信頼回復への道筋は

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 検察トップの検事総長に今夏、初めて慶応大学出身者が就任した。慶大法卒の川原隆司新総長(62)は、東京地検特捜部や警視庁捜査1課が処理した殺人事件を担当する本部係といった「捜査現場の王道」に加え、法相秘書官や法務省事務次官といった、いわゆる「赤レンガの王道」も歴任。順当な人事だ。だが、ある日弁連の元副会長は「司法試験合格者数が圧倒的に多いため、法曹界では東大閥が強いことは事実。検察は民間の弁護士会と比べても、その傾向は根強い」と指摘。「初の慶大出身者の起用には別の側面もあるのでは」と推察する。どういうことか。

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定年延長と賭けマージャン

 川原氏は東京出身で1989年に任官。2025年7月から検察ナンバー2の要職である、東京高検検事長を務めていた。今回の総長就任について、ある法曹関係者はこう声を潜める。

信頼回復への道筋は

「なんといっても、同じ東京高検検事長の要職にあった黒川弘務氏(69)が2020年5月に辞職に追い込まれ、検察の自浄能力が問われた賭けマージャン問題への論功行賞が最大の理由でしょう」

 黒川元東京高検検事長は2020年2月7日に63歳の定年を迎える予定だったが、当時の第4次安倍再改造内閣は定年直前の1月31日、黒川氏の勤務を8月7日までの半年間、異例の延長にすると閣議決定。「検察官に国家公務員法の定年延長規定は適用されない」としていたそれまでの法解釈を急遽変更した。これが「次期検事総長に据えるための政権による人事介入だ」と批判された。

 黒川氏は、第1次安倍政権では一貫して法務省大臣官房の秘書課長を務め、安倍内閣の法相の“右腕”となって法務・検察当局と国会のパイプ役を担った。

「特に失言も多かった鳩山邦夫元法相の時代には、あの有名な『(私の)友人の友人はアルカイダ』とする発言の火消し役として、黒子に徹しています」(前出の法曹関係者)

 また第2次から4次に至る安倍政権でも、法相を支える法務省大臣官房のトップである官房長などを務め、2016年9月から19年1月まで法務省トップの事務次官。そこからスライドして検察ナンバー2へと到達している。

「ですが、検事に任官した司法修習35期で黒川氏の同期トップは、後に検事総長を務める林眞琴氏です。第1次安倍政権発足前までは、裁判員制度や法科大学院の導入といった、戦後最大の司法制度改革を取りまとめた法務省の司法法制課長や刑事局総務課長などの重要ポストで黒川氏は同期の林氏の後任を務めた。つまり後塵を拝していたわけです」(同法曹関係者)

法曹3者トップは寡占状態

 一方、安倍元首相をめぐっては2017年2月、妻の昭恵氏が名誉校長に名を連ねた森友学園に、大阪府豊中市の国有地が格安な値段で売却された問題が表面化。同年5月に加計学園の獣医学部新設に「総理の意向」が影響した疑惑も浮上した。19年5月には「桜を見る会」の私物化や、前夜祭の費用補填の疑惑が相次いで取り沙汰されていた。

 だが安倍首相はこの時期、戦後最長の長期政権を記録。19年8月24日に歴代第2位だった佐藤栄作氏の総理通算在職日数2798日を抜き、11月20日にはトップだった桂太郎氏も抜き去って歴代1位となっており、「安倍一強」と評された。

「それだけに突然の法解釈変更は『政権に近い黒川氏を検察トップに置き“守護神”にしようとしている』と疑う声が噴出したわけです」(同法曹関係者)

 新検事総長となった川原氏は黒川氏の辞職時、法務省刑事局長として国会で9回にわたり答弁に当たり、野党による追及の“矢面”に立った。衆参両院の法務委員会や参院の予算委員会、決算委員会で厳しい質問責めにさらされる姿がNHKの国会中継などで全国に放送されている。

