純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学

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ワークマンが、まだ62店舗もある「ワークマン女子」を順次、撤退改装していくそうだ。ほんの5年前、400店舗も新規出店すると豪語していたのが、だ。いったい、あれは何だったのだろう。いずれ多くの研究者がケーススタディとして採り上げるだろう話題だが、いまの時点でわかることをレヴューしておこう。

「ワークマン女子」を手がけたのは、T氏、1952年生まれ。これが、youtuber のSとやらを社外取締役に取り込んで、2020年10月16日に桜木町に初号店を開いた。この前後から、おかしいな、と感じたのは、T氏周辺のはしゃぎっぷりだ。まだ初号店開店から一週間もたたない同年10月21日に、D社から『ワークマン式「しない経営」』という自己提灯本まで出している。サブタイトルは「4000億円の空白市場を切り拓いた秘密」だが、彼が商社からワークマン経営者に縁故で転じたのは、2012年。なのに、早稲田や一橋の教授の「強力」W推薦、5万部突破! テレビで話題沸騰、だとか。おまけに、初号店には、インスタ映えスポットだの、ゆるキャラだのまで設定。

が、当時、2020年1月に、国内でコロナ騒動が始まり、大学の講義もリモート。つまり、彼らが想定した「女子」とやらは、街を出歩いていなかったし、そもそもバイトも消滅して、可処分所得も激減。なんでこんな時に、というのが第一印象。ロードサイドの既存店で充分に採算がとれているのだから、まともなマーケッターなら、この社会情勢にわざわざ、ありもしなくない都心部の「ブルーオーシャン」を狙って強引な業態拡大なんて、ふつうしないだろうに。

たしかに、ワークマンの作業服は低価格高品質で、現場や輸送で実際に働いている女性たちだけでなく、一般F1層でも一部には知られてきていた。が、それは、「港区女子」のようなマーケットリーダーとは対極的で、むしろ世間からすれば変わり者のアウトドア志向の女性たちだった。彼女たちに、大都会、横浜の中心、桜木町のおしゃれビル中で、インスタだ、ゆるキャラだ、などというのは、セグメント分析として、もうむちゃくちゃ。実際、ほとんど彼女たちの話題にもならず、追従マスコミからさえ「ワークマン女子」などという変な造語は消え去った。

もともとワークマンは、1980年にスーパー「いせや(現ベイシア)」の一部門としてできた。これが、スーパー方式の一括仕入、オリジナルOEM商品供給で、地域密着でやっていた作業服屋を一気に圧倒し、ロードサイドのフランチャイズで、バブルの建設ブームに乗って劇的に全国展開してきた。が、2020年ころには、すでに建設資材や輸送価格の高騰、現場労働の人口減少で、市場として天井に達していた。それで、「ブルーオーシャン」どころか、ユニクロやライトオンなどの飽和カジュアル市場を食い散らかしに進出する必要があった。

T氏周辺は、やたら「空白市場」とか「ブルーオーシャン戦略」とかいうはやり言葉を使いたがる。これは、低価格競争か高付加価値による差別化を追求し続けるマーケティング教科書の定番、ポーターの『競争の戦略』(1985)に対し、キムとモボルニュが2005年に出した著書に基づく経営思想で、そもそも競争市場から離脱してしまおう、というもの。しかし、「ワークマン女子」が、実際にこの「ブルーオーシャン戦略」を採っていたか、というと、かなり疑問だ。むしろ作業服、ロードサイド、無宣伝の従来のワークマンこそ、まさにそれだった。これに対し、「ワークマン女子」は、これまで市場競争のノウハウも積み上げてきていないドシロウトが、デクノボーのフランチャイジーを引き連れて、ただでさえ飽和崩壊寸前のF1激戦区のレッドオーシャンのド真ん中に、コロナ下でカミカゼ突撃したようなものだ。

なぜこんなおかしなマーケティングが実際に行われ、それをまた、おかしな提灯持ち連中が囃子立てたのか。経営の現場ではよくあることだが、流行語だけが一人歩きして、結局、だれもその意味を消化していない。米国のコンサルファームの連中が典型だが、商社出身のT氏の世代は、ポーターの市場競争哲学、他社に相対的に勝つ、そのためにこざかしい数々の戦術を巡らす、という発想が、骨の髄まで染みついてしまっているのではないか。しかし、当然、他社もまた同じ戦術を駆使するから、いよいよ競争市場は膠着消耗戦にしかならない。

「戦略」と言うからには、実質的には、新規創業だ。もちろん、既存のキャッシュカウの上に乗ってのことだから、ゼロからカネを借り集めて始めるより、ずっと有利だ。しかし、のきなみコンサルファームが傾き、人員減らしをしているように、そこに必要なのは、こざかしい助言ではなく、世界の動向を見極める哲学で、それは手軽にカネで買って手に入れられるものではあるまい。みずから足を泥に漬け、額に汗して、はじめて体得されるものだろう。

わかっていることは、これから日本は、建設でも、輸送でも、サービス業でも、現場の人材不足が深刻になり、男も女も無く、また日本人も、外国人も、とにかくみんなで協力して働かなければ、現状維持すらできない、ということだ。ここにおいて、作業服は、サイズや体型も、いま以上に多様化が求められ、労働環境の快適化、安全基準の厳格化、などなど、工夫すべきことは山のようにある。それがブルーオーシャンかどうかは、わからない。だが、こぎれいな会議室で、口先ばかりの連中が「○○女子」なんて言い方をして、見栄えばかりを追うようなチャラいバブル感覚のロートル・マーケッターたちの出る幕ではない。


純丘曜彰(すみおかてるあき)大阪芸術大学教授(哲学)/美術博士(東京藝術大学)、東京大学卒(インター&文学部哲学科)、元ドイツマインツ大学客員教授(メディア学)、元東海大学総合経営学部准教授、元テレビ朝日報道局ブレーン。