ワールドサッカーキング 2012.01.19(No.204)掲載]
 有望なタレントの希少性が高まる現代において、かつて世界最高の育成組織を作り上げたアヤックスは、再び頂点に立つべく最先端を切り拓いている。アムステルダムの巨人が取り組む“革命”から見えるユース育成システムの未来像とは?
 

文/翻訳協力=アンディ・マレー/フットメディア

■アヤックスから生まれた育成哲学

 ウェストハムから4人、アーセナルから2人。ワトフォード、リーズ、チェルシー、リヴァプール、アストン・ヴィラ、エヴァートン、ノッティンガム・フォレスト、レスターから1人ずつ。南アフリカ・ワールドカップで、イングランドはドイツに敗れてベスト16止まりに終わったが、この試合に出場した14人は異なるサッカー観を持つ10クラブのユースアカデミー出身で、それぞれのキャリアの生い立ちはバラバラだった。

 その2週間後、アヤックスのユース出身の7選手ーーマールテン・ステケレンブルク、グレゴリー・ファン・デル・ヴィール、ヨン・ハイティンハ、ナイジェル・デ・ヨンク、ウェスレイ・スネイデル、途中出場のラファエル・ファン・デル・ファールトとエルイェロ・エリアーーを擁するオランダと、バルセロナで育成されたスター7人を含むスペインが決勝に進出。イングランドファンとして、この差に計り知れない衝撃を覚えた。

 オランダはスペインに敗れて準優勝に終わったが、彼らの快進撃はアヤックスなしには成り立たなかっただろう。1960年代にリヌス・ミケルスという先見の明がある戦術家が編み出したーーそして10年後にバルセロナへ伝来したーーアヤックスの流れるような“トータルフットボール”により、プロリーグ発足から56年と比較的歴史が浅いオランダは、学校スポーツでも盛んではなかったサッカーを国技にまで高めることに成功した。

 これによりオランダでは多くのクラブがこぞってアヤックスを理想のモデルとして模倣した。PSV、フェイエノールト、そしてAZはそのノウハウをしっかり理解し、各クラブがコピーして作ったユースアカデミーは、2000年代になってオリジナルを凌駕するまでに至った。しかし昨シーズン、復活を遂げたアヤックスはシーズン最終節、トゥヴェンテとの優勝決定戦を制して、7シーズンぶりにリーグタイトルを獲得。成熟期を迎えたチームには、ステケレンブルクとファン・デル・ヴィールの他、次世代のエースとして期待されるクリスティアン・エリクセン、アタッカーとして成長著しいシーム・デ・ヨンク、トリッキーな左ウイングのロレンツォ・エベシリオ、鉄壁の最終ラインを築くヤン・ヴェルトンゲンとトビー・アルデルヴァイレルトらのユース出身選手も数多く主力としてプレーしていた。

 よく彼らの引き合いに出されるのは、1995年にチャンピオンズリーグを制したチームだ。デ・ブール兄弟、パトリック・クライフェルト、エドガー・ダーヴィッツ、クラレンス・セードルフ、ミヒャエル・レイツィハー、エドウィン・ファン・デル・サールら、主力の大半がクラブのアカデミーで育った選手である。

 オランダ代表の成功とアヤックスの復活。この2つの事柄に興味をそそられた我々は、オランダ語で未来を意味する“トゥーコムスト”と呼ばれるアヤックスのアカデミーを訪れ、クラブがユース育成組織の頂点に返り咲くためにどんな取り組みを行っているかをこの目で確かめることにした。

■“ファミリー”への強いこだわり

 我々を固い握手で歓迎してくれたダヴィト・エントは、アヤックスの生き字引とも言える人物だ。32年にわたってクラブに仕えてきたエントは選手として70年代半ばの黄金期をヨハン・クライフ、ヨハン・ニースケンスとともに支え、引退後は広報担当となり、現在はファーストチームのGMを務めている。エントはクラブに4つの欧州チャンピオンズカップと30のリーグタイトルをもたらした理念について、「我々は常に冒険的だ。攻撃し、チャンスを作り、スピードに乗ってプレーする」と力強い言葉で語った。更にエントは育成についてもこう語っている。「我々は他のクラブのために選手を育てているわけではない。自分たちの目指すスタイルを実現させるために育成しているんだ」

