【磯部 孝】”男性バッグの最適解”から考える「ボディバッグおじさん」がダサく見えてしまう明快な理由

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【前編記事】『《オロビアンコ登場がきっかけ?》ダサいと議論を呼ぶ「ボディバッグ」はどうやって男性の定番バッグに上り詰めたのか』よりつづく。

「バッグを感じさせない」時代なのかもしれない

なぜ2026年になって「ボディバッグおじさん」がネット上で議論になったのだろうか。筆者は、その理由はバッグそのものではなく、「時代が求める男性像」の変化にあると考えている。

ボディバッグは本来、自転車文化やアウトドア文化から派生した合理性の高いバッグである。それは両手が空く、財布もスマートフォンも取り出しやすい、電車でも邪魔になりにくいなど。実用品として考えれば極めて優秀なアイテムだ。しかしファッションは機能だけで評価されるものではない。いつの時代も、その時代が理想とする人物像を映す鏡なのである。

2000年代の男性像は、「アクティブ」で「休日を楽しむ男」だった。SUVに乗り、アウトドアへ行き、自転車に乗り、旅行へ出掛ける。その延長線上にボディバッグがあった。

ところが2020年代に入ると男性ファッションは大きく方向転換した。キーワードは自己主張を抑えた服装。アクセサリーも最小限、バッグも存在感を消す方向へ向かった。つまり現在は「バッグを見せる」時代ではなく「バッグを感じさせない」時代なのかも知れない。

実際、市場を見るとその傾向は明確だ。スマートフォン決済が一般化し、財布は小型化。イヤホンもワイヤレス。交通系ICカードもスマートフォンに集約、モバイルバッテリーも小型化した。持ち歩く物が減れば、バッグも当然小さくなる。

ここ数年、ユニクロのラウンドミニショルダーバッグが世界的ヒット商品となった理由もここにある。収納量ではなく、「必要十分」であることが支持されたのである。ファッションとしてのバッグは大型化している一方で、日常使いのバッグは、適正サイズ化が進んでいる。

ボディバッグ最大の問題は「サイズ感」

今回ネットで議論された写真を見る限り、批判対象になっているのはボディバッグそのものというより、ボディバッグが大き過ぎるのである。胸の前に大きな収納部が来ることで体のシルエットが崩れ、コーディネート全体が重たく見えてしまう。

2000年代に流行ったデザインがそのまま現在まで残ってしまったことも、"少し昔の人"という印象を強めている。つまり、問題はバッグではなく、バッグのアップデートが止まっていることなのである。

では現在、男性ファッションにおける最適解は何だろう。答えは一つではない、休日ならサコッシュ、ミニショルダー、巾着バッグ。ビジネスならレザートートやスマートリュック。旅行ならボディバッグと、用途によって使い分けることが最も自然な選択になっている。

一昔前のように一つのバッグですべて済ませる時代ではなくなった。ライフスタイルが細分化された現在、バッグもシーン別に最適化されているのである。

今回の「ボディバッグおじさん」論争は、単なるネット上の揶揄で終わらせるには惜しいテーマである。そこには、男性ファッションが「何を持つか」から「どう見えるか」へと価値基準を移してきた時代の変化が映し出されている。ボディバッグ自体が時代遅れになったわけではない。誕生以来、その合理性は現在でも十分通用する。

ファッションは“時代を映す鏡”だから

問題は、そのデザインやサイズ感、持ち方がライフスタイルやファッショントレンドの変化に追いついていないことである。

興味深いのは、女性ファッションではバッグが装いを完成させる重要なアクセサリーとして位置付けられてきた一方、男性のバッグは長らく「荷物を運ぶ道具」として語られてきた点だ。しかし近年はメンズ市場でも、バッグはコーディネート全体の印象を左右する存在へと変化している。

機能性だけではなく、服とのバランスやシルエット、さらにはライフスタイルとの整合性までが問われるようになった。ネット上で「ボディバッグおじさん」が話題になった背景には、バッグそのものへの否定ではなく、「アップデートされない男性ファッション」への違和感があるのではないだろうか。

ファッションは時代を映す鏡である。バッグもまた、その時代の生活様式や価値観を映すプロダクトだ。だからこそ重要なのは、「ボディバッグを持つべきか」ではなく、「今の自分の暮らしや装いに合ったバッグを選べているか」という視点なのである。

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