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競馬YouTuber・馬券師として、いまや多くの競馬ファンから注目を集めるクロサキさん(しろクロ競馬)。
8月16日には、WIN5で払戻金1,354万円超という自身最高額の的中を達成し、その名前があらためて話題となりました。

5月に上梓した初の著書『競馬を読む力』(扶桑社)には、そんなクロサキさん自身の競馬半生を振り返る自伝的エッセイを収録。なぜ競馬に魅せられたのか。どんな経験を経て、現在の予想スタイルにたどり着いたのか――。

今回はその冒頭部分から、クロサキさんの原点が垣間見えるエピソードを、一部抜粋してお届けします。

※本記事は『競馬を読む力』(扶桑社)より一部抜粋・再構成しています。

◆生まれる前から競馬はそこにあった

「10番は買ってたのよ! 惜しかったわあ」
「いや普通は10番買ってなくて外すんだよ。どんな馬券買ってんだよ」

2026年の元旦も、祖母と父の間で飛び交う会話は例年通り有馬記念が中心であった。

コスモキュランダは初ブリンカー着用で一変がありそうだと動画でも語ってくれた祖母のチエコは、なぜか馬券を外していた。結局、親族で有馬記念を当てた人は誰もいなかった。

僕が競馬YouTuberという仕事をしているから家族間での会話が競馬中心になっているのかというと、その因果関係は全くの逆である。

物心ついた時から競馬はそこにあった。仕事として家族一丸となって取り組んでいるというわけでも、愛犬のように家族の中心で愛でられているという感覚でもなく、ただそこにあった。

小学生になったらランドセルを背負うことを知っているように、大人になったらタバコを吸って、パチンコを打ち、正月には「アリマキネン」の話を百家争鳴に語り合うものなのだと、5歳だかそこらの自分は当然のように受け入れていた。

チエコの父親、つまり僕の曾祖父であるところの「浅草のタケオ」時代から、我が家では競馬が趣味として受け継がれてきたのだ。

◆競馬を始めたきっかけは「教育であり遺伝」

物心ついた時の最初の景色はカラフルな新聞である。
なんだか賑やかで偉そうな色合いのスポーツ新聞の印を識別することから我が家の幼児教育は始まるのだ。

「どのお馬さんがいいと思う〜?」

そんな世紀末の「おかあさんといっしょ」みたいな猫撫で声で馬券検討に参加させられていたところから、僕のキャリアは幕を開ける。

「競馬を始めたきっかけはなんですか?」と聞かれることがあるが、その答えは教育であり遺伝である。自己決定権を持ってから選択して競馬をやっている認識はなく、息を吸うように馬券を買い始めた。

というのは本当の話だが、初めて馬券を買い、自身がハマっていくのにはもう少し時間がかかる。

◆2013年有馬記念で馬券デビュー

「中高生の頃にゲームやテレビの影響で競馬に夢中になり……」というような、好奇心から来る自発的なきっかけはない。

高校3年まで野球部で白球を追いかけていたし、引退後は受験に追いかけられていた。その結果、馬券に辿り着くのはやや遅め(?)だった。

あれは2013年、大学1年生の有馬記念の日。父親に「馬券買いに行くけど来るか?」と誘われ、なんとなく一緒にWINS浅草まで自転車を走らせた。

真剣に読み込んだことのないカラフルな新聞は、専門用語が多くて目が滑った。

直感として1番人気なんかを買ってもスジが悪いだろうと思い、2番人気で名前も豪奢な印象の「ゴールドシップ」絡みの馬券を買ってもらった。相手は確か「ルルーシュ」とかだったと思う。

結果はハズレ。ハズレているのだが、その時の感情は全く思い出せない。印象に残っていないということは、強烈に悔しかったというわけではなさそうだ。