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連続テレビ小説『ばけばけ』(NHK総合)。朝ドラ通算113作目となる同作は、明治時代の松江を舞台に『怪談』で知られる小泉八雲の妻、セツをモデルにした物語。ヒロインの松野トキ役を高石(高ははしごだか)あかりさん、夫で小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)をモデルにしたレフカダ・ヘブン役をトミー・バストウさんが演じ、怪談を愛する夫婦の何気ない日常が描かれます。史実では来日後、記者の仕事を捨てて40歳で松江の英語教師となり、執筆活動を続けた八雲ですが、なぜ彼はそこまで日本に惹かれたのでしょうか?『八雲とセツを追いかけて-神様と妖怪に出会う旅-松江・境港・出雲』の著者で文筆家の譽田亜紀子さんが謎に迫ります。

小泉八雲夫妻がモデルの朝ドラ『ばけばけ』高石あかりさん、ヒロイン・トキは「自分に近すぎて不思議な感覚」松江ロケ報告会

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稲佐の浜

旧暦10月10日に行われる神迎神事に足を運んだことがある。神迎神事とは、全国各地から来られる神さまがたを稲佐の浜でお迎えする神事のこと。

その日はシトシトと雨が降っていて、注連縄が張られた稲佐の浜で、全身濡れそぼりながら、じっとその時が来るのを待っていた。

はるか向こうに神職たちが見え、神迎神事が始まる。御神火が焚かれ、神職が海に向かって一心に祈りを捧げるたびに炎がゆらめき、雨の砂浜は全国各地から神々が降り立つ、神聖な場所へと変貌を遂げていた。

ああ、いらっしゃったのだなとその場にいた誰もが感じたのではないだろうか。

「日が沈む聖地出雲」の夕日

そうして神籬に移られた神さまがたは、注連縄がずらっと張られた神迎の道を絹垣(絹の布で造られた垣)に囲まれながら、ゆっくりと歩いていく。神職、氏子、そして多くの人々と共に暗い夜道を歩いて、出雲大社に向かうのである。

稲佐の浜は、出雲大社から西に1キロメートルほどの場所にあり、『古事記』の中では建御雷神と天鳥船神が降臨し、国譲りの交渉が行われた場所とされる。現在は神在月に全国から来られる神さまの降り立つ場所としても知られている。


『八雲とセツを追いかけて-神様と妖怪に出会う旅-松江・境港・出雲』(著:譽田亜紀子/中央公論新社)

こうして古来、神さまがたが行き交う浜は「日が沈む聖地出雲」として日本遺産の構成文化財の一つとなっていて、多くの人が夕日を拝むために訪れる。

そこで私も浜辺で夕日を拝むことにした。

神と人との関係が今も残されている

徐々にオレンジの光が強く輝き出し、空が青からグレーへとグラデーションを帯びていく。と、夕日は稲佐の浜に突き刺さるように、海の上にまっすぐ延びたオレンジ色の光の道を作り出していた。

その道を歩いて行けば、神々の国に行けるのではないか。そんなことを思わせるほど、神々しい光で浜一帯が包まれていく。


(写真提供:Photo AC)

夕日を眺めながら、ここには神さまがおわすのだと改めて思った。神話があるからそう思うのではない。多くの神社があるからそう思うのでもない。この地に暮らす人々が、自分たちを取り巻く自然環境、つまり山や川、海や太陽や夕日、風のざわめきや光の煌めきに見えない存在、神性を感じ、そこに畏敬の念を抱きながら、今も暮らしていることが伝わるからである。

それは人が暮らし始めた時から変わらない、神と人との関係なのではないだろうか。現代的な生活の中で失われてしまった、見えない世界に対する関係が、この出雲の地には残されている。

人々の中に根付く神さまへの想いの深さと親密さ

出雲は日本で一番神聖な地であると八雲が感じたのは、人々の中に根付いた、神さまへの想いの深さと親密さゆえだったのかもしれないと想像するのだ。

出雲の各地を旅することで、自分をリセットすることができる。豊かな自然とそこにおわす神々の力によって。

力まなくていい。ただ、ゆったりと身を任せてこの地を巡れば、神さまたちのほうから語りかけてくれるに違いない。

※本稿は、『八雲とセツを追いかけて-神様と妖怪に出会う旅-松江・境港・出雲』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。