 しかし、テクニックに優れた若いタレントをスカウトすることなら、どのクラブでもできる。アヤックスと他のクラブが決定的に違っていることは、選手の人間性を非常に重視している点である。07年からアヤックスのリザーブチーム、ヨン(ヤング)・アヤックスを指揮するユース育成責任者のヤン・オルデ・リーケリンクが、その理由を説明してくれた。「選手たちに教えられることで最も大事なのは、自己責任だ。この施設から出た瞬間、家へ帰るのもマクドナルドへ向かうのも彼らの自由だ。彼らはまだ子供だから私は怒鳴ったりしないが、上を目指すのならば、何をすべきかを自分で認識しなければならない」。16年前にリーケリンクが初めて指揮したUー11のチームにいたスネイデルも、師の言葉に心から同意している。「僕より才能があった選手が16歳でチームから去っていくのを何度も目にした。彼らは女の子と遊んだり、パーティーをしたり、サッカーに集中すべき時に他のことに興味が向いてしまったんだ」

 クラブの根底にあるのは、“ファミリー”へのこだわりだ。2年前、トップチームはアムステルダム・アレナの敷地内にあるピッチで平日に練習するのをやめ、全カテゴリーのチームとともにトゥーコムストでトレーニングを行うことになった。「ファミリーとしての一体感やユース育成とのつながりを欠いていた」と、伝統を重視するエントは説明する。「我々はクラブの中心部に戻ってきた」

 偉大な95年のチームで左サイドバックを担っていたフランク・デ・ブール監督も、エントに同意する。「アカデミーはクラブの心臓だ。我々の血となり、血管を流れている。それにトップチームの選手を控え室や練習場のピッチで毎日見ることができれば、若手にとって非常に大きなモチベーションになる。私がプレーしていた時も、トップチームの選手が自分たちを見に来てくれると、とても誇らしく感じたものだよ」

 欧州サッカー界で最も期待されている若手の一人であるエリクセンは、クラブのアカデミーについて「独特なオーラと伝統を感じる」と話す。また、19歳のデンマーク人はクラブが一貫して4ー3ー3のフォーメーションを採用していることが自分の成長にとって極めて大きかったと明かした。「毎年同じシステムでプレーしているので、トップチームに上がった時は自分でも驚くほどスムーズにプレーすることができたんだ」

 16歳でスカウトされたエリクセンは、ヴェルトンゲンやアーセナルのトーマス・ヴェルメーレンと同じく国外からアヤックスのユースチームにやって来た次世代を担う選手の一人だ。彼らのような外国籍の選手をクラブの育成システムで育てる方針は、ボスマン裁定による変化を考慮して、スカウティング網を広げたことの表れと言える。しかし、エントは「アムステルダムから200キロ離れた場所で12歳の少年を見つけた場合、我々はすぐに獲得に動くことは絶対しない」と選手の獲得方法にもアヤックス独自の理念を貫いていることを強調する。「少年の成長を見守り、本人の準備ができた時にアムステルダムへ来てもらい、里親の家に住まわせるようにする。我々はビッグクラブのようなやり方をするつもりはない」

 しかし、エリクセンのケースと、例えばアーセナルが新たなセスク・ファブレガスをバルセロナの下部組織から獲得するのと何が違うのだろうか? その疑問についてエントは即座にこう答えた。

「我々が下部組織に外国籍選手を迎え入れる時は、できるだけ普通の生活を送れるように細心の注意を払っている。言葉の面でもオランダ語か英語を理解できる選手しか取らない。デンマークはオランダと近いし、言語的にも似ているから、エリクセンや(ニコライ)ボイレセンは不自由せずに生活に順応できたんだ」

 また、ユースチームの成功を優先していないこともアカデミーの特徴だとエントは話す。「各年代で王者になることがゴールではない。大事なのはトップチームに入り、そこでトロフィーを手にすることだ。スターになるには、失望感を克服しなければならない」。このため、アヤックスには子供を怒鳴る監督もいなければ、コーチにでしゃばる親も、監督を叱り飛ばす役員もいない。育成には競争も必要だという意見はあるが、このアプローチがリーグ優勝を成し遂げた要因の一つとなった。

 昨シーズンのオランダカップ決勝で、アヤックスはトゥヴェンテから2点のリードを奪いながら2ー3と逆転され、失意の敗北を喫した。しかし、その1週間後のリーグ最終節で、同じ相手を3ー1で破り、7年ぶりのエールディヴィジ優勝を果たしたのだ。エントはこの成果について「敗戦のショックを選手が乗り越えて、あのような形で優勝できたことは、我々にとって新たな刺激になった」と話した。

