愛子さま

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【全2回(前編/後編)の前編】

 特別な存在であるがゆえに、常に国民から関心を持たれ、時に厳しい目で見られることもある皇室の方々。目下、その人気を大いに支えておられるのが愛子内親王(24)であることは、論をまたないだろう。愛子さまと接した人々の証言と共に、魅力の全容に迫る。

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「ティアラを着けられた愛子さまの笑顔。“今年もいい一年になる”“希望の持てる一年になる”と思わせてくださるのよね」

 そう語るのは“皇族追っかけ”の第一人者ともいうべき白滝富美子さん。ご誕生から今年の新年祝賀の儀まで、愛子さまのご成長ぶりを折あるごとにカメラに収めてきた。

愛子さま

「愛子さまの気品のある笑顔を見ると、どんな疲れも吹っ飛んじゃうから、85歳の今も、つえを突いて追っかけを続けているのよ」(同)

 ここまで行動的ではないにしても、白滝さんのような気持ちで愛子さまを慕う方は多かろう。現在、愛子さまへの国民的関心は、かつてないほど高まっているように見受けられる。

 宮内庁担当記者によれば、

「宮内庁が開設したインスタグラムで、これまでもっとも“いいね”が多かった投稿は2024年6月のもの。天皇皇后両陛下と愛子さまが同年5月に栃木県の御料牧場でタケノコ狩りをなさったときの写真で、愛子さまがシャベルで土を掘っておられるカットもあるこの投稿には約70万の“いいね”がついています」

 他にも、25年8月にご家族そろって静岡県の須崎御用邸でお過ごしになっている投稿に60万以上の“いいね”がついている。

「昨年11月に愛子さまがラオスを訪問された際の投稿は、およそ40万“いいね”で、これは宮内庁のインスタ史上5番目に多い数字です」(同)

 フィーバーしているのはSNSだけではない。皇室ジャーナリストが証言する。

「昨年9月、愛子さまはご公務で新潟を訪問されました。最終日には小千谷市を訪れたのですが、ここは普段はシャッター街。しかしこの日だけは、愛子さまを一目見ようと駆け付けた人という人で埋め尽くされました。警備にあたっていた新潟県警も混乱して、警察官同士で“指示を出してくださーい!”と呼びかけていたほどでした」

 今年の新年一般参賀にはのべ6万人以上が集まり、“愛子さまコール”も起こった。最近の世論調査では「愛子天皇」支持が7割に及んでいる。

「愛子さま人気」のきっかけ

 国民を引きつけてやまない愛子さまの人気に火がつくきっかけは4年前にあったという。

「大きな転換点は、22年の成年会見だったと思います。健康的なお姿ではつらつとお話しされ、一生懸命お考えになりながら質問に答えられるご様子に、好感を抱いた国民は多かったはずです」(前出のジャーナリスト)

 それというのも、

「もともと学習院初等科時代の不登校や、雅子さまとの付き添い登校、中等科時代の“激やせ”など、どちらかといえばネガティブな話題も少なくありませんでした。会見を立派にこなされたことで“本当によかった”“大きくなられた”と、多くの国民が感慨深く受け止めたのです」(同)

 01年の愛子さまのご誕生年から「皇室の窓」(テレビ東京系)で構成作家を務める皇室ライターのつげのり子氏が後を継ぐ。

「この会見で、愛子さまは記者から長所と短所を尋ねられました。長所は“どこでも寝られるところ”。短所は“人見知り”だとした上で、克服していきたいとお述べになっていました。実際にその後、ご公務の様子が報じられる中で、さまざまな人と積極的に交流していらっしゃるのが知られ、現在の人気につながっているのだと思います」

「大きな特徴は、ユーモア」

 現在はご公務をこなしつつ、日本赤十字社の青少年・ボランティア課に、常勤嘱託職員として勤務されている。つげ氏によれば、愛子さまは幼少の折から、つらい立場の人に寄り添う姿勢をお持ちだったという。

「5歳のとき、皇太子ご一家(当時)でスケートの練習をしておられた際に、雅子さまがお疲れになり、リンクの脇でお休みになった。すると愛子さまは“大丈夫?”といったご様子で雅子さまの元へ行き、隣に座って寄り添われたそうです」(つげ氏)

 一方で、ご自身が短所として挙げられていた“人見知り”も、幼少時から発揮されていた。

 先の白滝さんが回想する。

「小学生の頃は、笑顔が少なかったこともありました。行く先々で記者などが大勢いて、びっくりなさったのだろうと思います。雅子さまの後ろに身をお隠しになることもありましたね。そういうとき、恥ずかしがる愛子さまの耳元で、雅子さまが何かささやかれる。そうすると、愛子さまはにっこりほほ笑まれるのですよ」

 しかし、そんなお姿も今は昔である。

「ご公務をこなされる愛子さまの大きな特徴に、ユーモアがあります」

 と、先のつげ氏。

「2年前の5月に、愛子さまは初の単独公務で国立公文書館を訪問されました。最後に館長から“またおいでください”と言われると、ジェスチャー付きで“シュッと来られます”と応じられた。実際に皇居からすぐ近くなのですが、儀礼的ではなく、本心だと伝わるお返事でした」(同)

「強い信頼で結ばれたご家族だと感じた」

 かくも当意即妙な応答には枚挙にいとまがなく、

「昨年3月に神奈川県である行事に出席された際には、愛子さまが到着される直前に雨が上がり、案内の方が“愛子さまが晴れさせてくれました”と言いました。それを受けて愛子さまは“この後はどうでしょう”とユーモラスに切り返され、その場は笑いに包まれました」(つげ氏)

 こうしたお言葉に天皇陛下を想起される向きは、かなりの皇室通である。

「天皇陛下が3年前、インドネシアを訪問されたとき、現地の学生が“アニメの『NARUTO』が好きです”と言うと、陛下は“私はナルヒトです”とおっしゃった。日頃からご家族でユーモアのある会話をされているのでしょう。愛子さまのユーモアは、ご両親をお手本に身に付けられたのだと思います」(同)

 ご家族の仲むつまじさは、園遊会の出席者にも伝わっている。昨春の園遊会で、両陛下、愛子さまと言葉を交わした、女子ソフトボール元日本代表監督の宇津木妙子氏が振り返る。

「もともと皇后さまも愛子さまもソフトボールがお好きで、運動神経が抜群だという愛子さまは東宮御所でソフトボールを楽しまれていたとのお話も耳にしていました。だから私はまず両陛下に“ノックしませんか?”と申し上げたんです。すると陛下は“雅子が上手に捕れるかと”とおっしゃいました」

 雅子さまは雅子さまで、

「“そしたら愛子のほうが”と。愛子さまのほうがお上手だという意味合いでした。それで私は愛子さまに“ぜひ一回ノックやりましょう”とお誘いしたんです。私の話を、愛子さまは愛情に溢れたほほ笑みで受け止めてくださいましたよ。陛下が雅子さまに振り、雅子さまが愛子さまに振る。強い信頼で結ばれた、仲の良いご家族だと感じました」

 後編では、愛子さまがラオスの人々を夢中にさせたエピソードや、1月の歌会始で見られたご心境の変化について詳報する。

「週刊新潮」2026年2月19日号 掲載