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 長期金利が上昇している。指標となる新発10年物国債の利回りは約30年ぶりの高水準に達し、住宅ローンを取り巻く金利環境も変化している。固定金利型では新規借り入れ時の金利上昇が意識され、変動金利型でも今後の金利動向への関心が高まる。こうした環境では、「住宅ローンを繰り上げ返済した方がよいのか」という議論も増えていくだろう。

 一方、長期的な資産形成という観点からは、少額でも資産運用を継続するという考え方にも合理性がある。選択肢の一つが、NISAを活用した資産運用である。NISAでは、制度の対象となる金融商品から得られる利益が非課税となるため、余裕資金を繰り上げ返済に回すのではなく、NISAを通じた資産形成に充てるという選択肢もある。

 そのため、住宅ローン金利と運用による期待収益を比較し、「繰り上げ返済と運用のどちらが得か」という議論になりやすい。

 しかし、同じ500万円の余裕資金が手元にあっても、子育てや教育費にまだお金がかかるのか、子どもがすでに独立しているのか、今後も家計収入の伸びが見込めるのか、年金を主な収入源として暮らしているのかなどによって、望ましい判断は異なる。

 つまり、繰り上げ返済と運用の収益だけを比較しても、答えは出ない。では、「繰り上げ返済かNISAか」という問いに、どう向き合えばよいだろうか。住宅ローンを単独の借金としてではなく、家計全体の資産と負債の中で捉え直すことで、その判断の考え方を整理してみたい。

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住宅ローンと金融資産を一体で考える「家計のバランスシート」

 企業や金融機関では、資産と負債の状況に加え、将来の収入や支出も見通しながら、財務状況を管理している。その手法を家計にそのまま適用できるわけではないが、住宅ローンや金融資産を個別に見るのではなく、家計全体の資産・負債と将来の収支を一体的に捉えるという発想は参考になる。

 多くの人は、自己資金に住宅ローンによる借入金を加えることで、自己資金を上回る価格の住宅を購入する。これは、借入金を活用して自己資金を上回る規模の資産を取得するという点で、投資におけるレバレッジと共通する面がある。その財務状態を表すのが、資産、負債、純資産からなるバランスシートである。

 住宅ローンだけを見れば負債である。しかし、住宅ローンは単独で捉えるのではなく、借り入れによって取得した住宅という資産と対にして考える必要がある(図表1参照)。

 さらに、住宅ローンの返済を支えるのは、将来にわたる家計収入である。「繰り上げ返済かNISAか」を考える際にも、住宅ローン残高だけを見るのではなく、住宅、預貯金、金融資産、住宅ローンといった現在の資産・負債をバランスシートで把握した上で、将来の収入や支出もあわせて考える必要がある。

繰り上げ返済で減る住宅ローン、同時に減る「手元資金」

 家計をバランスシートで見ると、繰り上げ返済によって何が変わるのかが分かりやすくなる。

 例として、7000万円の住宅を保有し、住宅ローン残高が6000万円、預貯金が1000万円ある家計を考える。NISA上限と同額の360万円を繰り上げ返済すると、住宅ローン残高は6000万円から5640万円に減る。一方、預貯金も1000万円から640万円に減少する(図表2参照)。

 繰り上げ返済により、360万円の預貯金と360万円の住宅ローンが同額減るため、この例では純資産額そのものは2000万円で変わらない。

 借入金への依存度は低下し、住宅ローンが減ることで、将来支払う利息は少なくなり、変動金利型などでは金利上昇の影響も小さくなる。その一方で、必要なときに自由に使える現金は少なくなる。失業などの予期せぬ収入減や、病気による支出、教育費・住宅修繕費など将来見込まれる支出が生じた場合の対応力は、繰り上げ返済前よりも低下する。

 繰り上げ返済は単に「借金を減らす」行為ではない。金利負担や借り入れ依存度を小さくする代わりに、家計の自由度を減らす行為でもある。

そのお金は本当に「余裕資金」か、返済前に確認したいこと

 では、余裕資金ができたとき、どのように判断すればよいのだろうか。住宅ローンだけ、あるいは資産運用だけを個別にとらえるのは適当ではない。

 繰り上げ返済の是非を考えるときには、節約できる利息だけでなく、返済後にどの程度の手元資金が残るのかも併せて確認する必要がある。資産と負債の一体管理の視点から、家計全体を見渡し、それぞれの選択が家計にどのような影響を与えるのかを考えるのである。