 2020年5月22日の衆院法務委員会では「黒川検事長個人のために手配をされたハイヤーを利用したというものではなく、記者が帰宅するハイヤーに同乗したもの」と弁明。同25日の参院決算委員会では「再調査の必要はない」と反論した。同26日の参院法務委員会でも「黒川氏は事実を認め、認めて深く反省」しているとした上で「懲戒処分ではなく(中略)訓告とした」のは「適正な処分」だと回答し、「検察の組織防衛の盾となった」(同法曹関係者)という経緯がある。

 裁判官と検察官、弁護士の法曹3者のトップ(最高裁長官、検事総長、日弁連会長)は各々、試験合格者数もトップの東京大学が必然的に占めてきた。それぞれを戦後の概数でみると、最高裁長官は1位が東大で16人、2位は京大で4人、3位は一橋大で1人となっており、ほかにはいない。また検事総長も、圧倒的に東大が優位にあり、25人で1位。2位は京大で4人、3位は中央大学で2人、4位は一橋大学と岡山大学が並び各1人となっている。一方で民間の日弁連会長もトップは東大で14人。2位が中大の11人、3位は京大の8人、4位は日本大学で5人、5位は明治大学の3人と「私立大が『官界』と比べれば善戦している」(同法曹関係者)というのが実態だ。

看板はあくまでも経済学部

 だが上位5傑に、慶応の名はない。

「トップを複数輩出している東大、京大、中大、日大、明大の5つはいずれも文系の看板学部が法科です。ですが慶大の看板は経済学部。法曹界では慶応は“傍流”なのです」(同法曹関係者)

 川原氏の総長就任には検察OBから「やっかみとも邪推とも受け取れる、的を射ていない誹謗中傷の類い」と擁護する声もあるが、慶応出身の起用が注目されるのも、理解はできるだろう。

 しかし、実は戦前には法曹界を牽引した慶応OBがいた。江戸時代の1850年に豊前国宇佐郡(現在の大分県)で生まれた横田国臣氏は、検事総長と現在の最高裁長官に当たる大審院院長の双方を歴任した司法官僚だ。慶大の前身となる慶応義塾で学んだ後、いったん検事総長の職に就き、ブランクを置いて1904(明治37)年に総長に返り咲き、1906年には大審院院長となった。以後、1921年に定年退職するまで15年の長期にわたって院長を務め、戦後の最高裁長官を含め歴代1位を記録している。

 慶大の卒業生でつくる三田会関係者は「川原氏は野心家タイプではなく、純粋な正義感の持ち主です。学生時代から、横田元総長を大先輩として尊敬していると話していました。論功行賞を求めるようなタイプでもありません」と話す。

 ロッキード事件で首相の犯罪に斬り込んで返り血を浴び、特捜検察冬の時代と呼ばれた時期を過ぎた平成以降、「大物総長」と称された東大出身の検事総長には原田明夫氏や松尾邦弘氏、樋渡利秋氏、林氏らがいるが、いずれも東京地検特捜部を若い頃に経験しており「偉大な先輩方の後に続くという意味で特捜も経験している川原氏は総長には適任」(検察幹部)との声もある。また川原氏も務めた東京地検の本部係が、重要ポストと認識されるようになったのは、1995年の地下鉄サリンなどオウム真理教事件がきっかけだ。

「ですが川原氏は特捜部で、これを手掛けたと言える事件はなく、本部係も1年だけ。同期に東大法卒の有力株がいなかったので『特捜も本部係も、単なる箔付けのため経験させてもらっただけ』と揶揄する声もあります」(同法曹関係者)

 モリカケ問題に揺れた安倍政権による、黒川氏定年延長ゴリ押し疑惑の後遺症という“亡霊”と、東大でも公務員離れが進む中、既得権益にしがみ付いている印象を持たれがちな守旧派東大OBたちの時代錯誤な不満……仮にそんなものがあったとしても、新総長には検察の“復権”に向け、雑音には耳を貸さずに職務に邁進してほしいものだ。

岡本純一(おかもと・じゅんいち)
ジャーナリスト。特捜検察の捜査解説や検察内部の暗闘劇など司法分野を中心に執筆。月刊誌「新潮45」(休刊中)では過去に「裏金太り『小沢一郎』が逮捕される日」や「なぜ『東京高検検事長』は小沢一郎を守ったか」などの特集記事を手掛けた。

デイリー新潮編集部