【元川 悦子】【森保監督独占インタビュー】W杯敗退から2ヵ月半…指揮官が明かした「遠藤航離脱」の舞台裏と葛藤
2026年北中米W杯でサッカー王国・ブラジルに敗れ、ベスト32で敗退してから2ヵ月半。森保一監督(58歳)率いる日本代表が9月24日のウルグアイ戦(宮城)から再始動する。この一戦を皮切りに、年内は6試合の国際親善試合を敢行。2027年1~2月に開催されるアジアカップ(サウジアラビア)に挑むことになる。この大舞台が2018年9月から8年以上、チームを率いてきた代表指揮官の「最後の戦い」となる予定だ。
「日本サッカー協会(JFA)の宮本(恒靖)会長から託されているのは、アジアカップ優勝。その1点のみなので、そこに全集中していきます」
こう力強くコメントする森保監督に、現代ビジネスは単独インタビューを実施。日本代表監督としての矜持や独自のマネージメント術、2026年W杯での後悔などをストレートに聞いた--。
後悔はないが、反省点はある
イングランド・プレミアリーグで活躍する鎌田大地や冨安健洋(ともにクリスタル・パレス)、オランダ・エールディビジで2025-2026シーズン得点王に輝いた上田綺世(リール)などを擁した2026年北中米W杯の日本代表は「史上最強」の呼び声が高かった。だが、日本サッカーの歴史を振り返ると、評価が高いチームほど、望んだ結果を得られないという負のジンクスがある。
2002年日韓W杯で異彩を放った稲本潤一(川崎FRO=フロンターレ・リレーションズ・オーガナイザー)、小野伸二(Jリーグ特任理事)らが20代後半を迎えた2006年ドイツW杯、本田圭佑(FCジュロン)、長友佑都(FC東京)らが欧州トップリーグで活躍していた2014年ブラジルW杯がまさにそうだった。
グループリーグ敗退に終わったその2大会に比べると、今回は三笘薫(ブライトン)、南野拓実(モナコ)、遠藤航(リバプール)、久保建英(レアル・ソシエダ)ら主力級のケガ人が相次いだ中でもグループリーグを突破。堂安律(フランクフルト)も「当たり前に突破できるようになったところは日本の成長」と力を込めていたが、世界の頂点までの距離が近づいたとも言い切れない部分はあった。そこは真摯に受け止めるべきだろう。
森保監督が特に「反省点」だと認めるのが、キャプテン・遠藤を外したタイミングだ。偽らざる胸の内をこう吐露する。
「後悔はしていないですけど、反省点としてはあるかなと思います。どのタイミングであっても、航をチームから離脱させるという、選んだ後の決断なので。
ケガをしたままでもチームにいてくれれば絶大な存在感を発揮してくれる選手だと思っていましたが、登録メンバーから外すという決断をした時点で、航本人が受けた心の傷や痛みは絶対的に大きかったはず。彼の家族や応援してくれている人たちにも多大な迷惑をかけてしまったなと思います。
最初のハードルとして5月31日のアイスランド戦(国立)があって、そこでケガが再発したので、モンテレイの事前合宿まで引っ張らなければ、心の傷を軽減させることができたかなというのはあります。そこで決断していれば、町野(修斗=ボルシアMG)の早期合流、チームにフィットさせることも可能だった。そういう判断もあり得たとは思いますけど、やはり航の存在があまりにも大きかった分、決断が遅くなりました。
リーダーを外すかどうかという見極めは、マネージメント論でいえば、監督として一番難しかったところではあります」
なぜボランチではなくアタッカー町野だったのか
遠藤は6月14日の初戦・オランダ戦(ダラス)3日前の11日朝にはナッシュビルのホテルを離れたわけだが、会って話をしたのは森保監督と後任キャプテンの板倉滉(ボルシアMG)だけ。同日の板倉は涙ながらに遠藤への思いをメディアの前で切々と語っていた。
チームへの影響がさらに大きかったのは、遠藤がその日、自身のSNSで代表引退を明言したこと。チームメートも間接的に大きな決断を知らされ、本当に何が起きたのかわからず、混乱に陥ったのではないか。
そんな重大なアクシデントが本番3日前に起きたことは過去のW杯では一度もなかった。それを乗り越えてグループを突破できたのは幸いだったが、遠藤自身が大々的に掲げた優勝には辿り着けなかった。
遠藤の代役として町野を呼んだことも物議を醸した。ボランチが1枚減れば、同じポジションのボランチを呼ぶというのが普通の考え方。そこで守田英正(ハル・シティ)や藤田譲瑠チマ(ザンクトパウリ)らが有力候補と見られたが、森保監督はアタッカーの町野を選択した。
