ベルリンの壁は“カン違い発言”で崩壊した!? 世界史に残る“新体制しくじり”に騒然
1月30日(金)の『しくじり先生 俺みたいになるな!!』では、これまで数々のしくじり実話を解説してきた“しくじり学園”の看板講師・カズレーザーが登壇。
今回は、ベルリンの壁崩壊のウラ側にあったしくじりを徹底解説した。

昨今、“不祥事を起こした組織のトップが交代し、新体制が発足する”というニュースを耳にすることが多々ある。
そんななか、カズレーザーは「新体制発足時は、いちばん危険な“しくじり発生タイム”」だと指摘。そして「世界の歴史に残る“新体制しくじり”といえるのが、ベルリンの壁崩壊です」と語り、講義をスタートした。
◆カン違い発言からひとつの国が消滅!?
1961年、社会主義体制の東ドイツから資本主義体制の西ドイツへの住民流出を止めるため、東ドイツ側が建てた“ベルリンの壁”。
長らくドイツ分断を象徴する存在としてそびえ立っていたが、建設から30年近く経った1989年11月、東ドイツが記者会見で「ただちに壁を自由に行き来していい」――つまり今から出入国を自由化すると発表。
その発言を受けて壁の前には多くの人々が集まり、一夜にして崩壊に至った。

カズレーザーは、記者会見でのこの発表は、資料を読み飛ばした東ドイツ政府の広報担当・シャボウスキーによるカン違いだったと明かし、スタジオは「えーー!?」「カン違いで!?」「ウソだろーー!」と騒然。
実はその直前、東ドイツでは民主化を要求する大規模なデモが起こり、議会で解任を提案されたワンマン指導者、エーリッヒ・ホーネッカー中央委員会書記長が失脚。ホーネッカーの部下だったエゴン・クレンツが、新リーダーに就任したばかりだった。
つまり、企業で例えると、“問題が起きて経営陣が刷新された、しくじり会社”という状況だったのだ。

しかも、クレンツはこれまでホーネッカーの忠実なイエスマンであったがために国民からは不人気。
政府は毎週のように起こる国内デモと海外諸国へのアピールに追われるも、ホーネッカー派の議員の追放に追われ議会が機能せずというバタバタ状態だった。
そんな状況からどのように記者会見でのカン違い発言が起き、ベルリンの壁が崩れ、最終的に東ドイツが国として消滅するまでに至ったのか、カズレーザーが詳細に流れを解説していった。
