「医師を目指してガリ勉するより絶対いい」米国を見ればわかる…次の時代の"高給取り"を目指せる仕事の名前

■米国で起きている「ブルーカラービリオネア」現象
「ブルーカラーで億万長者も夢じゃない」――そんな心躍るニュースが大きな話題を呼んでいた。アメリカでいまブルーカラーの仕事の単価が人手不足による需要超過で急上昇しており、これまでには考えられないくらいの儲けを叩き出す人が続出しているのだ。日経新聞が次のように伝えている。
「音響装置の修理技師がポルシェに乗ってやって来たよ」。弁護士の友人が苦笑する。マンハッタンの自宅アパートの天井や壁に取り付けたオーディオシステムが故障して修理に来た技術者は数千ドルの修理代を請求した。
友人はウォール街の金融機関を顧客に長年法務サービスを手掛けてきた腕利き弁護士で、顧客には1時間700ドルから1000ドルの手数料を受け取ってきた。
日本経済新聞「米国で『ブルーカラービリオネア』現象 AI発展で潤う肉体労働者」
(2025年11月2日)より引用
記事によると、米国ではこうした技能工を「ブルーカラービリオネア」と呼ぶという。
アメリカではAIにより大卒以上の高度人材の失業が加速している。せっせと高い学費を払ったホワイトカラーが職を見つけられず、ブルーカラーが引っ張りだこになってどんどん高給取りになっていく――その構図がこれから加速していくという予測を以前に本サイトでも述べ、私はそれを「筋肉の時代」と呼んだわけだが、いよいよ大手マスコミでも同様の論調が出てきて感慨深い。そう、時代は名実ともに「筋肉の時代」に突入したのである。
■現場系技術職はますます「稼げる仕事」に
私は日常のさまざまな業務でAIを駆使していて、AIと一緒に仕事をしない日がないからはっきりとわかるのだが、これは近い将来において知識階級の人びとの仕事やポジションのほとんどを掻っ攫っていくことになる。
すでにその兆候はある。統計的に見ても、日本の労働市場はいま名目上「空前の売り手市場」となっているわけだが、その内実を詳しく見るとその「売り手市場」を支えているのは主として現場系の求人数であり、知的階級の人たちが就きたがる職業つまり一般事務職のカテゴリについて「買い手市場」が依然として深刻化している。
AIに奪われる見込みが当面のところない仕事、つまり土木とか建設とか配管とかそういった現場系技術職は、空前の人手不足と需要逼迫が後押しする形でますます稼げる仕事になっている。将来的にはロボット技術の発展がこうした技術職にだって及んでくるだろうが、抽象的な記号のやりとりに終始する知的労働とは異なり肉体労働は一朝一夕にはいかない。数値化困難な人間の手先による感覚的な技術体系を多く含んでおり、また過酷な労働環境下ではロボットのメンテナンスコストも高まるためだ。漸次的には進んでいくだろうが、現場系技術職をロボットが完全に代替するのはまだ相当の時間がかかるだろう。
なんにせよ時代の流れは完全にブルーカラーに傾いていて、これから私たちの暮らしを支える“資本”になるのは「お勉強の得意さ」から「身体の丈夫さ」ついでに「ハキハキした受け答え」といった身体的なものに変わっていくことになる。当然ながらこの流れは日本にも波及してくる。
■子どもを「お勉強エリート」に育ててはいけない
これからの時代に子育てをする人にとっては「いかに日能研・SAPIX的な文化圏から距離を取るか」が重要になる。
私は子育て真っ只中の友人知人に対してはかなりシリアスなトーンで「自分の子どもを『お勉強エリート』に育てるような方向はやめておけ」とアドバイスしている。理由はここまで述べてきたとおりだ。いま幼い子どもたちが大人になるころには、お勉強エリートすなわち大卒者向けの「知的労働」に類する仕事の大部分はAIの飛躍的な進歩によって消え去っている可能性がきわめて高いからだ。
自分の子どもを「テストの得点能力」に最適化させている人は世の中に数多い。親心として善かれと思ってそうしているのはわかる。しかしかれらの子が大人になったときには社会情勢はますます「人間の知性の価値」が軽くなっていて、せっかく磨き上げてきたスキルは評価されず、梯子を外されてしまう可能性が高い。親も教師もただちに時代感覚のアップデートが必要で、「とりあえず大学に行かせるのが正義」という認識はいますぐ改め、子どもの体力や気力や協調性を育む方向にリソースを割くべきだ。

