【祝!全英 オープン優勝】桑木志帆 快挙の裏にあった「着実な成長」と「今後の野望」
海外メジャーを制した直後の8月4日に都内で行われた桑木志帆(23)の帰国会見はとにかく明るく、会場は何度も笑いに包まれた。
「優勝した夜はビールとハイボールで祝杯をあげました。最初の一口はすごくおいしかったです。ちょっとぬるかったのは残念だったんですけど(笑)」
両親とは優勝後、食事の席で顔を合わせたが、祝福の言葉を交わした記憶はないという。
「(家族からは)何にも言われてないかもしれないです。あ、『チャーハンちょうだい』って言われました。(お酒の失敗談について)言えないです。こんな大勢の前じゃ、言えないです(笑)」
世界の頂点に立っても、必要以上に自分を大きく見せない。屈託のない笑顔とテンポのいい受け答えからは、桑木の飾らない人柄が伝わってきたーー。
快挙の裏にあった恩人の存在
8月2日、英国で行われた「AIG(全英)女子オープン」で海外メジャー初優勝。日本勢としては樋口久子(80)、渋野日向子(27)、笹生優花(25)、古江彩佳(26)、西郷真央(24)、山下美夢有(25)に続く7人目の快挙となった。笹生が2度優勝しているため、日本勢では通算8度目。メジャー昇格後の全英女子では、’19年の渋野、’25年の山下に続く3人目の優勝者となった。
「今はちょっとずつ実感が湧いてきた感じです。インスタグラムのフォロワーが約1万人増えて、ちょっとびっくりしています」
もっとも、今回の全英制覇は突然訪れたものではない。そこに至るまでに、今季の国内ツアーで積み上げた二つの勝利があった。
’24年は年間3勝を挙げ、最終戦の『JLPGAツアーチャンピオンシップリコーカップ』も制した。しかし、さらなる飛躍が期待された昨季は、一勝も挙げられなかった。転機となったのが、中学時代から指導を受けてきた岩本砂織コーチ(55)の存在だ。
「(昨シーズンは)焦っていたかなと思います。結果にこだわりすぎていて、内容に目を向けていなかった。悪いほうにしか目が向かなかったので、自分の長所が分からなかったんです。でも、コーチがすごく褒めてくれて、自分の長所が分かったのが自信になったのかもしれません」
たとえば、パットに不安を抱えていた時期でも、弱気にならずに打てた一打を褒めてくれた。結果だけで自分を判断せず、プレーの内容や小さな成長へ目を向けられるようになった。
その変化が結果として表れたのが5月の『Sky RKBレディスクラシック』だった。最終日に「65」をマークし、通算15アンダーで’24年以来となる優勝。約1年半ぶりの勝利によって、失いかけていた自信を取り戻した。
続く海外メジャー『全米女子オープン』では14位タイ。本人が「自分が思っているよりも上のほうで戦えた」と振り返った経験は、世界でも通用するという手応えになった。さらに6月の『宮里藍 サントリーレディス』では、最終日に3打のリードを追いつかれても慌てなかった。
「苦しい展開だとは思っていましたが、ミスを最小限に抑えていたので、それが後半につながると信じていました」
試合後、桑木はこう振り返った。以前なら動揺していた場面だが、自分のゴルフに集中して、通算19アンダーで今季2勝目。狙って勝ち切った経験とともに、全英への出場権も自らつかんだ。
苦手だった風を「楽しめた」
昨年の全英では強風に対応できず、予選落ちを喫した。横風や向かい風の中でスイングが崩れ、ショットのリズムまで乱れたという。その悔しさを生かすため、今季は軸をぶらさずに打つ練習に加え、ボールを低く抑え、狙った方向へラインを出すショットを繰り返してきた。
今年の全英では、初日と2日目に長いパットを決めてスコアを伸ばした。フェアウェイの周囲に多くのバンカーが配置されたコースで、4日間を通して入れたのはわずか2度。持ち味であるドライバーショットの正確性が大きな武器になった。3日目を終えて首位と3打差の2位。最終日はサントリーレディスで勝ったときのメンタルの持ち方を思い出しながらプレーした。
