野澤 最初は国際電話でメディアを作ろうとは思っていなかったのですが、インフラがあって、通信システムがあって、やりたいことのモデルが似てるなって思ったんです。メディアじゃないものをメディアにするという考え方は、同じだって。
河村 メディアにするものはもっと他のものを考えていたんです。例えば、トイレットペーパーとかね。他にもいろいろ可能性を探っていました。ま、その一つとして、インフラの会社と協力しあえれば、国際電話でできるなって思ったんです。国際電話って高いですし。広告のおかげ、スポンサーのおかげで安くなるって思えば、少しは感謝してくれるきっかけになるんじゃないかって。

中村 それは、いつ頃のことでしょうか?

河村 2007年の5月頃です。
野澤 二人とも普通に広告の仕事はしていたんですが、まずは場所を作ろうと言う話になり部屋を借りたんです。仕事帰りにファミレス代わりになるような。それで次に、会社を作ってプロジェクトを動かそうっていうことになって。
河村 会社作るって言っても、一からというか0からだったんで、大変でした。
野澤 でも、アイデアが形になるなら、やろうと。
河村 メディアコールズをやりたくて、会社をつくったわけじゃなくて、いくつかあたためていたアイデアの球のなかのひとつを形にしたくて会社をつくったという感じです。

中村 お二人の会社であるブルース株式会社はいつ設立されたのですか?

野澤 2008年10月に設立しました。社名ブルースの由来は、二人とも青が好きで、調べたらブルーって商号がとれなかったんですね。で、たまたま、ブルーにSつけたらドメインがとれて。そしたら、ブルースって憂鬱って意味もあるじゃないですか。でもこれが逆にいいんじゃないかと。ちなみに、二人とも坊主だから、社名も坊主でいいんじゃない?っていう話もあったけど。
河村 憂鬱。いいじゃんって。

中村 なぜ、憂鬱なんでしょうか?

河村 憂鬱がないと、アイデア出す意味がないっていうか。憂鬱という思いから何か生まれてくるんだと思うんです。企業でいえば憂鬱って問題点という意味になると思うんですけど、個人も一人一人の問題点があると思うんです。社会で言えば、戦争してるブルースだったり、日本語で憂鬱って言っちゃうとちょっと違うけど、それを解決するために存在意義があるっていうか。商品を開発したり、モノをつくったりしていくのが、アイデア100を考えていたときの二人の原点なんだって、気づかされたんですよ。俺たちはブルースだ! ブルースが重要だ!

野澤 青「ブルー」が、憂鬱「ブルース」になって、何か自分たちのやるべきことが見えてきた気がしました。ハッピーと言わずにブルースというところもいいなと思って。
河村 知り合いの外国人に「ブルース」っていう名前の会社をつくったんだと話すと、「なんて暗い名前なんだ」って言われて、外国人にとっては、そんなに暗いのかってビックリしました。
野澤 音楽好きって思われちゃうこともあったりしますけどね。
中村 会社を設立するにあたって苦労された点を教えてください。

野澤 立ち上げまでは、法務関係など思い通りにいかなかったこともありましたけど、意外と初体験のことばかりで楽しかったですね。
河村 去年の秋はリーマンショックがあったのでタイミングも良くなかったんですね。メディアコールズでは広告スポンサーからスポンサー料をもらうだけで、電話の通信料はもらっていないんです。
野澤 みなさん、興味は持ってくれて担当者レベルでは面白がってくれるんですけど、なかなか広告を出すというところまでは難しいのが現状でした。
河村 今のメディアをどう圧縮するかが最大の課題の時期だったので、なかなか新しいメディアにチャレンジしようという考えがなかったんですね。