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初任給を30万円に引き上げるなど、新卒をはじめとする若手の人材獲得競争が激化しています。その一方で後を絶たないのは上場企業の早期・希望退職募集、いわゆる「黒字リストラ」です。渦中にいる60代の社員は、働くこととどのように向き合っていけばよいのでしょうか。今回は、パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員・藤井薫さんの著書『定年前後のキャリア戦略-データで読み解く60代社員のリアル』から一部を抜粋し、シニアの働き方の「今」をお届けします。

【図表】元・管理職に立ちふさがる3つの壁とは?

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アドバイスだけならAIでもできる

「60歳になって部長を降りて、今の肩書は『シニアスタッフ』。人事部は、担当業務だけでなく、これまでの経験を活かして後進のアドバイザー的役割も務めてほしいというけれど、実際にアドバイスしようとすると煙たがられるだけ」

「ウチの会社だと『担当部長』だな。一応、特命担当ということになっている。実際は何の権限もないし、平社員みたいなものだけどね。まぁ、名刺に部長と付いていると対外的な格好はつくから、それはそれでいいかな」

お二人とも、「元・管理職」には、よくあるパターンです。専任部長、専門課長などのように元の役職をイメージさせるもの、シニアアドバイザーやエキスパート、調査役など、専門性がある上席部員をイメージさせるもの、ほかにも参与、参事といった資格呼称型のものなど、「元・管理職」の呼称はさまざまです。所詮は名刺での肩書なので何でもいいじゃないかという見方もある一方、「名は体を表す」という側面もあります。名刺の肩書が周囲に与える印象もさることながら、本人が勘違いしてしまうということもあります。

筆者は、働く側から見ても、企業側から見ても、「継続勤務の60代社員」問題を複雑にしている要因の半分くらいは、「元・管理職」の存在にあると考えています。「元・管理職」は、三つの壁を乗り越えなくてはなりません(下図表)。

「元・管理職」が乗り越えるべき三つの壁

一つ目は、管理職時代の給与と処遇見直し後の給与との落差です。管理職はもともとの給与が一般社員よりも高いため、一律3割減といっても絶対額としては下落幅が大きく、心理的、経済的なダメージが大きいのです。

60歳時点であまり給与が下がらなかった場合、本人としては幸運ですが、会社の視線は厳しくなります。もう管理職ポストからは外れて、役割や責任は軽くなっているわけですから、人事部は「その割には給料が高すぎるよね」と考えています。人事部からだけではなく、職場の同僚からもそんな目で見られている可能性があります。しかし、管理職でなくても、高度な専門性があって若手・中堅社員よりも明らかに経験やノウハウが優れていれば、給与が高くても相応の価値が認められるはずですよね。


『定年前後のキャリア戦略-データで読み解く60代社員のリアル』(著:藤井薫/中央公論新社)

二つ目が、仕事のレベルです。たとえば、専門課長やシニアアドバイザーなどの肩書を背負っている人に、それなりの専門性がありますか? 50代後半、60代前半、60代後半のいずれにおいても、高度専門職レベルの仕事を担当している人は4分の1しかいません。残り4分の3の人は、その気になって後進にアドバイスをしようとしても、ありがた迷惑と思われているかもしれません。

60代の「元・管理職」の多くは、40歳前後で管理職になって、それから役職定年などで離任するまで十数年以上、管理職ポストに就いていた人たちです。大半は元・課長クラスでしょうから、担当分野の専門知識は持っているはずです。「それなら元・課長は問題ないのでは」と思うかもしれませんが、そうでもありません。

あなたは、今は「プレーヤー」です。管理職のように、部下が集めてきた情報から状況を判断したり、部下が作った企画を修正したりすることができるだけではダメなのです。今の時代、アドバイスだけならAIでもできます。もしかするとAIのアドバイスのほうが、広範な情報を論理的に分析していて、示唆に富んでいるかもしれません。部下に指示するのではなく、自ら動いて情報を集め、企画できてこそのプレーヤーです。

すっぱり割り切って「現」場で「役」立つ人であれ

管理職には部下からの二次情報がたくさん集まってきます。長い管理職生活の中で、自分で直接体験した一次情報はどれくらいありますか? AIを駆使して専門知識を得ても、おそらくそれだけで専門業務のノウハウが身についたり、実際に自分でできるようになったりするわけではありません。

1974年にノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエクは、現場の人(man on the spotその場にいた人)が持っている情報こそがノウハウだと指摘しています。その時その場にいた人にしかわからないこと、実際にやってみなければわからないこと、それが本当のノウハウだということです。“on the spot”の生情報に触れずに長い間過ごしてきた「元・管理職」は、専門知識はあってもプレーヤーとしてのノウハウに欠ける面があるかもしれません。筆者は、現役とは「現」場で「役」立つ人のことだと考えています。「元・管理職」がプレーヤーとして「現役」に返り咲くためには、自分で動いて、ノウハウをキャッチアップ、ブラッシュアップすることが欠かせません。

そして三つ目。最も肝心なことは、管理職時代に刷り込まれたマインドセットを、プレーヤーモードに切り替えられるかどうか。ここまで、「元・管理職」は基本的にプレーヤーだと強調してきました。もちろん、実際にはプレーヤーのサポート役やアドバイザー役の人も必要です。60代社員は正社員の1.4割を占めます。そして、その下の50代、特に50代前半は団塊ジュニア世代ということもあって、正社員の2.6割を占めます。今後さらに、60代社員の割合は増えていきます。

サポート役やアドバイザー役はプレーヤーがいてこそであって、決して大勢いればいいというものではありません。今後それらのミドルバック要員体制は、AI活用などで縮小していく可能性も高そうです。一昔前のように、「ベテランのみなさんは、これからは若手・中堅の指導役にまわってください」という時代ではありません。プレーヤーになれる人は、プレーヤーであることを基本にするべきなのです。

「管理職気分」から抜け出して

「担当課長として課のメンバーを引っ張っていきたいんだけど、若手や中堅の動きも鈍いし、課長もあんまりいい顔しないんだよ」

そんなボヤキに、「自分もそう思ってる!」という人はいませんか。「元・管理職」で、特に専任部長とか担当課長とか、役職呼称型の肩書を持っている人は注意しましょう。それは単に名刺の肩書に過ぎず、「長」の文字がついていても、あなたもイチ担当者です。

これまで若手や中堅社員は、メンバーとして上司の指示に従っていたにすぎません。ライン管理職のポジションパワーのなせる業です。60代社員といっても、この先まだ何年も働くかもしれません。早く「管理職気分」から抜け出して、気持ちを切り替えてプレーヤーとしての存在感を発揮することに集中しましょう。

筆者の先輩にも、かつて役員として大活躍し、今も同じ会社で淡々とプレーヤーとして成果を挙げ続けている人がいます。その秘訣を尋ねたところ、「僕は、もうすっぱり割り切って、今の役割を受け入れた」と言っていた言葉が胸に残っています。60歳を過ぎて感じていたモヤモヤが晴れた気がしました。筆者も、すっぱり割り切って、今の仕事に取り組んでいます。

※本稿は、『定年前後のキャリア戦略-データで読み解く60代社員のリアル』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。