■本格導入された独自のプログラム

 我々が前回トゥーコムストを訪れたのは4年前のこと。当時は、“新たなスネイデル”や“ファン・デル・ファールト2世”がまだ見つからず、タイトルからも遠ざかっている最中だったが、現在は状況が一変している。当時はまだ導入段階にあったアヤックスの最新式「アスレチック・スキルズ(運動技能)」プログラムは、今や本格稼働している。このプログラムはアヤックスの7歳から24歳の選手向けに、現代のオランダ人のライフスタイルにおける“弊害”に対処することを目的としたものである。かつてクライフは夏のオフシーズンに野球チームでプレーしていたし、マルコ・ファン・バステンは国内トップレベルのテニス選手だった。一方、今の子供はあまり道路で遊ばなくなり、コーディネーション能力(感覚機能の統合能力)が育ちにくくなっている。

「7歳から12歳の子供については、サッカー技能の向上は求めていない」。トップチームのフィットネスコーチを務めつつ、運動技能強化を担当するレネ・ヴォルムハウトは、このように説明する。「走る、跳ぶ、投げる、捕るといった、コーディネーション能力のあらゆる面を伸ばしていきたい。競技に関係なく、アスリートには確かな土台が必要だと私は信じている」。実際、アヤックスのアカデミーでは、13歳までは練習量の40パーセントが専門的なサッカー練習以外に充てられている。特にこの年代では、柔道と体操の比重が大きくなっている。「柔道と体操には、私の注目する基本運動技能が盛り込まれている」。こう付け加えたヴォルムハウトは、自身の受け持つクラスはアヤックスにしかないものだと自負している。「柔道は体を鍛えられるだけでなく、メンタルのトレーニングにもなる。規律を学ぶことができるし、負けることや勝つこと、一緒に作業することについて知ることができる」。15歳以上になると、柔道と体操の代わりに特別な体力強化トレーニングとヨガに取り組む。その狙いは、単なるサッカー選手でなく万能型のアスリートを生み出すことにある。

「20年前の(試合後の)ユニフォーム交換では、今のようなアスリートタイプの選手は見当たらなかった」とユース育成責任者のリーケリンクは言う。「現代サッカーで活躍するためには、トップレベルで争えるアスリートを育て上げなければならない。また、楽しむことも重要だ。それが我々のあらゆる指導の基本と言える。楽しくなければ、選手はやろうとしない。単に体力を上げたいからといって、やみくもに走らせたりはしない」

 このプログラムの有効性維持に欠かせないのが、アカデミーの生徒がトゥーコムストで過ごす週4日、1日5時間の練習時間における、発育の記録だ。「トップチームにはここに数年しかいない選手もいるが、ユースチームの選手たちはここで10年以上過ごす場合もある」とスポーツサイエンス責任者のエドウィン・ゴエダールは説明する。

「時間を掛けた育成には、若手選手を使うのが望ましいと考えている。選手の能力が向上する可能性は、トップチームの選手よりはるかに高いからだ」

■世界が注目する最新鋭の施設

 オランダ代表、AZ、そしてアヤックスで20年にわたってサッカー浸けの日々を送ってきたゴエダールは、アヤックスの最新の革新、「miCoach(マイコーチ)パフォーマンス・センター」の推進役を務めている。スポンサーであるアディダス、エイゴンの両社の資金協力を受けて建設されたくぼみのある白いドームは、まるで特大ゴルフボールのような外観ながら、ヨーロッパの多くのクラブの羨望の対象となっている。内部には感圧プレートの他、生体力学解析用の固定式と可動式のカメラ、そして練習試合用の人工芝のピッチが備えられ、施設の外にもトゥーコムストの9面のピッチのうち3面をカバーするカメラが設置されている。これにより、全コーチ、選手に詳細なデータのフィードバックが提供されるのだ。

 空気圧が標準化されるように紙の靴を履いてガラスのドアを通った我々は、ここはサッカークラブのアカデミーなのか、はたまたNASAの研究施設なのかと当惑した。名高い「ミラン・ラボ」のアヤックス版とも言える新トレーニング施設の宇宙開拓時代を思わせる設備を見れば、誰もが目を丸くするはずだ。

