ソフトブレーン マネージメント・アドバイザー 宋 文洲氏

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■なぜ「嘘つき」は侮辱にならないか

高尚な人は嘘をつかず、卑劣な人は嘘をつく。嘘とはすべて悪いもの。だから「おまえは絶対に嘘をついてはいけないよ」と教えるのが日本の教育です。

おかしいと思いませんか?

事実とは異なることを言葉にするのが「嘘」だとしたら、人の世は嘘で満ちています。たとえば、嘘をつくなと教える同じ人が「ほめて育てましょう」と主張します。ほめて育てるのはいいことですが、できていないのに「よくできました」とほめるのは嘘なのです。

人間にとって宗教は大切です。つらい目に遭った人が、宗教に帰依することで生きる勇気をもらったり、明るくなったりするのは珍しいことではありません。でも、私のような無神論者にとっては、神の存在や神秘体験など宗教の構成要素の多くは嘘。宗教に限らず、人間の精神活動の半分どころか、大半は嘘だといっていいでしょう。

つまり「嘘をつく」ことイコール「悪いこと」ではないのです。嘘とは単に「事実とは異なること」であり、高尚な人だろうと卑劣漢だろうと、ほとんど同じ比率で嘘をつきます。そこに善悪はありません。鋏や包丁と同じで道具にすぎず、「どう使うか」が問われるのです。

たとえば、人を傷つけないために、事実とは異なることを話して、相手の気持ちを明るくするのは「いい嘘」です。死期が近い重病人に「大丈夫、よくなりますよ」と励ましの言葉をかけるのは、最期まで心安らかに過ごしてほしいと願うからです。

日本ではよく「嘘も方便」といいます。事態を丸く収めるため、仕方なく嘘をつくといったニュアンスです。しかし、いい嘘は「仕方なく」つくのではなく、前向きに、積極的に使うものです。だから私は「方便」という表現が嫌いです。

相手を前向きな気持ちにさせ、少しでも幸せになってもらうためなら、あえて残酷な事実を突き付ける必要はありません。ほめる、お世辞をいう、トラブル解消のために我を引っ込める。そんな理由の「いい嘘」なら、いくらでもつけばいいのです。

これに対して、「悪い嘘」とは、自分の悪事を正当化したり、隠したりするためにつく嘘です。嘘が悪いのではなく、動機や効果が悪いのです。

民主党の野田佳彦・前首相は、野党から嘘つき呼ばわりされたことに腹を立て、「私は嘘をつきません」と応じて、負けることがわかっているのに衆議院の早期解散に踏み切りました。それによって、頼りない民主党政権に引導を渡すことができたのですから、日本国民にとってはいい決断だったかもしれません。しかし、民主党の同僚たちにしてみれば、迷惑千万だったに違いないのです。

なぜ「嘘つき」と呼ばれて、いきり立つのでしょうか。いい人も悪い人も、その言葉の大半は嘘なのです。「嘘つき」といわれても、別に人格を否定されたことにはなりません。私なら笑って「私は嘘つきです。でも、いい嘘しかつきません」と応じたことでしょう。

そもそも「私は嘘をつきません」という言葉自体が嘘なのです。野田さんは格好をつけようとして、みっともない嘘をつきました。もしかすると、子どものときに「嘘をつくな」という教育を受けていて、その影響が残っているから判断を誤ったのかもしれません。

大人は誰しも嘘をつきます。そして、嘘には「いい嘘」と「悪い嘘」があることを知っています。ところが、子どもにだけは、どちらの意味でも嘘を禁じてしまいます。

子どもはそんな事情を知りませんから、つい「嘘は全部悪いものだ」と思い込みます。本来なら「嘘には『いい嘘』と『悪い嘘』があって、いい嘘をつくべきだ」と教えなければいけません。それなのに、格好をつけて建て前しか教えないから、子どもは長くその矛盾した環境に置かれます。そのまま成長したら、ことによると30歳を過ぎても「嘘をつけない」人間になってしまいます。これは本当に困ったことです。

「事実をありのままに伝えるべきかどうか」の境目で判断を誤り、もしかしたら、重病人に「あなたはもう助かりませんよ」と告げてしまうかもしれません。

私の息子は、いま北京の小学校に通っています。世界中の子どもと同じようにテレビゲームが大好きです。ゲームソフトが欲しいときは、自由市場の露店に出かけ、値段交渉をするように仕向けます。私は物陰に立って、息子の交渉を見守るのです。

たとえば、欲しいソフトの値札が30元だったとします。子どもの手元には100元があります。それでも「おじさん、10元じゃだめ?」と聞くところから交渉をスタートさせます。

「だめだめ。お母さんからもっとお小遣いをもらってきなよ」

「いま20元しかないんだ。じゃあ、だめだね」

息子はそういって、店頭からゆっくり遠ざかるふりをします。ここでもし「ちょっと待って」と声がかかれば、20元で商談成立。声がかからなければ、店主が20元では安すぎると思っている証拠です。そのときは、「25元でどうですか」と歩み寄ることになるでしょう。

このような経験を積ませることで、私は息子に交渉とは何かを教えています。買い手としてはできるだけ安く買いたい。しかし、売り手も適正な利潤を取らなければ商売になりません。肝心なことは、ともに幸せになれるような合意点を見つけるということです。それには、いい嘘をつく必要があるのです。

■「いやです」と女性が拒んだら

この例に限らず、交渉事のほとんどは嘘をやり取りすることで成立します。国の外交、企業の契約、ゲームソフトの売買、男女の付き合い。どれも相手に「事実ありのまま」を伝えてしまっては交渉になりません。

気に入った女性をデートに誘い、お酒も入り、いい雰囲気になったとします。ところが、いざ押し倒そうとすると、女性はたいてい「いやです」と拒みます。その一言を真に受けて、「ごめんなさい」と手を引っ込めたらどうでしょう。ここは、一度拒まれても「君が好きなんだ。我慢できない」と迫るべきです。そうしないと、あなたは一生童貞のままですよ(笑)。

こんな実験結果があるそうです。アメリカの心理学者が、男子学生を使ってワインバーで女性をナンパさせたところ、ある条件を加えただけで「成功率」は3割もアップしたというのです。その条件とは、一緒にワインを飲んだあとで「実はそのワインには性的な興奮剤が入っているんだ。効果抜群だから、8割の人は耐えられないはず」と耳打ちすることです。

もちろん、実際に興奮剤を使ったわけではありません。それなのに大きな成果が出たのは、興奮剤のせいにして女性が学生の誘いに乗ったからです。つまり人間は、他人はもちろん自分に対しても嘘をつく。善悪とは関係なく、それは自然なことなのです。「嘘は悪」と思い込むことは百害あって一利なしです。まずは大人から、意識を変えてみたらどうでしょうか。

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ソフトブレーン マネージメント・アドバイザー 宋文洲
1963年、中国山東省生まれ。北海道大学大学院へ国費留学するが、天安門事件で帰国を断念。学生時代に開発した土木解析ソフトの販売を始め、92年28歳でソフトブレーンを創業。2006年に会長を退任した。

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(ソフトブレーン マネージメント・アドバイザー 宋文洲 構成=面澤淳市(プレジデント編集部) 撮影=的野弘路 写真=AFLO)