バフェットも指摘「誰もゆっくりお金持ちになりたくない」投資家に蔓延する“速さ中毒”…タイパ重視の株式投資で見失う〈本質〉
「タイパ」や「効率化」という言葉が象徴するように、現代社会では短い時間で大きな利益を求める傾向が加速しています。しかし、この「速さ中毒」こそが、株式投資において致命的な結末を迎える可能性があると著者は語ります。本記事では、リチャード・ケイ氏の著書『日本株を買う外国人 外国株を買う日本人』(星海社)より一部を抜粋・再編集し、株式投資の“速さ”への欲望に囚われない「のろまな投資」のあり方について解説します。
「誰もゆっくりお金持ちになりたくない」投資家に蔓延する“速さ中毒”
バフェット氏が、アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスからこんな質問を受けました。
「あなたの投資哲学は実にシンプルで、誰にでも真似できるほど素晴らしい。それなのに、なぜ誰もあなたの真似をしないのですか?」と。
彼は、静かに、しかし断定的にこう答えたというエピソードがあります。
「誰も、ゆっくりとお金持ちになりたくなどないからだよ」
確かに、その通りかもしれません。私たちの本能には、「速さ」をどうしても求めてしまうところがあります。一刻も早く結果を出し、一刻も早く目的地に到着したい、自由を手に入れたい。
現代社会はその欲望を「タイパ」や「効率化」という言葉で正当化し、投資の世界でも、短い時間、極端な場合には数秒単位の価格変動に一喜一憂する「速さ中毒」がますます蔓延しているように見えます。
昨今、若者を中心に広がっている『FIRE(経済的自立と早期リタイア)』への強い願望も、この「速さ中毒」の延長線上にあるように感じてなりません。そこには、株式投資を活用して「人生を豊かにしたい」という意志よりも、むしろ「嫌な仕事から逃れるための最短ルート(脱出口)」と捉える焦燥感が透けてみえます。
しかし、この「速さ中毒」こそが、投資家にとって最も致命的な悪い結末をもたらす可能性があります。
「時間」という資産形成に不可欠な“栄養素”
株式投資という航海において、資産を築くための「時間」は、単なるコストではありません。それは、作物が育つのに必要な水や日光と同じ、不可欠な「栄養素」なのです。時間をかけずに巨大な資産を築くことが困難なのは、富の形成が「知識の蓄積」と「資本の成長」が複雑に絡み合う、極めて有機的な時間の関数だからです。
かけた時間、投じた時間、そしてその時間に耐えた「意志」の強さが、最終的な資産のサイズを決定づけます。
短期間で大きな利益を得る特異な事例は、確かに存在します。しかし、それらの多くは、ある特定の条件と時代の歪みが重なり合った「幸運かつ偶然の産物」に過ぎません。そこには再現性はなく、むしろ一度の幸運がその後の無謀な賭けを誘い、最終的な破滅を招くことさえあります。
私がみなさまに提案したいのは、単に「待つ」「じっと辛抱する」という忍耐ではありません。バフェットが「Nobody(誰もいない)」と断じたその道を、あえて自らの意志で、じっくりと時間をかけて選び取る。
そんな主体的な「のろま」としての生き方、そして株式投資のあり方です。
「他人の時計に合わせない」株式投資に必要な“のろま”な姿勢
「のろま」という言葉に、みなさまはどんな印象をお持ちでしょうか。
おそらく、ポジティブなイメージを持つ人は少ないはずです。個人的な語感ではありますが、「のろま」とは、常に「他人の目」から生まれる評価の言葉です。自分自身のことを、好んで「私はのろまです」と紹介する人と私は会ったことがありません。
当の本人がじっくりと時間をかけて本質を吟味し、納得がいくまでたっぷりと思考を巡らせている、なかなか結論が出ない、決断しない-- 。その様子を、すぐ隣で「速さ」を競っている他人が見て、焦燥感や苛立ちを込めて「のろま」と評する。それがこの言葉の正体でしょう。
私たちは、他人に「のろま」だと思われたくない、周りのスピードに順応しなければ取り残される、というプレッシャーを至るところで感じる日常を過ごしています。
しかし、断言します。株式投資において、その種のスピードへの同調は、不要であるばかりか、明白な害悪です。
周囲が凄まじい速さで中身を取っ替え引っ替えしようとも、目まぐるしく変わる流行に飛び乗ろうとも、あなたの時間はあなただけのものです。周囲から受ける「速くしろ、早く決めてくれ」というプレッシャーに対しては、徹底して「鈍感」であって構いません。
むしろ、そのプレッシャーをノイズとして一切無視し、自分が目の前で向き合っている対象をじっと見つめる、納得するまで観察してみること。その姿勢が株式投資において違いを生み出します。
「のろま」と評されることに怯えて、腹の底から納得できないまま、あなたが関心を寄せた対象から目を逸らしてはいけません。じっくりと観察しつづけてきたからこそ得られる洞察を手に入れなければなりません。
他人の時計に合わせるのをやめ、自分自身の「納得」という時計を動かし始めた時、あなたは誰にも揺るがされない意志を持った「のろまな投資家」へと変貌できるのです。
そう、「のろま」とは主体的に観察し、考え、検討し、他人に振り回されず自分自身の納得を何よりも最優先させる姿勢なのです。
「長期投資=10年、20年」という勝手な思い込み
ここから「長期投資」という言葉について検討してみます。「長期投資」の文脈では、「長期とは一体何年なのですか?」という問いが頻繁に投げかけられます。
しかし、こうした問いそのものがナンセンスだと感じます。なぜなら、企業が価値をつくり、それを育て、そして、それが市場から評価される、それには相応の時間が掛かるからです。
株式投資で成果を得るには相応の時間が必須であり、そのプロセスに要する時間は、企業ごとにまったく違います。にもかかわらず、長期投資とは5年、10年と勝手に、投資家側で決めつけてしまうことに果たして意味があるでしょうか。
もちろん、投資家側の事情としてそうした時間軸を設けざるを得ないことは理解できますが、企業の価値創造という目線からすると、「長期とは一体何年ですか?」という問いは、投資家側の事情の押し付けではないかとさえ、私は感じてしまいます。
さらに付け加えるならば、投資家側も自分の時間軸は自らで決めるべきでしょう。「長期とは何年か?」を決めるのは他人ではありません。あなた自身です。
「長期投資」でもう一つ気がかりなことがあります。それは長い期間、10年、20年と時間を与えれば報われるだろう、という期待です。何度もくりかえしますが、企業の価値創造には時間が必須です。
しかし、それは顧客や社会が待ち望む価値が持続的につくられていることが大前提です。つまり、待ち望まれるような価値をつくれない、生み出せない企業にどれだけ長い期間投資していても、報われる可能性は極めて乏しいと言わざるを得ません。
こうした議論から、世界経済全体の成長、価値創造からのリターンを投資家として享受しようということでインデックス運用が長期投資の選択肢として魅力的に見えてくるわけですね。
リチャード・ケイ
コムジェスト
ファンド・マネージャー