「4日間とも、すごく楽しめてラウンドできた。緊張というより、最後まで楽しんでやろうというのを貫き通せました」
以前は短いパットにも緊張し、海外メジャーで予選落ちすると涙を流した。それが今回は苦手だったはずの風を「楽しめた」と語った。練習してきたショットが狙った場所へ飛び、それが結果につながる。その積み重ねが、プレッシャーを楽しさに変えた。
ただし、桑木自身は精神的に別人になったとは考えていない。「もう泣くことはないのでは」と聞くと、
「いや、そんなことなくて、予選落ちとかしたら泣くと思います(笑)」
と即答。再び会見場が笑いに包まれた。感情を失ったのではない。悔しさや不安を抱えながらも、次の一打に集中できるようになったのだ。
それを象徴したのがプレーオフだった。ティーショットがブッシュに入ったのを確認した瞬間、「あ、終わったな」と思ったという。だが、キャディーから「3打目で寄せたら相手にプレッシャーをかけられる。諦めたら終わりだよ」と声をかけられ、我に返った。
打ち急がずにフェアウェイへ戻すと、約80ヤードの3打目をピンそばへ。「寄せるというか、もう入れる気持ちで打ちました」。土壇場でも、いつものテンポを守った一打が世界一へつながった。
ネイルと鮮やかなウェアも“自分らしさ”
全英で注目を集めたのはプレーだけではない。カラフルなウェアや鮮やかなネイルも、現地ギャラリーの目を引いた。
桑木によると、ギャラリーから「いいパンツをはいているね」と声をかけられ、ネイルについてもギャラリーや警備員から「いいカラーだね」と褒められたという。韓国メディアでは「厳格なゴルフ場文化を打ち破ったファッション王」とも表現された。筆者がそれを伝えると、桑木は一瞬驚いたあと、思わず笑った。
「なんか褒められてない気がしますけど(笑)。でも、インパクトがないよりあるほうがいいと思うので、うれしいです」
ネイルやウェアは単に目立つためだけのものではない。自分らしい姿で試合に臨むことが、桑木にとって気持ちを高める一つの要素になっている。来季から挑戦する米ツアーを見据え、その狙いも明確だった。
「アメリカツアーに行くなら、少しでも名前を覚えてもらいたいですし、やっぱり目立ちたいので、この衣装は自分に合っているのかなと思います」
今季の次なる目標は国内女子ツアーの年間女王だ。全英優勝で800ポイントを加え、年間ポイントランキングは首位。「来季からは米ツアーへ挑戦する」と明言した。
飛距離では海外選手に及ばない部分があっても、「ショットの精度で、いいプレーをたくさんしていきたい」と自分の武器を見失っていない。世界ランキングは日本勢3番手となる16位まで浮上し、2年後の「オリンピックにも出てみたい」と出場の可能性も見える位置に入った。
ちなみに優勝を決めたボールとグローブは、その場にいたジュニアへプレゼントしたという。自身も4歳でゴルフを始め、岡山県出身の先輩・渋野日向子が全英を制した姿をテレビで見ていた。
「私の姿を見て、また頑張りたいと思ってくれるジュニアの子たちが増えてくれたらうれしい」
今後どのようなプロゴルファーになりたいかを聞かれると、こう答えた。
「ジュニアゴルファーの子たちから憧れられる存在になりたい。これからもキラキラできるように頑張りたいです」
勝てなかった昨季の焦りを、自分の長所と向き合う時間に変えた。国内2勝で自信を取り戻し、海外メジャーで得た手応えを全英制覇につなげた。ネイルも、鮮やかなウェアも、屈託のない笑顔も“桑木志帆の一部”。
自然体のままメジャーを制覇した23歳が、年間女王、米ツアー、そして五輪へ、どこまで歩みを進めるのか。期待は膨らむばかりだ。
