米国最大級の廃車置き場で見つけた「お宝」 40選(前編) ジャンクヤード探訪記 100年以上前のクルマも残存
1920年代以降の希少車を発掘
1956年に創業した米国のジャンクヤード『フレンチレイク・オートパーツ(French Lake Auto Parts)』は、国内屈指の廃車解体業者として知られている。
【画像】戦前の空力設計を物語る流線形ボディ【デソート・エアフローとボルボPV36カリオカを詳しく見る】 全29枚
ここには、1920年代から現代に至る数千台もの部品取り車が並ぶ。すみずみまで管理が行き届き、車両はすべてしっかりとした地面の上に安全に保管されている。何より素晴らしいのは、ほぼすべての車両に製造年が明記されているため、モデルやグレードの識別が格段に容易だということだ。

ミネソタ州の巨大ジャンクヤードで見つけた興味深いクラシックカーを紹介する。
プリムス・スペシャル・デラックス(1949年)
ヴィンテージカーがずらりと並ぶフレンチレイク・オートパーツは、まさに国宝級の存在と言えるだろう。全米から、いや世界中からクラシックカー愛好家が集まるのも当然である。その人気ぶりを示すように、ヤードの事務所では記念Tシャツまで売っている。例えば、この1949年式プリムス・スペシャル・デラックス4ドア・セダンは、かなり良いコンディションに見える。

プリムス・スペシャル・デラックス(1949年)
ビュイック・スカイラーク(1976年)
この見事な景色を見てほしい。目を引くものがたくさんある。中央に堂々と鎮座しているのは1976年式ビュイック・スカイラーク・クーペ。この豪華なラインナップの中では比較的新しいクルマだ。何度か生産が中断されたものの、スカイラークは1953年のデビューから1998年まで、ビュイックの主力モデルとして君臨し続けた。

ビュイック・スカイラーク(1976年)
カイザー(1954年)
特徴的なハート型のフロントガラス開口部から、一目でカイザーと分かる。これはマンハッタンというモデルで、ボンネットに書かれたメモによれば1954年か1955年製のようだ。1955年の登録台数がわずか270台だったことから、おそらく前年のものだろう。
カイザー・フレイザー社は1945年、ヘンリー・J・カイザー社とグラハム・ペイジ・モーターズ社の合弁事業として設立された。当初の販売は好調だったが、ビッグスリーとの長期競争に耐えるだけのリソースがなかった。

カイザー(1954年)
フィアット・ブラーバ(1980年)
フレンチレイク・オートパーツの一角は現代的なモデル専用となっており、筆者はそこで珍しい欧州車と日本車をいくつか見つけた。フィアット131は世界中で150万台を売り上げる大成功を収めた。
しかし、米国に輸入されたのはごく一部で、ブラーバとスーパーブラーバという名称で販売された。機械的な問題が頻発し、この個体が販売された翌年の1981年に米国市場から撤退した。

フィアット・ブラーバ(1980年)
ダッジ(1920年)
ジャンクヤードで100年前の車両を見つけるのは稀だ。この個体はダッジ・ブラザーズ製で、車体に書かれたメモから1923年から1926年の間の製造と推定される。同社は1900年にホレス・エルジン・ダッジ氏とジョン・フランシス・ダッジ氏の兄弟によって設立され、現在のダッジの前身にあたる。この個体がデトロイトの生産ラインから出た当時は、わずか25年前後の歴史しかない若い会社だった。

ダッジ(1920年)
ラサール(1939年)
ラサールは1927年から1940年にかけてキャデラックによって生産され、ゼネラルモーターズ(GM)第2の高級ブランドとして位置づけられていた。この個体は1938年式で、同年に生産された2万3028台のうちの1台である。翌年には販売台数が2万4133台に微増したが、その直後にブランドは廃止されてしまった。

ラサール(1939年)
パッカード・ピックアップ(1948年)
長い生涯のどこかで、この1948年式パッカードはピックアップトラックに改造されるという数奇な運命を辿った。さらに悪いことに、その改造はかなり安っぽいやり方で行われたため、かつての高級車の面影はなく、どちらかと言えば木造の屋外便所のようになってしまった。

パッカード・ピックアップ(1948年)
ランブラー(1962年)
この1962年式ランブラー4ドア・ステーションワゴンは、30年以上も路上を走っていない。それだけに、コンディションの良さには驚かされる。おそらく長い間、誰かのガレージに保管されていたのだろう。所有者はかつての栄光を取り戻すつもりだったに違いない。1つ確かなのは、フレンチレイク・オートパーツに運ばれてからまだ日が浅いということだ。そうでなければ、今頃はボディパネルがいくつも取り外されていただろう。

ランブラー(1962年)
キャデラック・ビアリッツ・コンバーチブル(1984年)
キャデラックは1976年にコンバーチブルの生産を中止したが、1984年にエルドラド・ビアリッツとして復活した。公式にはキャデラックの製品だが、コンバーチブルへの改造はアメリカン・サンルーフ社が担当した。販売は振るわず、わずか3300台しか売れていないため、希少な存在だ。

キャデラック・ビアリッツ・コンバーチブル(1984年)
デソート・ファイアドーム(1956年)
ファイアドームは1952年にデソートのフラッグシップモデルとして登場したが、この個体が生産された1956年にはエントリーモデルに格下げされていた。
ファイアドームは最高出力230psの5.4L V8エンジンを搭載し、0-97km/h加速10秒未満を達成した。この個体は4ドア・セダンで、同年出荷された4万4909台のうちの1台である。

デソート・ファイアドーム(1956年)
ウィリス・エアロ・カスタム(1955年)
ジャンクヤードで1955年式ウィリス・エアロ・カスタムを見つけるのは非常に難しい。特に、これほど希少な部品が残っている個体ならなおさらだ。
この年に米国でのエアロの生産が終了し、生産設備はブラジルに移された。現地では1960年から1971年まで生産され、フォードのディーラーで販売されていた。

ウィリス・エアロ・カスタム(1955年)
シボレー・キャバリエ(1985年)
タイプ10と呼ばれるオプションパッケージは1984年と1985年のシボレー・キャバリエ・クーペにのみ設定されたもので、この個体は後者の1台だ。巨大なトランクスポイラーは確かに格好良いが、まさに狼の皮を被った羊であった。搭載された2.0Lエンジンの最高出力はわずか88psで、0-97km/h加速に13.2秒を要した。

シボレー・キャバリエ(1985年)
フォード・カントリーセダン(1952年)
この1952年式フォード・カントリーセダンのボンネットの下には、かつて3.9L V8エンジンが収まっていた。
しかし、エンジンも、再び高速道路を走るという夢も、とっくの昔に消え去っている。1952年から1954年までフォードのカスタムライン・シリーズに属したカントリーセダンは、ボディスタイルにほとんど違いがなかったにもかかわらず、この期間に販売台数が1万1927台から4万8384台へと劇的に増加した。

フォード・カントリーセダン(1952年)
(翻訳者注:この記事は「中編」へ続きます。)
