驚かされたのは、広島大学関係者に取材を試みたところ、神谷氏に関することだとわかった途端、皆一様に口をつぐんでしまうことだった。神谷氏と一緒にラット実験を行なった2人の原医研研究者に至っては「取材拒否」である。

 そんな取材から浮かび上がってきた神谷像を一言で言うと「裸の王様」。誰もが神谷氏からの報復を恐れていた。広島大学内で敵対する人物を徹底的に攻撃・排除するのが、神谷氏の流儀だからだ。現に、取材した関係者のうち数名が、神谷氏による“懲罰人事”を喰らっている。従って、取材に応じてくれた人はすべて「匿名」が条件だった。

 神谷氏をよく知る広島大学のかつての同僚は、やはり匿名を条件にこう話す。

「彼の名前が入った論文はたくさんあるけど、その内実は、他の研究者に取り入って、論文に自分の名前をちゃっかり載せているわけです。彼は以前、『仕事なんかする必要ない。早くいいポジションに出世して、人にやらせればいいんだ』と言っていました」

 そして問題の「甲状腺ガン」研究もまた、神谷氏の発案ではない。アイデアは、広島大学の別の科学者と、神谷氏の部下だった動物実験担当の科学者によるものだった。

 実際、神谷氏自身はこの実験による被曝をほとんどしていない。にもかかわらず神谷氏は、研究の最終報告書では自らの名前を「研究実施者」として誇示しつつ、その一方で、動物実験担当の科学者の名前を外そうと画策していた。

「科学者は、実験の進め方に異議を唱えた1人だったからです。しかしこれでは、口封じを兼ねた盗作行為と言われても仕方ありません」(関係者)

 結局、神谷氏のこの企ては失敗に終わる。その科学者が実験の中心を担っていることは、スポンサーである電事連でさえ知っている周知の事実だったからだ。しかし科学者は、上司の神谷氏に楯突(たてつ)いたことがアダとなり、広島大学を追われることになった。あの名作テレビドラマ『白い巨塔』を地で行く話である。

     *     *     *

 神谷氏の法律違反は大学ぐるみでうやむやにされていた。そんな“黒い経歴”の持ち主であることを隠して広島大学は、フクシマ事故後、神谷氏を福島県立医科大学の副学長として送り込むことに成功する。それも、「甲状腺ガン」研究をヒバクシャ救済に役立てられなかった事実を棚に上げてだ。

 そして今、広島大学原医研周辺では、「『フクシマはカネになる』と囁(ささや)かれているんです」(関係者)。

 福島県民が聞いたら何と思うだろう。神谷氏の取り巻き連中にとってはフクシマの災禍も利権か金づるくらいにしか見えていないようだ。問題は、そんな認識で果たしてヒバクシャのお役に立てるのか――ということだろう。

 ところで、神谷氏の「専門家」としての力量を疑わせるこんなエピソードがある。

 フクシマ事故のため、東京の水道水から規制値(100ベクレル/kg。乳児の場合)を上回る放射性ヨウ素が検出された直後の3月23日、神谷氏はNHK『ニュースウオッチ9』に「緊急被曝医療の専門家」として出演した。

 その際に神谷氏は、「母親が水道水を飲んでも母乳への影響はない」と解説していたのである。

 だがその1か月後、市民団体が関東地方在住の母親の母乳を検査したところ、次々と放射性ヨウ素が検出されたのだ。母親が飲食を通じて取り込んだ放射性ヨウ素が母乳へと移行したのであり、つまり神谷氏は、公共の電波を使って大嘘をついたことになる。いまだ訂正もされていない。

 我々は、神谷氏に取材を申し込んだ。すると神谷氏から、「開封確認」付きのメールで返事が届く。だが、肝心の「甲状腺ガン」研究について訊(たず)ねる質問に対しては、すべて「コメントいたしません」との答え。ただひとつ、コメントをもらえたのは、NHKでの「母乳」に関する解説についてのものだった。

 神谷氏は次のように釈明する。「東京都の水道水(東京金町浄水場)から検出された放射性ヨウ素は、1キログラムあたり210ベクレル(3月22日)とされています。(中略)このレベルの放射性ヨウ素の含まれた水道水を飲んだ母体の母乳により乳幼児の健康に影響があるとは考えられないというのが私の申し上げたかったことです」

 ならば、そう訂正すべきだ。

 当時のNHKニュースをみた視聴者の中には、「緊急被曝医療の専門家」の解説を信じ、「安心」して水道水を使い続けた人もきっと多いことだろう。

 神谷氏では、日本国民の健康をとても守れないし、ヒバクシャを救えない。

(取材・文/明石昇二郎とルポルタージュ研究所)

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