現役高校生の青春を届ける「あの日の放課後」 ストリートから学校公認へーーコンテンツが成立したワケ
中学校生活3年、高校生活3年、計6年。あのころ私たちは、どんなことで泣いたり笑ったりしていただろうか。大人になったいま、あのときの感情をどれだけ思い出せるだろうか。
参考:【写真】「エコーで見えたあなたの心臓は、逞しく動いていました」300万回再生され感動を呼んだ、興南高校卒業式の保護者代表挨拶
そんな“あのころ”を引き寄せてくれるのが、「あの日の放課後」だ。画面に映っているのは現役の学生たち。もちろん見ず知らずの学生たちなのだが、彼ら彼女らを見ていると、なぜかあのころの記憶や感情を鮮明に思い出し、同時にいつの間にか“あの時間”の尊さを忘れかけていたことに気づく。
「あの日の放課後」がスタートした当初は撮影者・出演者の情報は明かされていなかったのだが、徐々に情報が解禁され、今回は「あの日の放課後」の仕掛け人であり撮影も手がける神田龍介氏にインタビューを実施することができた。なぜ、「あの日の放課後」を始めようと思ったのか。そして出会った学生たちから何を受け取り、何を伝えたいと思っているのかを聞いた。
・始まりは感じたことのない胸の“ザワザワ感”
ーー「あの日の放課後」は、どのようにして生まれたのでしょうか?
神田龍介(以下、神田):最初は、なんとなく学生と何かを作りたいなという思いがあって。というのも、僕自身学生時代あまり学校に行っていなかったんです(笑)。
ーーそうなんですか?
神田:高校生のときは最低出席日数ギリギリで、学校に来ないのがカッコいいと思っていたイタいやつだったんです(笑)。たまに学校に来て、友達とじゃれて、なんかちょっと悪さして帰るみたいな。
でも大人になるにつれて、だんだんあのときの時間の尊さを実感するようになってきて。自分がそういう学生生活を送っていたから、コンプレックスから生まれるパワーみたいなのもあって、『学生と何かしたい』と思うようになったんです。僕はずっと音楽関係の映像制作をしていたんですけど、それを思い付いてからはいままでとは違った胸のザワザワを感じました。
そこから最初は、普段仕事をしている仲間と「給食チャンネル」という動画コンテンツを制作しました。ちょうどショート動画も流行り始めてたこともあって、ありがたいことに多くの反響をいただくことができたんです。
ーー最初は、違うチャンネルからスタートしたんですね。
神田:そうですね。学校給食の調理風景を撮影していたので、必然的に学生とも会うじゃないですか。もう、みんな目をキラキラさせて過ごしてて。普通に走ってるだけで面白いんです(笑)。そこでは、自分が過ごしてきた20代の日々とまったく違う世界が広がっていました。
そのタイミングでJALから、徳之島の高校で映像やSNS関係のキャリアの授業をしませんかという依頼が来たんです。授業はオンラインで開催していたんですけど、僕たちがどうしても学校に行きたくて徳之島まで行ったんです。でも当時はコロナ禍というのもあって、行ったのはいいけど学生たちと対面するのが難しくて。
諦めて宿に戻ろうとしたら、女子高生4人組が釣りをしていたんです。しかもその日は暴風雨で(笑)。「何してるの!?」って聞いたら、普通に「釣りしてます」って言ってて。その出会いがとにかく衝撃的で、そこから一緒に動画を制作することになったんです。
ーーそのときの学生たちと制作したのが、この『JAL』のPR動画なんですね。
神田:あの4人との出会いはいまでも原動力になっています。この子たちはもう卒業して成人し、このあいだ一緒に飲みに行きました(笑)。いまはもう家族ぐるみで仲良くさせてもらっています。
・リアルとアンリアルを行き来する
神田:その出会いを経て、アイデアの種みたいなものだけを感じて東京に帰ってきたんですけど、「あの子たちはいつか卒業しちゃうからな」と思っていて。そしたら、ある日家の前を中学生の男子たち5人組くらいが歩いていたんです。バレンタインのチョコを掲げて「こいつチョコもらったらしいです! うぉー!」って盛り上がっていました(笑)。
そのときたまたま仕事の関係で撮影機材も手元に揃っていて。いま思えば本当に怪しかったと思うんですけど、呼び止めて「どうしたどうした?」って聞いてみたんです。そしたら「いまチョコもらったんすよ! 本命!」って教えてくれて。それで僕から「いまのもう1回やろうぜ!」って提案して、マイクをつけてその様子を後ろから撮影したんです。
ーーなるほど。そこから後ろ姿を撮影するスタイルが確立されていったんですね。
神田:後ろからの方が自然に撮影できるし、決まったフォーマットがあればそのスタイルが「あの日の放課後」のアイコン的な感じになるかなと思って。それから、1年ほど学生たちを撮影し続けました。徐々にチャンネルを知ってくれる人も増えていって、先生向けの授業や、学校の広報の授業依頼も来るようになったんです。
ーー現在は学生の後ろ姿以外にも、校内で撮影をした動画も多いですよね。
神田:以前、受験の合否の様子を撮らせてくれるところがないか募集したんです。そしたら沖縄の興南高校から、「沖縄でもありですか」と連絡が来たんです。そこで興南高校の学生たちと出会いました。
その出会いはかなり大きかったですね。いまは10校以上で撮影をさせてもらっているのですが、そこで初めて校内で撮影することができたんです。それまではずっと学校外で撮影をしていたので、まさか校内で撮影させていただけるとは思っていなくて。興南高校の先生と学生には、本当に感謝してもしきれないです。チャンネルで1番再生されている「自習で大騒ぎしたら担任にバレた」という動画も、興南高校の学生と一緒に撮りました(笑)。
