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構想日本の加藤秀樹代表が、OBSのラジオ番組内のコーナー「加藤秀樹が語る、日本の未来構想」において、終了した今国会と高市内閣の運営について総括し、日本の現状や問題点について語りました。

【写真を見る】国民の生活実感から離れている…物価高対策や官民投資に専門家が疑問 今国会と高市内閣の運営について総括

対話不足が浮き彫りとなった国会運営

今年の通常国会は2月に選挙が行われた影響でわずか1日で終了し、その後は「特別国会」として開催されてきました。この国会を振り返ると、メディアでも多く指摘されたように「対話不足」や「説明不足」が目立つ結果となりました。

具体的な数字にもその傾向が表れています。過去数年間の総理の予算委員会などへの出席時間は、新聞報道などによると平均70時間近くであったのに対し、高市首相の出席時間は33~35時間程度と半減しています。

また、集中審議の回数も平均4回から2回へ、審議時間も約80時間から60時間弱へと減少しました。重要事項の審議など国会で首相が前面に出るべき場面で出ていないことが、対話不足につながっていると言えます。

さらに、国会答弁の内容も「個別具体的な状況に即して総合的に判断」「従来の方針通りにやる予定」といった抽象的なものが多く、具体的かつ丁寧な説明がなされているとは言い難い状況でした。

野党が全員欠席した議員定数削減の委員会では、与党だけで集まり、野党の持ち時間分は誰も発言しないまま時間だけを経過させるという事態も起きました。

これは「国会の空回し」と呼ばれ、野党議員含めて、国民に選ばれた国会議員の行動としては疑問が残る、稚拙な対応であったと加藤氏は指摘しています。

高市首相はこれに対し「出席の求めがあった場合には誠実に応じてきた」と述べましたが、この説明もあまり誠実ではないと言えます。

国民生活と乖離した国会での議論

与党が圧倒的多数を占めているおかげで、政府は予定していた予算や法案をすべて成立させました。しかし、国民が最も求めている「生活の安定」や「物価の安定」に関する議論が十分行われたとは言えないでしょう。

食料品中心に、日常のあらゆるものが値上がりし、多くの国民の生活は経済的に苦しくなっています。それにもかかわらず、目立ったのは皇室典範、副首都の議論、国旗損壊といった、生活からは遠いテーマでした。

もちろんそれぞれ重要な議題ではありますが、物価高に苦しむ国民の現状に寄り添おうとするのならば、優先順位が違うと多くの人が感じています。

肝心の物価対策としては、ガソリン価格を170円程度に抑えるための税金を使った補助金や、選挙公約として浮上した消費税1%減税案、給付付き税額控除などがあげられています。

しかし、減税案には財源の裏付けに関する現実的な答えがなく、税額控除も2028年からの実施と先の話であるうえ、いつの間にか税額控除なしで給付だけになるなど内容が変質しており、議論の大事な部分が欠けています。

「ホネブトショック」市場の厳しい反応

先日発表された、今年度の経済運営の骨格を示す「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」では、「官民の投資による強い経済の実現」が掲げられました。

AIや半導体、創薬など17の戦略分野に対し、2040年までに官民合わせて370兆円を投資するという内容です。成長を促すことで国民が豊かになり、相対的に借金も減るというシナリオが描かれています。

しかし、多くの国民にとっては10年以上先のことなどではなく、「今」が大事なのです。

しかも、17もの戦略分野を掲げている点は、各省庁の要望を盛り込んだ“総花的ばらまき”の様相を呈しています。過去の官民投資も効果が出ずに途中で頓挫した例が多く、専門家の間では実効性に疑問符が付いています。

これらの政策に対する金融マーケットの反応は厳しく、円安と長期金利の上昇を招いています。海外ではこれを「ホネブトショック」と呼んでいるという記事もあります。

これは、2022年にイギリスのトラス元首相が財政の裏付けのない減税を発表し、ポンド安と金利上昇を招いてわずか1か月半で辞任に追い込まれた事態になぞらえたものです。

1ドル160円台が定着するような円安は、消費税減税をしたところで必ず物価上昇として国民生活に跳ね返ってくるでしょう。

新たな形のデモが示す国民の不満

最近、各地でデモが増加しているという報道があります。これは、今国会での政権運営が国民の生活実感から離れていることに対する不満の表れと見ることもできます。

注目すべきは、例えば「防衛費より生活」と訴えるデモが、従来の特定の団体や労働組合などが率いるものとは異なる新しいスタイルに見える点です。若い世代を中心に、仕事帰りにペンライトを持って集まるといった雰囲気となっています。

今後、国会が本来の機能を取り戻し、政府は国民の生活に寄り添った丁寧な議論と政策運営を行うことができるのか。そのためには私たち国民の政治に対する「自分ごと度」とメディアの正確な報道が不可欠です。