政府が外国人の在留資格を厳格化する政策を相次いで打ち出している。中国事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんは「それでも日本に住みたいと考える外国人は多い。とくに中国人の中には、帰国したものの“また日本で暮らしたい”と考え、舞い戻ってくるケースが少なくない」という。中島さんが、その背景を取材した--。
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中国人が日本に「戻ってくる」ワケ

政府が「経営・管理」など在留資格の厳格化に踏み切り、在日外国人を取り巻く環境は厳しさを増している。

それでも日本に住みたいと考える外国人は多い。とくに人口が最も多い中国人の中には、日本で数年間暮らしたあと中国に帰国したものの、「やはり日本はすごくいい国。また日本で暮らしたい」と考え、舞い戻ってくるケースが少なくない。彼らはどういう経験を経て、そのような思いに至ったのか。

中国の大学の日本語学科を卒業後、日本に憧れて2010年代に来日した女性、孫さん(仮名)はコロナ禍まっただ中の2021年春、中国に帰国した。当時、私は彼女から以下のようなメッセージを受け取った。

「急ですが、帰国することにしました。コロナ禍をきっかけに決断しました。日本より中国のコロナ対策のほうが安心だと思ったこと、そして、日本での生活はもうある程度満喫したかな、と思ったことが理由です」

孫さんが勤務していた都内の企業は待遇がよく、傍からみるかぎり生活は順風満帆のようだったが、個人的な事情があったようだ。

■「日本にいたら危険」「早く帰国して」

孫さんに連絡すると、彼女は「中国政府のコロナ対策がすばらしく、このまま日本にいて大丈夫なのだろうかと不安になったので……」と語り出した。

2020年初頭、武漢からから始まった新型コロナウイルスの流行で、中国は徹底的な封じ込めを行った。当初その対策は成功し、欧米で大流行していたなか、中国はいち早く落ち着きを取り戻した。孫さんの両親は「日本や欧米のやり方はゆるいからダメ。徹底管理する中国のほうが安全だ」と力説し、孫さんもそれに納得したという。

孫さんの周囲にいる在日中国人の友人も、中国に住む親族から「日本にいたら危険」「早く帰国して」と迫られ、中国に帰国した人が数人いたそうだ。

その後はあまり連絡がなかったが、昨年末、日本旅行にやってきた際、久しぶりに再会した孫さんは開口一番、私にこう語り出した。

「やっぱり日本はいいですね。自由な空気と人々のマナーのよさ、優しさ……。電車に乗っていても、道路を歩いていても、ストレスを感じない。食べ物はおいしいし、街が静かで秩序がある。日本ではこれは当たり前でしょうけど、世界ではこれは当たり前ではないですよ」

日本より中国がいいと言って帰国したのにどうしてか、と思って聞いてみると、コロナ禍で大変な思いをした、と打ち明けてくれた。孫さんが住む都市は、孫さんが帰国した数カ月後に大規模なロックダウン(都市封鎖)に踏み切った。当初、成功したかに見えた中国のコロナ対策だったが、2021年7月、南京でデルタ株の感染者が出て以降、政府は事実上、「ゼロコロナ政策」に舵を切った。

■非人道的なコロナ対策と景気悪化

中国では各地で連日、住民のPCR検査を実施したり、ある建物で感染者が出ると、その場にいた人全員が強制的に隔離施設に移送されたりといった非人道的な対策が公然ととられるようになった。

孫さんは「政府のメンツのために、ゼロコロナ政策は継続され、SNSでの批判は情報統制で全部削除された。重い病気でも(コロナ対策で)入院できないで亡くなる人が続出するなど、数えきれないほどの悲劇がありました。両親が『中国の対策はすばらしい』と言っていたのは、政府がメディアを使って行った宣伝を鵜呑みにしていたからです。

日本のコロナ対策は個人の判断に任せるところがあり、最初のうちは、それが頼りなく見えて不安だったのですが、実は、それは日本人全体の民度が高いからできることなのだと、あとになって気づきました。私が浅はかでした」と語る。

その上、孫さんを悩ませたのは中国の深刻な景気の悪化だ。コロナ禍と不動産不況というダブルパンチで経済が低迷した。孫さんは最初のうちは、日本語を使う仕事をしたいと思って探していたが、孫さんが住む都市には需要がなく、かなり長い間失業状態が続いたという。現在は地元企業で働いているが、社員同士の足の引っ張り合いが多く、ストレスがたまるという。細かいことで干渉してくる両親と3人で暮らす生活も窮屈で、給料も日本にいたときよりずっと少ない。「日本に住んでいたころ、いかに自分が恵まれた生活を送っていたかを思い知った。できれば、また日本に戻って暮らしたい」と話してくれた。