 全面に人工芝を敷いた「miCoachパフォーマンス・センター」の1号室は、ボールを蹴る動作の生体測定専用ルームだ。10台のカメラが選手の動作を360度のイメージで捉え、感圧プレートでひざと足首の力を計測。特別設計されたプレートでは、ひざ靭帯再生後または加速力トレーニング後の変化も調べることができる。

 メインホールのフルサイズのピッチには、2つの追跡システムがある。GPSで心拍数や走行距離などのデータを記録するだけでなく、アヤックスの最先端システムはセンサーを駆使して多様なデータを計測できる。「サッカーでは加速と減速を繰り返すため、エネルギーを過剰に消耗しないことが重要になる」とゴエダールは説明する。「データは選手たちの着用するベストからリアルタイムで転送される。ベストは各選手の位置や動きを追い、相手選手と相対した場合の選手の動きや、相手攻撃陣と対峙した際の守備ラインの陣形も確認でき
る」

 薄型テレビとコンピューターが設置された部屋で、ゴエダールはシステムの能力を説明してくれた。トレーニングセッションのリプレイ画面の隣では、サッカーチーム育成ゲーム『フットボール・マネージャー』のように3Dのピッチ上に選手たちがドットで表示される。ある選手の視点からアクションを見ることも、広いアングルで見ることもできる。更にフィジカルデータも同時に測定している。

 アムステルダム大学の教授と学生、そして専任の科学者の協力を得て集めたデータを、ゴエダールは、数値が低い選手を罰するためでなく、能力を向上させるために使いたいと考えている。彼は、イングランドではジョギングに出掛けた選手たちが通りの角を曲がるとメーターの数字だけ上げ、コーチを煙に巻いてしまうという話を聞いたと言う。「こういうシステムを利用した結果がそれなら、何の意味もない」

 ゴエダールはこのシステムで重要なことは、システムの有効性を監督やコーチが理解することだと力説する。「このシステムは特別な価値を与えてくれるわけだから、使わないとすれば、それは愚かなことだ。ここにあるハードウェアは、今やすべて購入可能なものだ。ただ、最も大事なのは、情報の読解が可能な人間がクラブにいるかどうかだ」

 ゴエダール自慢の施設に費やした金額は、(ルイス)スアレスやスネイデルを売却して得た移籍金のほんの一部に過ぎないという。

■1パーセントを向上させる努力

「選手の能力の85パーセントは才能で決まる」というのが、ゴエダールが長年サッカーの育成に関わってたどり着いた結論だ。「マラソンで勝つには、良い親を選ぶ必要がある。遺伝がすべてというわけだ。練習でどうにかなるのは20パーセントくらいのものだ。残りが、我々が積み増せる部分だ。1パーセント向上させることができれば、チーム全体で見れば11パーセントになる」

 アヤックスのコーチ陣はデ・ブール監督を筆頭に、この新たなプログラムの成功に賭けている。「アカデミーはじっと動かないまま、過去の実績だけに頼っていてはいけない」と現役時代に112の代表キャップを獲得した監督は言う。「miCoachを使えば、若手選手たちのメンタルとフィジカルの動きを管理することができる。その上にこれまでクラブが培ってきた精神力や技能、戦術を加えることができれば我々は更に進化することができるはずだ」

 エントもアヤックス独自の育成システムを見いだせると確信している。「アヤックスの誰もが、一つの目標を持っている。それは、若手選手を偉大なフットボーラーに育て上げることだ。もちろん、人は常に成功をまねしたがるものだが、メンタリティー、雰囲気、アムステルダムをコピーすることはできない」。これは、我々の3日間にわたるトゥーコムストの集中取材の中で再三耳にした言葉だ。

 91年、ユトレヒト郊外の労働者階級居住区、オンディープから来た体格のいい7歳の少年が、初めて40分の家路についた。スキルアップに使うひも付きのボールを手にぶら下げて。その週のうちに、彼は練習の成果をコーチに見せなければならなかった。「アヤックスのアカデミーは世界一だよ、間違いなくね」。それから19年の歳月と数え切れない宿題を経て、その少年は我々に語った。

 アカデミーの同世代で最も多くのタイトルを手にしてきたスネイデルは、誰よりもアヤックスのユースのことを知っている。

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【浅野祐介@asasukeno】1976年生まれ。『STREET JACK』、『Men's JOKER』でファッション誌の編集を5年。その後、『WORLD SOCCER KING』の副編集長を経て、『SOCCER KING(@SoccerKingJP)』の編集長に就任。『SOCCER GAME KING』ではCover&Cover Interviewページを担当。