『Tシャツが乾くまで』衝撃展開に視聴者騒然…『海のはじまり』『silent』にも通じる「人間の弱さと醜さ」
『Tシャツが乾くまで』が快進撃を記録
TVerが“回っている”と話題の金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』(TBS系)。
7月24日(金)に第3話が放送されましたが、まず第1話は配信後1週間で347万再生を記録し、金曜ドラマ枠の歴代最高記録を更新。続く第2話はそれをさらに上回る367万再生を記録し、大ヒットしています。
蒼井優さん主演の『Tシャツが乾くまで』は、2022年に連ドラデビュー作だった『silent』(フジテレビ系)で、いきなり社会現象を巻き起こした脚本家・生方美久氏の最新作。
1993年生まれでまだ30代前半の生方氏は、大学卒業後に助産師や看護師として働くかたわら脚本を執筆し、2021年にフジテレビ主催「ヤングシナリオ大賞」で大賞を獲得。その翌年に『silent』でブレイク。2023年に『いちばんすきな花』、2024年に『海のはじまり』とフジテレビの連ドラを執筆し、ヒットさせてきました。
今回の『Tシャツが乾くまで』は、生方氏がフジ以外の局で初めて手掛ける連ドラとなっているのです。
TVerの再生数が爆発する生方作品
平成時代までのドラマ業界は視聴率が絶対的な指標でしたが、令和のいまは視聴率の高低だけでヒットか否かを決める時代ではありません。
実際、生方氏の『silent』と『海のはじまり』は近年の日本ドラマ業界における大ヒット作に数えられますが、視聴率がそれほど高かったわけではないのです。この2作品が飛び抜けていたのはTVerの再生数。
『silent』はTVerでの総再生数が驚異の計7300万再生を記録しており、歴代の全ドラマのなかでNO.1の記録を樹立。「TVerアワード2022」でドラマ大賞を受賞しています。『海のはじまり』はTVerでの総再生数が計7200万超えとなっており、『silent』にはわずかに及ばなかったものの、こちらも「TVerアワード2024」のドラマ大賞を受賞しているのです。
そして放送中の『Tシャツが乾くまで』も視聴率は高くないもののTVer再生数が絶好調。
脚本家本人にネームバリューがあり、「あの人の作品だから観たい」というファンが付いているのは、三谷幸喜氏、宮藤官九郎氏、坂元裕二氏、野木亜紀子氏など、限られた大御所たちぐらいでした。
そんななか、生方氏は連ドラデビューからまだ4年経っていないにもかかわらず、俳優業界にもドラマ好きのなかにも“生方美久ワールド”のファンが多くいる状態。
生方氏は“TVer時代”の寵児と言っても過言ではない存在となっているのです。
そこで本稿では『Tシャツが乾くまで』をより深く理解するため、生方氏の『silent』、『いちばんすきな花』、『海のはじまり』を振り返り、分析していきます。
事故死に不倫…初回から衝撃のドロドロ展開
2組の夫婦を中心に描く『Tシャツが乾くまで』は第1話から衝撃展開。パートナーの事故死や不倫など壮絶な幕開けとなり、一気に視聴者の心を掴んだのです。
瀬尾咲子(蒼井優さん)は夫で喫茶店店主をしている、やさしく穏やかな性格の瀬尾充(松山ケンイチさん)と仲睦まじい2人暮らし。
一方、生真面目で不器用ながら素朴でやさしい園田樹生(中島歩さん)は、天真爛漫な妻・園田あずさ(夏帆さん)と幼い息子とともに幸せな家庭を築いていました。
しかし、第1話中盤で東京から長野に向かう高速バスの転落事故が発生。バスに乗車していたあずさは亡くなってしまい、同じバスに乗っていた充は行方不明に。そして第1話ラスト、咲子は樹生から「あなたの夫、僕の妻と不倫してましたよ」と告げられるのです。
生方氏は本作の公式サイトに《共感や感動を目指した物語ではないので、人間観察の感覚でお楽しみください。》とコメントを寄せていましたので、“ドロドロの不倫ドラマ”であることを匂わせていたという解釈もできます。
さて、『Tシャツが乾くまで』が人間の醜い部分を描こうとしているかに見える作品になっているため、生方氏に対して『silent』でピュアな物語を描くというイメージを持っていたライトファンは驚いたのではないでしょうか。
けれど、心をえぐられるような『Tシャツが乾くまで』こそが、生方氏の真骨頂と感じているコアファンも少なくないかもしれません。
なぜなら『silent』や『海のはじまり』にも、実は人間の本質的な弱さを深く掘り下げ、登場人物のドロッとした心理を描くシーンは意外と多いからです。
『silent』でも描かれた「弱さと醜さ」
『silent』は主人公の紬(川口春奈さん)が、中途失聴者となっていた高校時代の元彼・想(Snow Man・目黒蓮さん)と、音のない世界で“出会い直す”というラブストーリー。
本作では登場人物の弱さや醜さがたびたび描かれていました。
想から一方的にLINEだけで別れを切り出して破局した2人が、第1話ラストに8年ぶりに偶然再会。
想に話しかける紬。そんな彼女が手話をわからないことを知りながら、想は堰を切ったように手話で激しい感情をぶつけるのです。
《声で話しかけないで 一生懸命話されても 何言ってるかわかんないから》
《聞こえないから 楽しそうに話さないで 嬉しそうに笑わないで》
《うるさい お前 うるさいんだよ》
