画像提供:『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)

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世界累計発行部数6100万部を超えるという、少女漫画の金字塔『花より男子(だんご)』。実写ドラマも大ヒットし、松本潤演じる道明寺にときめいた記憶のある方も多いのではないでしょうか。そんな『花男』の作者・神尾葉子が、漫画家生活30年超の歩みと創作の裏側を初めて「言葉」で綴りました。今回は『花より男子』宝塚舞台化でのエピソードを、初のエッセイ集『花より漫画』より一部を抜粋して紹介します。

<道明寺>か<花沢類>か。最後の分かれ道は…

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宝塚

2019年に、『花より男子』を宝塚花組で舞台化していただいた。

実は、それまで宝塚歌劇団のことをほとんど知らなかった。周囲に宝塚に詳しい人がまったくいなかったというのもある。

宝塚といえば、「年配の方から若い方まで、幅広い世代の固定ファンが多く、一度ファンになったら抜けられない底なし沼のようなものです」と人から聞いたことがあった。

「へえ〜すごいですね。そんなに人気があるんですね」

自分は大丈夫です、というような返事をした。

舞台化の話をいただき、初めて宝塚について調べてみた。まず、全部で5組あって、花・星・雪・月・宙と、それぞれに名前がついている。そして、トップスターと呼ばれる人がそれぞれの組に一人だけいて、そのトップスターは全員男役である。さらに、劇団員の方たちを「生徒さん」と呼んでいる、など。初めて知ることばかりだった。

劇団の担当の方から、「一度、宝塚へお越しください。練習風景をお見せします」と言っていただき、当時の漫画担当者とともに関西へ向かった。宝塚って、兵庫県の宝塚という場所にあるんだ……と、無知な私はそう思った。

稽古場の中に入れてもらい、みなさんと顔合わせをした。元気な挨拶と、姿勢の美しさにびっくりした。こちとら漫画を描いて数十年。常に前かがみで机に向かっているので、筋肉がなくて、もはや真っすぐじっと立っていられない。ずっと立っているとグラグラしてくる。

生徒さんたちは、これが全女性の理想の体型ですという方々ばかりだった。「お腹が出るってどういうことかわからない」と言われそうな美麗なスタイルである。

何よりも驚いたのは、舞台の完成度の高さだった。練習場は学校の教室くらいの大きさで、正面に座り、目の前で2時間に及ぶ歌やダンスを観て圧倒された。

「それでどうだった?」と帰京して友人に聞かれた私の感想は以下だ。

「す、すごかった。本当に全員、美しくてかわいい。身体能力がすごい。ダンスがキレッキレだった。ブロードウェイかと思った。そして男役の方は本当にかっこいい。正直言って『とはいえ男役っていっても女性でしょう』と思っていた私を叱りたい。すみませんでした!」

そう興奮気味に話したのを覚えている。つまり、練習風景を観ただけで、その沼にドブン!とダイブしてしまったのだった。


『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)


(写真:stock.adobe.com)

その2週間後に東京の赤坂で舞台があり、家族やアシスタントと観劇をした。アシスタントも見事にハマり、ここから数年間、一緒に西と東の宝塚劇場へ通い、さまざまな演目を観劇することになる。

『花より男子』の舞台は、F4は漫画から飛び出してきたようにかっこよく、牧野つくしは漫画よりもかわいらしくて勇ましく、2時間強の舞台で、道明寺とつくしのもどかしくも切ないストーリーをぎゅっと凝縮して、見事に描いていた。

宝塚の演目を何度か観劇して、改めて客席を見渡すと、80代や70代のお客さんから10代まで、こんなに幅広く集客する劇団はここ以外ないのでは、と思った。

一度、隣に座った80代の方とお話したときに、その方が「宝塚を観ると元気が出るの。浮世のあれこれをすっかり忘れて違う世界に行けるのよ。若返って家に帰れるのよね、私のビタミン剤みたいなものです」と、ニコニコしながらおっしゃっていた。

私は、「これが私の目指すところだなあ」としみじみしてしまった。「私の漫画を読んで、日々のさまざまなことを忘れて楽しんでもらいたい。次の日もその次の日も、思い出すとじわっと胸があたたかく、元気になる。こんな作品を描けたらいいなあ……」と、いつも思っていた。

宝塚が観客に与えるエネルギーは計り知れない。なんなら人を長寿にしているかもしれないのだ。すべてのエンターテインメントの行きつきたい場所ではないだろうか。

漫画を描き始めのときに知り合いの男子によく言われたのは、「少女漫画の世界の男子とか、絶対にいない」というセリフだった。こんなこと言ったら問題だけど、確かにいないと思う。いや、いるかもしれないけど、私は会ったことがない。

2次元にしか存在しないと思っていたら、宝塚にいた。女性の理想とする男性を見事に描き出していて、多くのファンを長い間ずっと魅了している。

宝塚の『花より男子』は数週間で終わり、お疲れさま会に呼んでいただいた。パーティも終盤、道明寺役の柚香光さんが大きなケーキを持って現れた。6月は私の誕生日があって、サプライズでみなさんがお祝いしてくれた。

「この人たちのお疲れさま会なのに……私のお祝いをしてくれるなんて……。なんていい方たちなんだろう」と感動した。

実際に生徒さんたちとお会いして話すと、見た目の美しさだけではなくて、所作や言葉遣い、気遣いなどに驚かされた。

それは10代から親元を離れての集団生活のたまものであるだろうし、伝統芸能に携わるプロフェッショナルとして生徒さんを育て上げる、宝塚歌劇団が持つシステムが、一足先に大人として成熟させるのかもしれないなと思った。

その後、メインキャストのみなさんが我が家に集まり、『花より男子』のDVDを一緒に観る会をした。

「こんばんは! おじゃましまーす」と、家に上がられた生徒さんたちを見て、「うーん。やっぱり私んちにいるこの方たち不思議だな。庶民的な部屋の背景がバグってるわ」と思うくらい光を放っていて、キラキラしていた。

※本稿は、『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。