『花より男子』作者・神尾葉子<道明寺><花沢類>最後の分かれ道がどう決まったかというと…「描き続けていると、登場人物が意思を持って動き始めて」
世界累計発行部数6100万部を超えるという、少女漫画の金字塔『花より男子(だんご)』。実写ドラマも大ヒットし、松本潤演じる道明寺にときめいた記憶のある方も多いのではないでしょうか。そんな『花男』の作者・神尾葉子が、漫画家生活30年超の歩みと創作の裏側を初めて「言葉」で綴りました。『花男』の主人公・つくしに込められた作者の思いとは?初のエッセイ集『花より漫画』より、一部を抜粋して紹介します。
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雑草のつくし
『花より男子』の連載が始まったのは1992年。バブルがはじけて、日本の空気が少しずつ変わり始めた頃だった。それまで当たり前だった「派手でキラキラしたもの」への憧れがどこか気恥ずかしく、むなしくなってきて、みんなが少しずつ「現実」と向き合い始めていたような時代。そんな中で、私は牧野つくしという女の子を描き始めた。
つくしは流行にもブランドにも興味がない。というより、そもそも持っていないし、それだけの世界の空虚さにも気づいてしまっていた。ちょっとふらつきながら、自分の足で立とうとするような子。
特に目立つほどかわいくもなくて、スタイルも普通。どこにでもいる普通の子……に見えて、実はとてもタフで、ものすごくしぶとい。ここがポイント。
お金は全然持っていないし、家庭環境にも恵まれていない。娘の玉の輿作戦で分不相応な名門学校に通わせるとんでもない両親は、今でいう《毒親》だし、全然好きなタイプじゃない男(超自己中の道明寺)に振り回され、なぜか人生が大きくかき乱されていく。
でも彼女は、どんなに理不尽な状況でも、自分を見失わず、前を向こうとする。
「こんな子、現実にいるのかな?」
そんなことを思いながら、「もし本当にいたら、絶対に友達になりたい」と思って描き育てた、主人公・牧野つくしという女の子。
漫画の中で、つくしが自分を自嘲するように言う「鯛の中で泳ぐ、一匹のイワシだよ」というセリフがある。イワシは、魚偏に《弱い》と書いて「鰯」。キラキラと立派なウロコを持つ鯛の中にいたら、そんな小さくてか弱い魚は、きっとあっという間にボロボロになってしまう。
でも、鰯には鰯なりの強さがある。小さくて、素早くて、しぶとい。そうやって生き残るための、本能的な《生存力》を持っている。
「知恵を使って、大海を泳ぎきってほしい」
そんな願いを込めて、いつも彼女を描いていた。
読者がつくしの視点で世界を見て、花沢類にドキドキしたり、道明寺にときめいたり、人生に悔しくて涙が出たり、少し笑ったりしてくれたら――。そんなふうに、つくしというキャラクターを「自分のこと」として感じてもらえたら、それが一番嬉しいと思いながら描いていた。
連載中は、たくさんの読者からファンレターをいただいた。
「いじめにあって学校に行けません」
「つくしの姿に励まされています」
そういった言葉を読むたびに、私の中のつくしは「一緒に頑張ろう!」と返事をしていた。
よく聞かれたのは、「連載していて、しんどいことなかったですか? そういうときはどうしていたんですか?」という言葉。
確かに12年連載しているといろいろある。「もうダメだ……描けない」と思うこともあったし、「やめたい」と頭を抱える夜もあった。でも、私の中のつくしが「おーい!ちょっと待った! あなたが投げ出したら、あたしはどうなるのよ?」と、いつも腕を引っ張り、励まし、立ち上がらせる。

(写真:stock.adobe.com)
「道明寺」か「花沢類」か
漫画を描き続けると、どんどん登場人物が育ってくる。意思を持って動き始めて、いつしか作者の言うことを聞かなくなってくる。「えっ、待ってよ、そっち行くの?」って思うような場面でも、もう止められない。
『花より男子』の中で、つくしがニューヨークへ道明寺を追っていくシーンがある。道明寺家と母親に阻まれて、道明寺は冷たくつくしを追い返すしかなかった。失意のまま、とぼとぼと歩いて邸宅を離れるつくしが、ブルックリン橋を見上げられる場所に一人でたどり着く。そこで声をかけたのは、日本にいるはずの花沢類だった。
ここが最後の分かれ道。「道明寺」か「花沢類」か。
私は最初にこの漫画を始めたときに、相手役に花沢類を選んだ。もう一度、分岐点を作るにはここしかないと思ってお膳立てをした。いいよ。花沢類を選んだとしても、私がなんとかする。そう思っていた。
「さあ、どうする?」
私の中のつくしは「どうしても道明寺がいい」と言った。
「やっぱりそうかあ……。だったら離れ離れになるよ。道明寺なら、ここから試練が待っているよ」と思いつつも、私もそれに付き合うしかないとページを進めることになった。
こうして書いていると、とても浮世離れしていると思われるかもしれないけど、私だけじゃないはず。こんなふうに漫画家なら誰しもが、登場人物の声を聴きながら描いているのではないかな、と思っている。
連載が終わったとき、とにかくほっとした。それと同時に、頭の中の声が消えた。ずっと同じ部屋にいて、テーブルを囲んで、いつもワイワイと騒いでいる登場人物たちの声を聴いているイメージだった。その人たちが、終了と同時に消えていった。
「ああ、これが終わるっていうことなのか」と思った。力が抜けて何もできなかった。
全力で走って、牧野つくしに伴走してきた。彼女の足が速くて、たくましくて、追いつけないときもあったけど。
「もし、こんな子がいたら、友達になりたい」と思って描き続けていた。「間違いなく私の友達だったな」と今は思っている。
※本稿は、『花より漫画』(神尾葉子:著/KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
