや、妻は別に怖い人ではなくて、優しくて良い人なんですよ…」
(取材・文/やきそばかおる)


●蒼室寛幸さんのサイト
http://aomuro.com/

作品展を開催!
「蒼室寛幸 作品展 くらしのひかり」
2013年3月15日(金)〜31日(日)
トンカ書店(神戸市中央区下山手通3-3-12 元町福穂ビル2D
12:30〜20:00(火曜定休)
イラスト、小冊子、土をこねて作った動物達の新作なども。


●漫画「テープ」のネット販売はコチラで。
◎すやすや書房
http://blog.livedoor.jp/suyasuyashobo/

◎中野タコシェ(東京) ◎恵文社一乗寺店(京都) ◎BooksDANTALION(大阪) ◎FOLK OLD BOOK STORE(大阪) ◎トンカ書店(神戸)でも在庫があれば購入可能。