 また、住宅ローン控除の適用期間中であれば、繰り上げ返済によって年末のローン残高が減り、控除額に影響する場合がある。期間短縮型の繰り上げ返済では、返済期間によって控除の適用要件を外れるケースもあるため、税制上の効果も含めて判断する必要がある。

 重要なのは、十分な生活防衛資金が確保できているかということだ。近い将来、子どもの教育費や住宅の修繕費など、大きな支出は予定されていないか。収入は今後も安定して見込めるか。こうした条件によって、余裕資金の使い方は大きく変わる。

 住宅ローンは、将来にわたって得られる家計収入を返済原資としている。一方で、その家計収入は雇用環境や健康状態などによって減少する可能性もあり、将来にわたって伸び続けるとは限らない。

 さらに、教育費や老後資金、住宅の維持管理費など、将来必要となる支出の多くは、ある程度見通すことができる。こうした将来の収入と支出をあらかじめ見通した上で、限られた資金をどこに配分するかを考える必要がある。

 だからこそ、手元にある預貯金をすべて「余裕資金」と考えるべきではない。まずは生活や将来の支出に必要な資金を確保し、そのうえで初めて、繰り上げ返済や資産運用を検討することになる。

繰り上げ返済、NISA、現預金──3つの選択肢をどう使い分けるか

 ここまで述べたことは、繰り上げ返済を勧めないという意味ではない。繰り上げ返済、預貯金、資産運用は、それぞれ異なる役割を持つ。繰り上げ返済は将来の利息負担や金利上昇リスクを抑え、資産運用は将来の資産形成につながる可能性があり、現預金は急な支出への備えとなる。

 この3つは、期待できる効果だけでなく、資金を必要なときに使えるかという点でも異なる。

 現預金は必要なときに取り崩しやすい一方、繰り上げ返済に充てた資金は、原則として再び自由に使える資金には戻せない。NISAなどを通じて保有する金融資産は売却して現金化できるものの、その時点の市場環境によっては評価額が投資元本を下回っている可能性もある。

 従って、余裕資金の配分を考える際には、金利と期待収益の大小だけではなく、将来どの程度の資金が必要になるのか、その資金をいつでも使える状態にしておく必要があるのかという視点も重要になる。

 例えば、生活防衛資金を十分に確保できており、今後も収入が安定して見込める世帯であれば、繰り上げ返済によって将来の利息負担を減らすことには意味がある。

 一方、教育費や住宅の修繕費など大きな支出を控えている世帯や、転職・独立などで収入が変動する可能性がある世帯では、繰り上げ返済を急がず、手元資金を確保しておくことが合理的な場合もある。

 住宅ローン金利だけを見て判断することは適切ではない。将来の収入や支出、住宅ローンの金利タイプや適用金利、住宅ローン控除、手元資金や物価など、家計を取り巻く複数の要素を踏まえながら、資産と負債のバランスを考える必要がある。

住宅ローンと資産運用、最後は「家計全体」で判断する

 とはいえ、家計は企業ではない。企業では利益や企業価値の向上が重要な目標となるが、家計では、現在の生活を維持しながら、将来必要となる資金を確保することも重要になる。そのため、住宅ローン金利と運用による期待収益を比較するだけで、繰り上げ返済と資産運用のどちらが望ましいかを決めることはできない。

 重要なのは、住宅ローンだけを切り離して考えないことである。

 住宅という資産、住宅ローンという負債、預貯金や金融資産といった現在の資産・負債をバランスシートで把握し、さらに将来の収入や支出も見通す。その上で、余裕資金を繰り上げ返済に回すのか、現預金として残すのか、NISAなどを通じた資産運用に回すのかを考える必要がある。

「繰り上げ返済か、NISAか」という問いに、すべての家計に当てはまる一つの正解はない。自分の家計がどのような資産と負債を持ち、今後どのような収入と支出が見込まれるのか。その全体像を把握した上で資金の配分を考えることが、金利のある時代の家計マネジメントでは重要になるだろう。

筆者:渡邊 布味子