両足か片足で議論が生まれたのが、95年のランブルだった (c)2008World Wrestling Entertainment, Inc. All Rights Reserved. WWE日本語公式サイト

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WWEの年間4大のイベントの1つ『ロイヤルランブル』。30人のレスラーが、プロレス界・最大の祭典「レッスルマニア」でのWWE王者挑戦権を得るべく、互いをトップロープから突き落とす。

その試合の特異性、そして重要性から過去20年の歴史の中で多くの物語が生まれてきた。このうちのいくつかを紹介しよう。

■1998年、まさかのハットトリック出場

1998年カリフォルニア、サンホセアリーナで行われた同大会において、ロイヤルランブル勝利という記録こそ残せなかったが"記憶"に残る偉業が成し遂げられた、ミック・フォーリーは1つの大会において、リングに3度も上がることに成功した。

まず第1エントリーで有刺鉄線がトレードマークの“カクタス・ジャック”として登場、その後、狂人“マンカインド”として16番目に、最後にサイケデリックキャラが強烈な、“デュード・ラブ”として28番目にエントリーを果たした。

残念ながら、最終的に計4人の参加者の排除という試合への貢献にも関わらず、「3キャラクターのうちの"誰でもいいから"レッスルマニアで(当時のWWE王座)ショーン・マイケルズに挑戦したい」という望みは、はかなくリングに散ることとなった。

■2004年の長い長い一日

2004年、ロイヤル・ランブル・マッチはにおいて、1番目にリングにエントリーした故クリス・ベノワ。29人の敵をリングに迎えるという圧倒的に不利といえる状況から、自らのその卓越したレスリング技術を超人的な体力で、リング上に生き残り続けた。

そして、生き残った者がランブル覇者になろうという最後の2人に残ったのは、ベノワと2メートル、200キロを超える巨人ビッグ・ショーだった。ベノワが、更なる危機的状況に立たされた時、試合開始から既に一時間が経とうとしていた。

会場にいる誰もが、ベノワがこの巨人とトップロープ上から落とす力がないことは明らかだと考えていた。しかし、ベノワは “技術を備えたレスラーのみが見せることが出来る”まさに卓越した攻撃を披露した。ベノワは自らがロープ外に立ちロープ越しにしっかりとショーの首をロック、二人の間にあるトップロープを支点に"てこの原理"を利用しゆっくりとショーを持ち上げ始めたのだ。200キロを超えるショーの体はゆっくりと浮き上がり、トップロープを越え、リング下へと沈んでいった。

ナンバーワン・エントリーからの勝利、そして61分30秒という最長ランブルマッチ大記録を残した彼は、とうとう念願の王者への扉に手をかけた瞬間であった。