紬は何も事情も知らされずに一方的にフラれたわけだから一切非はないにもかかわらず、想は手話で鋭利な言葉を浴びせ続けていました。
また、夏帆さんは『silent』にも生まれつきの聴覚障害を持つ奈々として出演しており、想に片想いする役柄だったのですが、第6話では奈々のどす黒い感情が噴出していました。
想に手話で《昔の恋人と 昔の親友 想くんと再会したせいで別れちゃったんだ 可哀想だね》と嫌味発言。ほかにも想に手話を教えたのは奈々だったのですが、今は紬に想が手話を教えていると知り、紬に向かって《プレゼント使いまわされた気持ち》と嫌悪感をあらわにします。
もともとは穏やかな性格の奈々が抑えきれない嫉妬心から、愛憎の念が入り混じる言葉で相手を刺してしまうという生々しい展開だったのです。
『海のはじまり』人間の黒さが滲み出た本音
『silent』で準主役を演じた目黒蓮さんが主人公に抜擢された『海のはじまり』。
『silent』でも目黒さん演じる想の弱さからくる醜さが描かれましたが、『海のはじまり』の主人公も人間の黒さが滲み出た本音を吐露するシーンがありました。
夏(目黒さん)は平凡な会社員ながら、恋人(有村架純さん)と幸せな日々を送っていました。そんなある日、大学時代に交際していたものの8年も疎遠になっていた元彼女(古川琴音さん)が、病気で亡くなったという訃報を受け葬式に参列。
葬儀場にいた小1の少女が、夏の娘であることを祖母(大竹しのぶさん)から知らされ、戸惑いながらも幼い娘と懸命に向き合っていくというストーリーです。
物静かながらやさしく誠実なキャラクターとして描かれていた夏でしたが、第8話で醜い一面をさらけ出します。夏の両親は幼い頃に離婚しており、ずっと会っていなかった実父と再会した第8話。
夏は実父に突然娘ができた状況について、「『めんどくさいことになった』って思ったんです」、「本当にもう、全部、タイミングっていうか、最悪で」と溜まりに溜まっていた愚痴をぶちまけていました。
また第3話では、大竹しのぶさん演じる祖母から、有村架純さん演じる夏の彼女に、どぎつい強烈な言葉がぶち込まれるシーンも。夏が娘と遊びにいく際に恋人もついてきたため、祖母からすると「『私、お母さんやれます』って顔してた」と見えた模様。
その後3人が帰って来た際、「楽しかったです」と語る彼女に、祖母がいきなり「子ども産んだことないでしょ?」と詰めるのです。火が付いてしまった祖母は懇々と子を産む大変さや育てる大変さを語るという“ごん詰め”状態。修羅場が描かれたのでした。
セリフから見る驚異の言語化能力
このように『silent』でも『海のはじまり』でも、容赦なく人間の本質の醜い部分も切り取ってきた“生方美久ワールド”。もともと生方氏は人の奥深いところにある闇を描くことも得意としていたということです。
『Tシャツが乾くまで』は人間の醜悪な部分がわかりやすく露呈する“不倫”が重要なファクターとなっているので、これまで以上に苛烈で、生方作品史上もっとも激しく心を揺さぶる衝撃作になるのかもしれません。
とはいえ、生方氏の作品にはやさしい登場人物が多く、そんなキャラクターたちの機微を表現する才能がずば抜けている脚本家でもあります。
多部未華子さん、松下洸平さん、今田美桜さん、神尾楓珠さんの4人によるクアトロ主演という珍しいスタイルで、《男女の間に友情は成立するのか?》をテーマにした『いちばんすきな花』。
この作品は、ひとつの物事においても人それぞれ考え方が違うという多様な価値観の在り方や、恋も友情もぜんぶ含めたさまざまな愛の形を示していました。
なかでも筆者が感銘を受けたのは、最終話で今田美桜さん演じる主人公が語っていた、「好きな人たちに、自分がなにを嫌いなのか知ってもらったら、すっごい生きやすくなった」という言葉。
この言葉は言われればハッとして「なるほど」と納得する真理ですが、自覚したり言葉にしたりするのはなかなか難しい感覚ではないでしょうか。
こんな“気付き”を視聴者に与えられる生方氏の言語化能力の高さに感嘆するとともに、4人の主人公が互いを思いやるやさしさを持っていたからこそ、紡ぎ出せたセリフなのではないかと感じました。
充とあずさの不倫は本当なのか…?
『Tシャツが乾くまで』第3話では、松山ケンイチさん演じる充と夏帆さん演じるあずさが、やはり不倫関係にあったと思われる状況証拠が積み上がっていきました。そして、充が生存しているのも確定し、ちゃんと生きているのに蒼井優さん演じる主人公・咲子のもとに帰ってこないという不穏な違和感を突き付けられました。
ですが筆者は、充とあずさの不倫はミスリードで、意外とそこまでドロドロしたストーリーにはならないのではないかと予想しています。
ただ、残された咲子と樹生が傷を舐め合うように恋に落ちていくという展開でもなく、充が咲子のもとに戻って来て夫婦として再生するという展開でもなく、我々の想像が追い付かない先の先まで物語は進んでいきそうな予感。
――価値観が多様であるということは、“やさしさ”にもいくつもの形があるということ。最終話では、充から咲子に対して、思いもよらない形の“やさしさ”が示され、終幕するのかもしれません。
いずれにしても、まだまだ物語が二転三転していきそうな『Tシャツが乾くまで』。エンディングまで目が離せません。
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