『ばけばけ』写真提供=NHK

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 NHK連続テレビ小説『ばけばけ』は、怪談をはじめとする日本文化を世界に広めた明治の文豪・小泉八雲=ラフカディオ・ハーンと、その妻である小泉セツをモデルとした夫婦の物語だ。物語も終盤に差しかかる中、第20週から舞台が熊本に移り、トキ(髙石あかり)とヘブン(トミー・バストウ)の新たな生活が始まる。

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 その前週(第19週)のタイトル「ワカレル、シマス。」は、予告映像におけるヘブンの「ニシコリサン、トモダチ。デモ……」に繋がる台詞なのだろう。ヘブンは松江を離れるにあたって、来日以来、最も多くの時間を共にしてきた錦織(吉沢亮)と別れることになる。制作統括の橋爪國臣氏はSNSで「#吉沢亮 さんの凄さに圧倒され、魅力があふれる週です。松江編のラスト、是非ご覧ください。(松江はまた出てきますし、錦織さんはまだ退場はしません)」(※1)と明かしており、“錦織ラバー”としてはホッと一安心だが、これまでに比べると出番は減ると思われ、やはり寂しさは拭えない。

 錦織のモデルは明治期の松江で活躍した教育者・西田千太郎で、小泉八雲を語る上では欠かせない人物の1人だ。英語が堪能な西田は、英語教育に力を入れていた松江の中学校に外国人教師として招聘された八雲の通訳を務め、慣れない日本での生活や創作活動をサポート。また八雲と彼の女中になったセツの間を取り持ち、仲人も務めた。前出の橋爪氏は「この方がいなければ2人は結びつかず、小泉八雲が日本にとどまることも、この物語が生まれることもなかっただろうという、陰の主役のような人です」(※2)と語っている。劇中でも錦織は身を粉にしてヘブンを公私ともに支えており、本格登場以来、ほぼ出ずっぱり。愛すべきキャラクターで視聴者人気も高いが、それには演じる吉沢の功績も大きい。

 錦織の初登場はヘブンが来日する以前の第4週。トキが、出奔した元夫・銀二郎(寛一郎)を追って、初めて訪れた東京で錦織と出会った。「大磐石」の異名を持つ松江随一の秀才だが、幼い頃から病弱かつ家が貧しく中学校を中退し、無資格で教師をしていた錦織。当時は教員免許を取得し、ゆくゆくは帝国大学卒業の資格を得るため、松江出身の帝大生が暮らす下宿で勉強に励んでいた。

 史実とは異なり、ヘブンよりも先に錦織とトキを出会わせたのは、錦織の背景と、その後の変化を視聴者に印象づけるためだろう。吉沢は『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ばけばけ Part2』にて、「初登場となる第4週だけは、大磐石らしさの極みと落ち着きを意識しながら演じました」とコメントを寄せている。実際、観返してみると、当時の錦織は悠然とした佇まいと真っ直ぐ前を見据える目力が印象的で、文明開化に乗り遅れた生まれ故郷の松江を教育の現場から変えていこうという気概に満ちていた。

 ところが、ヘブンの通訳として松江に呼び戻されてから、その自信と熱意は鳴りを潜める。トキと再会した際に「試験の方は?」と尋ねられ、「一応は」と答えていた錦織だが、のちに実は教員試験に落ち、帝大卒業の資格も得られなかったことが明かされた。自分を推薦した島根県知事・江藤(佐野史郎)の顔を立てるためにも経歴を詐称せざるを得ず、その後ろめたさが彼の人生に影を落としたのだろう。いつもどこか所在なさげで、自ら前に出てヘブンを引っ張っていくというよりは、一歩後ろからサポートに徹してきた。

 だが、決して悲哀に満ちてはおらず、何かと周囲の人間に振り回されがちな錦織を、おかしみをもって演じてきた吉沢。特に個人的にも一つの楽しみになっていたのが、そのリアクション芸だ。来日直後のヘブンの予測不能な行動に対する慌てぶり、江藤にムチャぶりされている時の冷めきった目に、トキとヘブンが2人の世界に入り込んでいる後ろでオーラを消し、微笑を浮かべる様。そのどれもが、じわじわと笑いが込み上げてくる絶妙なリアクションで、吉沢の卓越したコメディセンスが光っていた。

■『国宝』『ばけばけ』が示した吉沢亮の凄み 錦織はヘブンの有能な右腕だが、スキップが壊滅的に下手だったり、生真面目な反面、臨機応変さに欠け、訳さなくてもいいことまで訳したりと、ちょっぴり残念なところも。錦織を演じている時の吉沢は知的で実直な雰囲気を纏いながらも、一挙一動にどこか不器用さや哀愁が滲み出ている。どこか欠けていて、どこか不憫。そういう役柄を演じさせたら、吉沢の右に出る者はいないだろう。

 2025年、社会現象を巻き起こした映画『国宝』で、吉沢は任侠の一門に生まれながらも、歌舞伎役者の家に引き取られ、血筋が重視される世界の頂点を芸だけで上り詰めていく主人公・喜久雄を演じた。そこでも、なかなかに不憫な目に遭っていたし、喜久雄自身、芸のために悪魔に魂を売った不完全な人間だ。しかし、『ばけばけ』とは受け手の印象は大きく異なり、同作では笑える瞬間などなく、その身を燃やし尽くさんとばかりの気迫に圧倒されるとともに、生の痛みが心に残った。“カメレオン俳優”とはまた違う。作品ごとに大きく演技スタイルを変化させるというよりかは、極めて緻密な調整で世界観に温度感をぴたりと合わせてくる吉沢は、やはりすごいとしか言いようがない。

 最初こそ自由奔放なヘブンに手を焼いていたが、共に時間を過ごす中で彼への友愛が芽生えていった錦織。ヘブンの自身に対する認識が「通訳」「お世話係」であることを知った時は激しく落ち込み、逆に「リテラシーアシスタント」「親友」というお墨付きをもらえば、思わず有頂天になる彼は、もう1人のヒロインと言っても過言でない存在だった。そんな錦織がヘブンとの別れの瞬間にどのような感情を見せるのか。

 第19週の20秒の予告で映し出されたその横顔だけでも胸に迫るものがあり、吉沢の演技に期待感が高まる。“出雲の三才人”の1人に数えられ、華麗な経歴を持つ人物を負い目やコンプレックスを抱えた人間味あるキャラクターに再構築した脚本も素晴らしいが、演じたのが吉沢でなければ、これほどまでに愛される存在にはならなかっただろう。

 その吉沢は『国宝』で第49回日本アカデミー賞の優秀主演男優賞を受賞し、3月13日に授賞式を控えている。2017年にトニー賞で6部門を受賞した傑作ミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』の日本版では柿澤勇人とW主演を務めることが決まっており、まだまだ吉沢亮フィーバーは終わりそうもない。

参照※1. https://x.com/drhashizume/status/2019567932318314520?s=20※2. https://realsound.jp/movie/2025/10/post-2196573.html(文=苫とり子)