その町野が合流直後に体調を崩してしまい、復帰間もないタイミングで挑んだ6月29日のラウンド32・ブラジル戦。後半33分に伊東純也(ゲンク)に代えて追加招集のアタッカーを投入したことも、大胆チャレンジに映ったのは間違いない。
「欧州所属選手はすでにオフシーズンに入っていたので、『5月末の国内キャンプまでは待てるけど、その後は待てない』という選手もいましたし、ケガをしている選手もいた。そういう中でトップかシャドーのできる町野を呼ぶことに決めました。唯人(鈴木=フライブルク)や啓介(後藤=フライブルク)、塩貝(健人=ヴォルフスブルク)をシャドーで計算している中で、もっと厚みを持たせてもいいのかなと考え、判断したんです。
ボランチのところは滉や歩夢(瀬古=ルアーブル)がシーズン中にそのポジションでやっていて、もともと計算していたところがありました。それに町野は2022年カタールW杯に追加招集したものの、出場機会がないまま終わっていたので、『絶対に出たい』『何かを成し遂げたい』という強い気持ちが感じられた。それがチームの活力になると信じて、起用しました」
森保監督の判断は勝利にはつながらなかった。特にブラジル戦の選手起用については厳しい目線が向けられている。
「ブラジル戦で伊東を下げた際の交代カードとしては町野以外の選手を使うべきだった」
「もっと早く塩貝健人(ヴォルフスブルク)を起用してもよかったのではないか」
「最初から伊東を温存して切り札として取っておくべきだった」
こういった意見も現場取材陣やサポーターから数多く出ていた。大会から2ヵ月半が経過した現在に至るまで、采配を疑問視する声は収束していない。
指揮官自身はさまざまな想定を繰り返して、一番確率の高そうな選手起用や戦術を見出し、勝負を賭けるしかないのだろうが、見る側としてはどうしても納得いかない部分があるのも事実。そういった批判的な意見があること承知のうえで、森保監督はこう話を続けた。
アジアカップ制覇は至上命題
「私は日本代表の勝利と日本サッカーの発展のために、自分の役割を全うする。それが日本のためになるという思いでここまで来ました。その考えのもと、選手選考から練習、試合に至るまで、ベストを尽くしてきたつもりです」
森保監督は神妙な面持ちでこう語る。実際、日本代表のプラスになると思うことはすべてやってきた。調子のいい人材を思い切って呼ぶのはもちろん、2022年カタールW杯前には状態が整わなかった堂安や久保、鎌田をあえて一時的に代表から外したこともある。
カタールW杯後の第2期でも、中村敬斗(リヨン)のような未知数の新戦力を積極的に招集。一方で、さまざまな問題に直面していた伊東や佐野海舟(マインツ)の招集を見送った時期もあった。
外した選手とは密にコミュニケーションを取り、状態を把握しながら、理解を深めていったが、彼らをまめにフォローする監督というのは実際にはあまりいない。そこまで選手ファーストで、1人1人と真正面から向き合えるのは、森保監督くらいかもしれない。
「私は誰とでも友達になれると思っているので(笑)。いろんな人と接したり、話したりすることはまったく苦にならないので、そこは監督をするうえでプラスになっているところです。経験論を押し付けるつもりもないですし、相手の言い分は聞きますし、できるだけ尊重しながらやっています」
そうやって細心の気配りを払い、彼らに歩み寄って一体感を醸成し、挑んだ2度目の世界舞台だったが、遠藤離脱という想像以上に大きな出来事が起きてしまった。ある意味、不運だったのは間違いないが、失敗があったからこそ、「もっと前進したい」と思えるところもあるだろう。
今、森保監督には再挑戦の場が用意されている。それが2027年アジアカップだ。日本は2030年W杯の抽選やキャンプ地・練習場の選定などで有利な状況を作るために、FIFAランキングを上げなければいけない。そのためにアジア王者獲得は至上命題。だからこそ、経験値の高い森保監督が続投することになったのだ。
「『日本人はもっとできる』ということを、日本国内や世界各地に住む日本人にも思ってもらいたい。日本の価値を最大化するための取り組みができたらいいと思っています。そのためにも、アジアカップは必ず優勝したい。最善を尽くしていきます」
中編記事『【独占】森保監督が答えた「守田との確執説」の真実と、日本代表「SNS発信の絶対ルール」』につづく。
