「007 スカイフォール」の音楽が何故素晴らしいのか

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今回は岩崎 太整さんのブログ『岩崎 太整のブログ』からご寄稿いただきました。
■「007 スカイフォール」の音楽が何故素晴らしいのか

※このテキストは現在公開中の作品のネタバレを少々含む(配慮はしてあるので、鑑賞前でも大丈夫だとは思いますが)ので未見の方は遠慮して下さい。

「007 スカイフォール」を観た。

ちょっとこれを書いている今も整理しがたい程の衝撃を受けてしまった。

観ている途中あまりの凄まじさに話に入っていけなくなり、完全に呆けてしまった。
アクション映画というジャンルにおいて、これはもう、一つのゴールに到達したと言い切ってしまって良いと思う。
それほど圧倒的な作品だった。

本作は、ともすると一度観ただけでは音楽の凄まじさが全く伝わらないかも知れない。
一度観て印象に残るのはモンティ・ノーマンが作曲した「007のテーマ」位だろう。

しかし、それで良い。
それこそが最も脅威かつ映画音楽の新たな地平を指し示している。

この映画はDAWによる打ち込みの音楽とフルオーケストラが混在するという映画音楽の中でも流行りのスタイルを取っている。この両方を本作の音楽をつとめるトーマス・ニューマンが全て自作しているというわけではないだろうが(そんな事されていたら、もう立ち上がれない。)、やはり全ての統括をしているはずだ。
トーマス・ニューマンといえば映画音楽、ひいては作曲家として世界を代表する作家であり、「ショーシャンクの空に」、「アメリカンビューティー」、「ファインディングニモ」、「マーガレットサッチャー 鉄の女の涙」など、その代表作は枚挙に遑がない。いわゆる人間ドラマを見せる映画のスコアを書く人物として広く知られている。

だが、この作品は全く異質だ。

アクション映画における劇伴の重要さというのは個々を含んだ、場面全体の感情の差し引きだと言える。特にこの手のエンターテインメント作品においては、俯瞰的視点、つまり今登場人物がどの様な状況下に置かれ、それがどれほどの劇的感情で進んでいるかを決定する様な音楽が有効になる。

主人公・ボンドが立っている。
その背後には銃を持った敵が差し迫っている。

この様なシーンに音楽を付ける時、どういう音楽を付けるのが最も適切であるか。
仮にその敵が今正にボンドの背後1メートルに迫っている時、音楽は矢継ぎ早に鳴り、激しくなっていくだろう。
しかし、これが100m先だったとしたら、音楽はまるで心臓の音の様に低く、次に迫る展開を予期させる様な重厚なサウンドになる。