■大学はハイパーエリートだけが行けばよい
私はそういう意味で、いま政府や国が「国是」のごとく推進している大学進学率の向上にも反対している。お勉強に大して向いていない者を無理矢理大学に行かせて「大卒(学部卒)」の資格を持たせたところで、先述したようにこれからの時代には大して意味をなさなくなるからだ。
そもそもいまの企業が求めているスキルセットは大学の4年間を経たからといって必ずしも涵養されるものではない。「大学入試に合格できるくらいの知性が担保されるなら、あとの4年は別にどうでもいい。言ってしまえば無駄ですらある」というのが企業の声を大にしてはいえなかった本音だ。星野リゾートの「大学1年生にも内定」は、企業側が内々に秘めていた本音がはっきり示されたものだ。
身も蓋もないことを言わせてもらうと、大学進学率はいまより下げるべきだ。
大学は本当にごく一部の、それこそAIにも負けない知性や創造性に富んだ一部のハイパーエリートだけが行けばそれでよい。大学入学共通テストの得点でChatGPTにも敗れるような若者たちはもう無理に大学に行かなくていい。かれらは(高度)技術系訓練校を進路にするべきだ。中学・高校進学時点で「ハイパーエリート養成校/技術系訓練校」にコースを分けてしまうのがよいだろう。
■「ノースキル文系人材」の仕事はAIに奪われる
大多数の「ふつう」の子どもたちはお勉強などそれほど得意ではないのだ。そういう「ふつう」の子どもたちに親がSAPIXや日能研に重課金して、かれらの貴重な若い時間をすべて捧げたところで、せいぜい早慶以下の私立文系にどうにか入り込むのが関の山で、そんな多大な労力をはたいてまで入った大学で4年をさらに費やし、そうして出来上がるのがノースキル文系人材で、しかもかれらが世に出るころにはAIが文系事務職を駆逐しているとなると、もはや目も当てられない。
大学は現時点でも多すぎるのに、ましてや人文系など本当に要らない。どんどん整理して潰していき、余った予算は理工系学部学科に集中投資するべきだ。ただでさえ少子化が激しく若い人材が文字どおり国の貴重な労働資源になっている時代に、人文系を志す若者の受け皿があるのは大きな損失となる。

■「知性の時代」から「筋肉の時代」へ
「知性の時代」が終わり、「筋肉の時代」へとシフトしていく。
これは言い換えると「人間の知性の効用や伸びしろが頭打ち(プラトー)に達する時代」でもある。知性の行き詰まりだ。
つまりなにが言いたいかというと、勉強などほぼしてないに等しいのにあっさり東京大学に合格してしまうような人たちほどではないにしても、世の中ではそれなりには賢いと評価される人たち――寝食を捧げて必死に勉強をしてなんとか早慶や上智にギリギリ合格できるだいたい上位15%程度そこそこの秀才――が世の中で能力を発揮して活躍する機会やポジションがなくなってきているということだ。
かれらはひと昔前なら実社会でそれなりの立場を得たり、産業や技術の改革前進にもそれなりに貢献することができたりもしたが、いまやそうしたイノベーションの主役はごく一部のハイパーエリートとかれらが駆使するAIに置き換わっている。
社会の第一線で活躍の機会をかつてほど得られなくなったそこそこの秀才たちは、とりあえずお勉強だけは得意なので規制産業に流れ込んでいく。弁護士になって離婚ビジネスで稼いだり、開業医になって診療点数を荒稼ぎしたり、政治や行政に食い込んで公金を得たりと、最前線の人たちが社会にもたらしたリソースから上前を撥ねるシステムをつくるために(やり場のない)知性を発揮するようになっている。
■「そこそこの秀才」が“あぶれエリート”になる
かれらの知性が未来志向型・新規開拓型の方向での置き所を失って、国家の権威で保護された立場から公金を啜るスキームをつくる、既得権益型の方向で先鋭化しているのが現代だ。「筋肉の時代」はこの方向性をますます加速させて、お勉強だけはそれなりに得意なそこそこの秀才たちの食い扶持を狭く、また後ろ向きにさせていく。
しかも高市政権が登場して、これまで湯水のように公金が注がれていた医療政策には一気に締め上げのムードが漂っているし、政治や行政の「公金スキーム」にも、日本版DOGEこと「租税特別措置・補助金見直し」担当大臣が設けられ、そこに片山さつき財相が就任したこともあり、おそらくこれまでのようにはいかなくなる。
これからも大卒人材が世に必要とされるに違いないとナイーブに信じた「そこそこの秀才」たちが、まともな就職先もなく、公金に依存するスキームも使えず、食い扶持も見いだせず、二進も三進もいかなくなって、今度こそ名実ともに“あぶれエリート”になる可能性が出てきている。

■世の中はきっと荒れていく
悪徳弁護士も湿布開業医も公金で私腹を肥やす虚業も、世間からは嫌われているのかもしれないが、見方をかえれば「そこそこの秀才」を持て余した知識層が世の中に恨みを募らせないように設けられていた安全弁の役割を一定は果たしていたともいえる。
だが、それがこれから無くなってしまうのだ。
世の中はきっと荒れる。かれらは社会の不安分子へと変わっていく。
だからこそ私は先述したとおり「大学進学率をとにかく向上させることを是とする政策に反対」であり「文系学部学科はそもそも統廃合して募集定員自体をもっともっと締め上げていく」ことを推奨している。まかり間違ってそんなところに進んでしまったばかりに、汗水たらしてよく働きよく稼ぐ現場労働者になれたかもしれない人が、頭でっかちで体力気力は貧弱な世の中に恨みを募らせる「無能エリート」になってしまうことだって、これからの時代にはあるからだ。
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御田寺 圭(みたてら・けい)
文筆家・ラジオパーソナリティー
会社員として働くかたわら、「テラケイ」「白饅頭」名義でインターネットを中心に、家族・労働・人間関係などをはじめとする広範な社会問題についての言論活動を行う。「SYNODOS(シノドス)」などに寄稿。「note」での連載をまとめた初の著作『矛盾社会序説』(イースト・プレス)を2018年11月に刊行。近著に『ただしさに殺されないために』(大和書房)。「白饅頭note」はこちら。
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(文筆家・ラジオパーソナリティー 御田寺 圭)