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■親からの激しい結婚催促で帰ったが…

別の女性、陳さんも以前、東京都内で働いていたが、30代に入って、中国に住む両親から結婚についての催促が激しくなり、断り切れず、数年前に帰国した。

両親が気に入った男性とのお見合いを繰り返したが、「一度も海外旅行にさえ行ったことがない男性とは価値観が合わず、どうしても結婚する気になれなかった」と陳さん。親戚からも「なぜ、こんなにいい条件の男性と結婚しないのか?」「結婚しないのは人間として問題があるからだ」と批判され、つらかったという。

中国の田舎では、両親だけでなく、祖父母や親戚まで結婚に口出しをすることは珍しくない。地元に住む高校時代の友人は20代のうちにほとんどの人が結婚して子どもを産んでおり、日本でキャリアを積んできた陳さんの生き方を理解してくれず、「母国にいるのに孤独を感じた」(陳さん)。

北京に住む大学時代の友人たちは皆、中国国内で就職して10年以上の経験を積んでおり、連絡を取ってみると「競争が激しすぎて生きていくことがつらい。人間関係も複雑で気が休まらない。可能なら海外に住みたい」とこぼしたそうだ。

陳さんは故郷ではなく北京で再就職できないかと試みたが、「中小企業でさえ就職は困難な状況。日本への留学経験があるとはいえ、そんな人は北京にはゴロゴロいる。とくに30代になった文系女性の再就職は難しい」と打ち明ける。

■在留資格の厳格化による影響

現在、陳さんは日本に戻り、数年ぶりに都内で暮らし始めている。

陳さんに問い合わせてみると、「中国人だけれど、一度、外の空気を吸った人間が中国社会に馴染むのは難しいと思って悩んでいたところ、以前からの知り合いの在日中国人が『自分のビジネスを手伝ってくれないか』と言ってくれたので即決しました」という。仕事は詳しくない業界だが、「在留資格がもらえるなら、それだけでいい」と思ったそうだ。

陳さんが日本に舞い戻ってきたのは昨年の夏だ。昨年10月16日、日本政府が在留資格「経営・管理」の厳格化に踏み切ったことは、日本で大きく報道された。ペーパーカンパニーの存在など不正が発覚したことが背景にある。資本金が500万円から3000万円に引き上げられ、常勤職員の雇用や日本語能力などが新たな要件に加えられた。これがきっかけで「日本から手を引く」中国の富裕層が増えたと言われている。

陳さんの在留資格は技術者、営業、通訳などの専門職が取得することが多い「技術・人文知識・国際業務」(技人国)だが、これも今年4月、日本語能力試験の「N2」(幅広い場面の日本語をある程度理解できるレベル)が必須となるなど取得要件が厳格化された。

「技人国」を取得したのに、実際はベビーシッターなど単純業務に従事しているという資格外活動が発覚したからだ。

■日本が恋しい--切実な声

陳さんの場合、日本語は流暢なので、その点はもともと問題なかったが、陳さんいわく「今後、日本に舞い戻りたい、あるいは日本で就職したいと考えている中国人にとって、日本で働く条件が以前よりずっと厳しくなり、ハードルが上がったことは確か」だそうだ。陳さんは「私の場合は厳格化される前だったのでラッキーでした」と語る。

そうした「在留資格の厳格化」に関する情報は中国のSNS、小紅書(シャオホンシュー)にも頻繁に流れてくる。従来は比較的簡単に取得できた在留資格が厳格化されたため、今後はどのような在留資格を得たらよいのか、どういう抜け道があるかについて、仲介業者と思われる人が「攻略(ゴンリュエ=具体的なやり方)方法を教えます」といった投稿をしていることも見かける。

写真=NurPhoto via AFP
小紅書のアプリ(2025年1月15日) - 写真=NurPhoto via AFP

日本政府がいかに在留資格を厳格化しようとも、抜け道を考え、不正をする人が絶えることはなさそうだ。

だが、孫さんや陳さんのように、中国人でありながら、厳しい中国での生活に馴染めず、一度暮らした日本を恋しく思い、在留資格の要件を十分満たした上で、「ただ日本に戻りたいだけ」と思う人も少なくないのだ。

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中島 恵(なかじま・けい)
フリージャーナリスト
山梨県生まれ。主に中国、東アジアの社会事情、経済事情などを雑誌・ネット等に執筆。著書は『なぜ中国人は財布を持たないのか』(日経プレミアシリーズ)、『爆買い後、彼らはどこに向かうのか』(プレジデント社)、『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか』(中央公論新社)、『中国人は見ている。』『日本の「中国人」社会』(ともに、日経プレミアシリーズ)など多数。新著に『中国人のお金の使い道 彼らはどれほどお金持ちになったのか』(PHP新書)、『いま中国人は中国をこう見る』『中国人が日本を買う理由』『日本のなかの中国』(日経プレミアシリーズ)などがある。
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(フリージャーナリスト 中島 恵)