「だんだんボイトレにも呼ばれなくなって…」高3で脱退→再結成のオファーも断った元ZONE・MIZUHOが語る、芸能界引退の裏側と“その後の人生”
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「芸能界に未練はまったくありませんでした」
【現在は17歳息子の母】ZONEのドラマー・MIZUHOさんの当時と現在を見る《元メンバーMAIKOさんとのツーショットも…》
そう振り返るのは、2024年に約19年ぶりに芸能活動を再開した、元ZONEのドラマー・MIZUHOさん。
2001年にリリースされた『secret base 〜君がくれたもの〜』は、四半世紀が経った今も、世代を超えて愛され続ける名曲となっている。一方で、MIZUHOさんは人気絶頂の2005年にグループを脱退。その後はホテル業界へ転身し、ソムリエの資格を取得。
2011年に「10年後の8月」という歌詞にちなみ期間限定でZONEが再結成された際にもその姿はなかった。そんな彼女が、なぜ約19年という歳月を経て再び表舞台へ戻る決断をしたのか。
ZONEを辞める決心をした経緯、そして芸能界を離れたからこそ見えた景色――。MIZUHOさんがその歩みを振り返った。(全4回の2回目/最初から読む)

MIZUHOさん 本人提供
◆◆◆
メンバーには自分の口で脱退を言えなかった
――ZONEとして多忙な日々を送る中で、「このまま芸能活動を続けていくのだろうか」と初めて立ち止まって考えたのはいつ頃だったのでしょうか。
MIZUHO 高校3年生の頃、卒業後の進路を考え始めた時期でした。2003年にTAKAYOが進学を理由に脱退したこともあって、「私はこのままでいいのかな」と考えるようになったんです。
仕事に不満があったわけではありません。ただ、まだ子どもだったこともあって、一度芸能界から離れて、違う世界を見てみたいという気持ちが強くなったんです。
――そして、人気絶頂だった2005年にグループを離れるという大きな決断をされました。
MIZUHO あの時は、自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか、正直よく分かっていなかったんです。今思えば普通では経験できないようなことをたくさんさせてもらっていたのに、それが私にとっては「普通」の毎日でした。
だから、自分が「売れている」という実感も全然なかったんですよ。世の中から見えている私と、自分が思っている自分との間には、すごく大きなギャップがあったんだと思います。
――グループを離れる決断は、最初にどなたへ伝えたのでしょうか。また、周囲からはどのような反応がありましたか。
MIZUHO 最初に相談したのは事務所の方でした。「辞めたい」というマイナスな話ですし、私が話したことで他のメンバーも「じゃあ私も辞める」となってしまったら、みんなに迷惑をかけてしまうかもしれない。そんな思いがあり、脱退を考え始めた当初は、メンバーには言えなかったんです。
伝える前からだんだんボイストレーニングにも呼ばれなくなったので、もしかしたら事務所の方には「この子はもう辞めるだろうな」と気付かれていたのかもしれません。メンバーには、最後まで自分の口で脱退することは伝えられませんでした。
――MIZUHOさんからメンバーには伝えられなかったからこそ、後になって知った出来事もあったのでしょうか。
MIZUHO そうですね。最近になってMAIKOから聞いたんですが、私が辞めた後、残る3人だけが事務所に呼ばれて、「このまま続けるか」という話し合いがあったそうなんです。
当時は「どうしてメンバーに何も言わせてくれなかったんだろう」と思ったこともありました。でも今になって振り返ると、「辞めたい」という気持ちは周りに伝染してしまうこともありますし、あの時は事務所の判断が正しかったんだろうなと思っています。
ホテルの専門学校へ進学、ソムリエの道へ
――グループを離れた後は、どのような日々を過ごされていたのでしょうか。
MIZUHO グループを辞めた翌月にはホテルで働き始めていましたし、芸能界を離れることにも特別な迷いはありませんでした。
