「甲子園ありきで考えるからおかしくなる」田中将大が投じた一石…主催・朝日新聞が熱中症の救急搬送を触れなかった過去
夏の高校野球、いわゆる「甲子園」開幕前日、日刊スポーツはあの投手の言葉を1面に載せた。
『巨人田中将大が高校野球7回制に反対し暑熱対策の代替案を提示 06年に2日で249球死闘経験』(WEB版見出し)

田中将大(本人SNSより)
日本高野連では、酷暑対策などを理由に、高校野球を現在の9イニングから7イニングに短縮する案が議論されている。
「甲子園ありきで考えるから、おかしくなるのでは」
これに対して田中将大投手は「7回制はないと思います」と反対の考えを示した。ドラフト1位で楽天に入団した際の恩師・野村克也監督から「野球は3の倍数で成り立っている」と教わったことを挙げ、「9回」という野球の根本を変えることに疑問を投げかけたのだ。三振、スリーアウト、ポジションは9つ、試合は9イニング。なるほどなるほど。
だが、私の目を引いたのは別の部分だった。田中将大はこうも語っていた。
「甲子園ありきで考えるから、おかしくなるのでは」
さらに、こんな提案もしている。
「ドーム球場でやるのはダメなのでしょうか。昔から甲子園でやっているから、皆が『甲子園じゃないと』という雰囲気が出てますが、いま小さい子は今後、例えば関西開催のままなら『京セラを目指す』と頑張るようになるかもしれない」
そのうえで、「準決勝、決勝は甲子園で行うなどの考えがあってもいい」とも語っている。
正直、驚いた。駒大苫小牧では2年生で全国制覇を果たし、3年生では早稲田実業・斎藤佑樹投手との決勝再試合が注目された。「甲子園の申し子」ともいえる田中将大が、甲子園ありきを見直してはどうかと問いかけているのである。
ここで個人的なことを言わせてもらう。10年ほど前からだろうか、暑さ対策として「ドーム開催案」はたびたび語られてきた。当時の私は、どちらかといえば否定的だった。
「あの甲子園の土を踏みたい」。その夢だけを支えに3年間練習を続けてきた高校生もいる。暑いからドームへ移そうというのは、現場の思いを置き去りにした「愛のない正論」ではないか。そう考えていた。
最高気温40℃以上の日を新たに「酷暑日」と…
だが、この10年で状況は変わった。
当時も十分に暑かった。しかし、年を追うごとに暑さは深刻さを増し、いまや社会全体の問題になっている。気象庁は今年から、最高気温40℃以上の日を新たに「酷暑日」と定めた。40℃という気温が、もはや現実のものとして想定しなければならない時代になったのである。
「甲子園だから我慢する」のではなく「酷暑だから考え直す」。そういう段階に来ているのかもしれない。朝夕開催やクーリングタイムなど、できる対策は続ければいい。ただ、その前に「開催場所も含めて考えられないか」という議論を、もっと正面からしてもよいのではないか。開催場所は変えずに、まず野球そのもののルールを変えようとする。どこか順番が逆のように思えるのである。
田中将大といえば、2006年夏の甲子園決勝での引き分け再試合で、2日間20イニング249球を投げた。近年は球数制限やタイブレークなど、選手を守るためのルールが少しずつ導入されてきた。
高校野球の「投げすぎ」は、昔から議論になってきた。先日、「伝説の投手」の訃報が届いた。板東英二さんである。
板東さんは高校3年生の春の四国大会で、2試合で計41イニングを投げた。この「投げすぎ」を重く見た日本高野連は、延長戦を18回で打ち切り、後日再試合とするルールを導入した。そして、その夏の甲子園で新ルールの適用第1号となったのが、皮肉にも板東さん自身だったのである。※このあたりは『高野連』(広尾晃・新潮新書)に詳しい。
朝日新聞の天声人語は、板東英二さんを追悼しながら「球数制限がある今、1大会83奪三振の記録が破られることはもはやないだろう」と書いていた。締めは「選手が楽しく、何より安全にプレーできるように。板東さん、見守ってください」。天声人語はその後の安全対策にも触れている。ただ、この締めを読んで、少し牧歌的すぎないかとも感じた。なぜなら朝日新聞には忘れてはいけない「過去」もあるからだ。
熱中症や救急搬送については一言も触れなかった
2018年、西東京大会決勝。日大鶴ヶ丘のエース・勝又温史投手は154球を投げ、試合後に熱中症で救急搬送された。スポーツ紙も毎日新聞も読売新聞も東京新聞も、その事実を報じた。
一方、大会主催者でもある朝日新聞は、試合を2ページにわたって大きく報じ、勝又投手の力投や敗者のドラマも丁寧に伝えた。しかし、熱中症や救急搬送については一言も触れなかったのである。
私は当時、この文春オンラインでこの事実を取り上げ、「美談だけを積み重ねても、高校野球は守れない。危険な現実を伝えることが、次の改善につながる」と書いた。
あれから8年。高校野球は少しずつ変わってきた。だから今回、田中将大の「甲子園ありきで考えるから、おかしくなるのでは」という言葉が印象に残ったのだ。
次に見直すべきものは、野球のルールなのか。それとも、「甲子園ありき」という前提なのか。もちろん、ドーム開催が正解なのかどうか私にもまだわからない。これを書いている今も、一人で勝手に悩み続けている。
ただ、7回制を議論するのであれば、「甲子園でやる」という前提も同じように議論のテーブルに載せていいはずだ。
10年前の私は、ドーム開催論を「愛のない正論」ではないかと思っていた。だが、これだけ酷暑が深刻になったいま、それは「切実な正論」になりつつあるのではないか。
この夏、主催者である朝日新聞が、この問題をどう論じていくのかにも注目したい。
(プチ鹿島)