ーー先生が陰でずっと見ているのがシュールですよね(笑)。
神田:あのくだりはみんな1年以上前からやってたみたいで、掛け声とか踊るスペース開けたりするのも何度もやっているから、もう阿吽の呼吸なんです(笑)。クラス替えもないから、3年間ずっと一緒で……。しかも撮影したのが卒業式の前日なんです。一見面白い動画に見えるんですが、彼らの積み上げてきた3年間があそこには映っているんですよね。
ーー改めて、そんな瞬間を自然に撮影できている神田さんもすごいなと感じます。
神田:僕はカメラマンというか、その場に“友達”として一緒にいる、みたいな感じなんです。「あの日の放課後」が一般的な卒業アルバムの写真や映像とまた違う雰囲気があるのは、その距離感なのかなと思います。
ーーなるほど。だから、あそこまでありのままの学生たちを捉えることができるんですね。
神田:うーん……。ありのままともちょっと違うんですよね。僕は「あの日の放課後」を撮影するときに、“リアルとアンリアルを行き来する”ことを大切にしていて。たとえば、バレンタインのチョコをもらうくだりって、日本のどこかで行われているやりとりじゃないですか。でもそこにカメラがあることってないですよね。出演してくれている学生たちも演者ではない、でもマイクがあるから音声は綺麗に録れている。
しかも自習で騒いだりとかバレンタインって、日常ではあるんですけど、毎日起きている光景ではないですよね。きっと本当にリアルな昼休みを撮ったら、携帯をいじってるだけの映像になってしまう。自然すぎても視聴者の方には刺さらないし、メディアとしての正解とはまた違うのかなと。ちょっとした矛盾というか、“本当だけど本当じゃない”ラインを意識しています。
ーー改めて、学生たちを撮影し続けて感じたことはありますか?
神田:意外とカメラを向けられても物怖じしないことですね。よくコメントでも「高校生がカメラを向けられたらこんなのできない」って声もあるんですけど、案外できるんです(笑)。
あとは、感情の賞味期限が短いということですね。学校のなかで僕の存在って異質なはずなんです。始めはすごく興味津々でたくさん話しかけてくれるんですけど、けっこうすぐ慣れちゃって「今月の広告収益いくら?」とか「寿司奢ってよ!」とか普通に言われます(笑)。彼らのなかで“メディア”とか“バズる”というのは、身近なことなんだなと感じますね。あと彼らが日常のなかで吸収する情報量って、僕らに比べると何倍もあるなと思っていて。毎日新しいものや興味の湧くことが溢れているなかで、「あの日の放課後」は そのひとつの要素に過ぎないので。昨日まであれだけ目をキラキラさせて撮ろうと約束してたのに、当日すっぽかされることとかも普通にあります(笑)。でも……卒業式に「一緒に写真撮りましょう」と声をかけてくれたのはめちゃくちゃアツかったです。
ーーこれから、「あの日の放課後」をどのように展開していきたいと考えていますか?
神田:やっぱりいまは“男子高校生大騒ぎアカウント”“青春大爆発”みたいなイメージを持っている視聴者の方が多いと思うんです。僕ももちろん学生のそういう部分は大好きなんですけど、もう少し深いところで話題にできたらと思っていて。
ーーそれでいうと、3月に公開された「【卒業式】全員泣いた保護者代表挨拶「19年前、エコーで見えたあなたの心臓は、逞しく動いていました。」という動画は、いつもとは違うテイストでありながら300万回以上再生され、話題になっていましたね。
神田:そうですね、学生たちが盛り上がっている動画の方が再生数は多いんですけど、一人ひとりの感情に訴えかけるのはこういう動画の方が強いのかな、と思っています。視聴者の方の感情が揺れ動くことを目指して発信しているので、この卒業式の動画がしっかりと見てもらえたのはよかったです。
でも動画を見てもらえなければ何も始まらないので、バズったり再生数が増えることは大事だと思っています。そこは捨てないで根幹に据えつつ、自分たちのやりたいことを実現するために、いまはいろいろと考えていますね。
ーー具体的には、今後どういったことに挑戦していきたいですか?
神田:「あの日の放課後」を、青春を体現する存在にしていきたいなと思っています。いまは動画メディアとして知ってもらえるようになってきましたが、これからはリアルでも学校全体を巻き込んで仕掛けていきたいです。
ーーこれからの「あの日の放課後」がどうなっていくのか楽しみにしています。最後に、動画を通してどんなことを伝えたいですか?
神田:これは学生たちに向けてなんですけど、「お前らマジ最強だぞ」っていうことですね。なんかあのころの尊さとか輝きって、絶対にあとからじゃないと実感できないと思っていて。もちろん、当時も楽しいって言う感情はあったと思うんです。友達と飯食って、バカやったりとか。
それこそ僕はあまり学校に行っていなかったんですけど、どれだけ尊い時間だったかをあのとき少しでも実感していたら、きっともっと学校に行っていたし、あのとき先生にちゃんと謝っておけばよかったなとか、帰り道あの子に声かけておけばよかったなとか、1歩踏み出すことができたと思うんです。
いま僕らが感じる学生に対しての想いとか感覚を、彼らの生活のなかに完全に取り入れてもらうのは難しいと思うんですけど、少しでもそこに気づいてもらえたらというか、ちょっとでもその感覚に触れてもらえるような存在になりたいと思っています。そしたら、その学生の3年間が変わるかもしれないし、将来何かを少しだけいい方向に変えるきっかけになるかもしれない。そういうふうになれたらいいなって思っています。
(取材/文=はるまきもえ)