当時は「自分なら何でもできる」と、どこか根拠のない自信もあったんですよね。特に不安もなかったですし、今こうして振り返ると、おバカだったのかもしれません(笑)。
――あれほど大ブレイクしていたMIZUHOさんが接客をされたら、お客さんから気付かれることもあったのでは。
MIZUHO 結婚式では花嫁さんが主役ですし、裏方の仕事をしていたので、ほとんど気付かれることはありませんでした。その後、バーで接客をしていた時も、趣味はお酒を楽しむことでテレビをあまり見ていないという方が多かったので、全く気付かれませんでしたね。
――改めて、ホテル業界という全く異なる世界に飛び込もうと思われた理由を教えてください。
MIZUHO 正直、当時は深く考えていたわけではありませんでした。高校はほとんど通えていませんでしたし、勉強もあまりしてこなかったので、大学へ進学するという選択肢も自分の中にはなくて、「これから何をして生きていけばいいんだろう」と考えていたんです。
ちょうどその頃、ウェディングプランナーという仕事に興味を持ちました。「人のためになる仕事をしてみたい」という気持ちがあって、ホテルの専門学校へ進学したんです。
1年目はホテルサービスやブライダル、バーなど幅広く学びましたが、実際に勉強してみると、ウェディングプランナーは華やかで素敵な仕事ではあるものの、「ここにいる自分は少し違うな」と感じるようになって。そこで、2年目からはバーテンダー・ソムリエコースへ進みました。
北海道でワインバーを経営「毎日楽しくお店に立っています」
――そこでソムリエの道へ進まれたんですね。現在は北海道でワインバーも経営されていますが、この世界に惹かれたきっかけを教えてください。
MIZUHO 20歳を過ぎた頃から、ワインにすっかり魅了されました。最初はテイスティングをしながら、香りや味の違いを楽しむところから始まったんです。ZONE時代の私のイメージとは全然違う世界ですよね(笑)。
ソムリエの資格も取得しましたが、本当にたくさん飲みました。これまで飲んできたワインは1000本は軽く超えていると思います。ワインは毎年何千種類もの新しい銘柄が登場しますし、お客様から「これも飲んでみて」と勧めていただくことも多いので、今でも勉強の毎日です。
――ワインバーで働く中で、「芸能界での経験が生きている」と感じた出来事はありましたか。
MIZUHO 会話のキャッチボールは芸能界で鍛えられたのかもしれません。相手からボールを投げられたら、どんな話題でもちゃんと返そうという意識は、自然と身に付いていました。
それから、挨拶や礼儀、どんなに疲れていても笑顔でいること。そういう基本的なことは、芸能活動を通して教えていただいたことだと思います。周りからは今でも「返事だけはいいね」ってよく言われます(笑)。
経営するワインバーは、正直なところ「風が吹いたら倒産しそう」なくらいギリギリで頑張っています。それでも、お客様との出会いに支えられながら、毎日楽しくお店に立っています。
19年を経て湧き上がった復帰への思い
――ホテル業界やワインバーなど、芸能界とは異なる世界で勉強を重ねる中で、「もう一度ステージに立ちたい」と思うことはなかったのでしょうか。
MIZUHO 昔、事務所の社長から「一度ステージに立った人間は、必ずまた戻りたくなる時が来る」と言われたことがあったんです。でも、その時の私は「そんなことないですよ」と思っていましたし、2011年に再結成のお話をいただいた時もお断りしていました。
当時は子育てもありましたし、その頃の私は本当に芸能界へ戻る気持ちはありませんでした。
――その気持ちに変化が訪れたのは、約19年という歳月が経ってからだったんですね。
MIZUHO そうですね。子育ても落ち着いて、自分の時間を持てるようになった時、「○○くんのお母さん」ではなく、自分として何かをやってみたいと思うようになったんです。
その中で、またみんなでZONEの曲を演奏したい、ドラムを叩きたいという気持ちが自然と湧いてきました。
〈「再結成するなら5人全員がいい」「でも、どうしても連絡が取れなくて…」元ZONE・MIZUHO(38)が明かす「19年ぶりに芸能界復帰」した本当の理由〉へ続く
(佐藤 ちひろ)
