11月に開かれる特別国会での首相指名選挙で、キャスティングボートを握る国民民主党は決選投票でも「玉木雄一郎と書く」との方針を確認した。ジャーナリストの尾中香尚里さんは「『玉木』と書くことにより、与党に恩を売り、来夏の参院選は野党として戦うことができる。政治家として決断を下せないのは褒められたものではないが、非常に狡猾な戦略だ」という――。
写真提供=共同通信社
メディアのインタビューに答える国民民主党の玉木代表=2024年10月27日午後11時52分、東京都新宿区 - 写真提供=共同通信社

■決選投票でも「玉木と書く」

衆院選での「自公過半数割れ、立憲躍進」を受けて、次の政権の枠組みがいまだに見えてこないなか、あぜんとする情報が入ってきた。国民民主党が10月30日の役員会で、11月11日召集予定の特別国会における首相指名選挙で、石破茂首相(自民党総裁)と野田佳彦・立憲民主党代表の決選投票になった場合でも「玉木雄一郎代表の名前を書く」方針を確認した、というのだ。役員会では異論が出なかったというから、玉木氏が一人で暴走したわけではないらしい。

あきれてものも言えない。10月29日公開の記事(「石破首相」を選んでも地獄、「野田首相」を選んでも地獄…国民民主・玉木代表がこれからたどる"いばらの道")の中でも指摘したが、決選投票の候補者は、あくまで最初の投票で誰も過半数に達しなかった場合の、上位2人だけだ。「石破vs野田」の構図になった場合、「玉木」と書いた票は全て無効票になる。

■国民民主に投票した有権者を無視する「職務放棄」

首相を選ぶことは、国会議員にとって極めて重要な仕事の一つだ。なぜなら、その1票は個々の議員だけのものではないからだ。首相指名選挙での1票とは「一人ひとりの国民に代わって、首相を選ぶ権限と責任を与えられた」1票なのである。そのような場で、無効票になるとわかっている投票をあえて行うのは、その議員に票を投じた国民の意思を無視する行為であり、国会議員としての職務放棄である。

28日のTBS番組で玉木氏が「決選投票でも玉木」と発言した時は、テレビ出演で舞い上がって思わず軽口を叩いてしまったのかもしれないと考え「発言を撤回したほうがいい」と指摘したのだが、まさか本当に党の方針にするとは思わなかった。

玉木氏の言動の軽さは今に始まったことではないが、まさかここまでとは。

■重要な政治選択を無視しようとしている

選挙直後に玉木氏と同様の発言をしていた日本維新の会の馬場伸幸代表は、30日に立憲の野田氏と会談した際「大義や具体的な改革案がなければ与することはない」と述べるにとどめた。野田氏への投票にはかなり否定的だとみられるが、それでもいったんは持ち帰って検討するとした。

最低でも現時点では、この程度の対応が必要だろう。石破氏と野田氏のそれぞれから、首相指名選挙での投票を呼びかけられたなら、まず双方の話を聞いた上で党に持ち帰って検討し、もし決選投票となった場合に石破氏と野田氏のどちらに投票するか、党としての態度をきちんと表明するのが、議会人としてのあるべき態度だ。

にもかかわらず国民民主党は、首相指名選挙という極めて重要な政治的選択を避けて、逃げようとしていると断じざるを得ない。

■「石破」と書くのも「野田」と書くのもリスクが大きすぎる

国民民主党にとってこの首相指名選挙での判断が、極めて難しいことは理解できる。

同党の支持基盤である連合は、立憲民主党と国民民主党が連携して、自民党に代わる政権の選択肢となることを求めている。今回の衆院選でも、両党の選挙協力によって当選した議員もいる。石破氏に投票すると決めた場合、党内のハレーションは相当大きいはずだし、何より来夏の参院選に影響が及ぶ可能性がある。多くの議員が地元に帰れば、自民党と直接対峙するからだ。

一方で今の国民民主党は、所属していた議員の多くが立憲民主党に合流し、それを拒んだ議員によって作られた政党だ。メディアではいまだに立憲と同規模の政党のように扱う向きがあるが、今回の衆院選で立憲民主党と国民民主党の議席差は120議席に達している。そんな国民民主党が今さら立憲と協力するのは、特に玉木氏にとっては、過去の経緯を考えても難しい。

さらにややこしいのは、小政党と化して以降の国民民主党には「アンチ立憲」のネット右派に近いスタンスを持つ支持者が、玉木氏個人のファンという形で増えつつあるらしいことだ。国民民主党が首相指名選挙で野田氏に投票すれば、こうした新たな支持層が一斉に離れる可能性もある。

「石破」と書くのも「野田」と書くのもリスクが大きい。同党が首相指名ではっきりとした政治的意思を示すのをためらう気持ちを、全く理解しないわけではない。

写真=iStock.com/GoodIdeas
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GoodIdeas

■政治には「どうしても決めねばならぬこと」がある

しかし、政治には「逃げてはいけないこと」「どうしても決めなければならないこと」がある。外交・安全保障から災害対応、感染症への対応など、政治が緊急に厳しい選択を迫られる場面は、政権に入ってしまえば山ほど押し寄せてくるからだ。

印象に残っているのは、2011年の東京電力福島第一原発事故で民主党の菅直人政権が直面した「事故対応にあたる東電社員を、荒れ狂う原発から撤退させるか否か」。国家の存亡にかかわる究極の選択の局面であり、「撤退する」「撤退を拒む」のどちらを選択しても、厳しい批判を受けることは免れなかった。

だからと言って何も決めないことは許されない。リスクを取って判断し、責任を負わなければいけないのだ。それが政治である。

首相指名選挙という比較的簡単な政治判断さえもまともにできないのに、もっと厳しい局面が訪れた時、彼らは人ごとのように立ち往生して、何も判断しないのだろうか。そんな政党が今後、国民の生命と暮らしを守ることができるだろうか。国民は彼らに全幅の信頼を置くことができるのだろうか。

■無効票は事実上の「ステルス石破支持」

ここまで書いていきなり前言を翻すようだが、実は国民民主党の「無効票戦術」は、政治的選択を「していない」とは、必ずしも言い切れない。事実上の「石破氏支持」である可能性が高いのだ。

首相指名選挙の決選投票は、過半数の得票を必要としない。「多数を得た者が(首相に)指名された者となる」のだ。ということは、多くの無効票が発生して有効票の総数が減れば、比較第1党たる自民党の党首に有利になりがちだ。

令和6年10月1日午後、衆参両院にて首相指名投票が行われ、石破茂議員が、伊藤博文初代内閣総理大臣から数えて第102代目の内閣総理大臣として指名された(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

今回の衆院選で、連立を組む自民、公明両党の議席数の合計は215。一方、立憲をはじめ自公以外の全政党の合計(250)から国民民主党の議席(28)を差し引くと、議席数は222。その差はわずか7議席しかない。

222議席のなかには、裏金問題などで自民党から公認を得られず、無所属で戦い当選した議員の議席も含まれている。すでに、このような無所属議員6人が自民党の会派に入るとの見通しも出ており、与野党の差は詰まりつつある。自民党の反省のなさもここに極まれりだが、それはさておき、ここで国民民主党が玉木氏に票を投じて「無効票」となれば、石破氏の当選可能性は格段に上がる。

つまり「決選投票で玉木氏の名を書く」という国民民主党の方針は、実のところ「ステルス石破支持」なのだ。同党がそれを理解していないはずがない。

■与党に恩を売りながら「野党」の顔をできる姑息な戦術

にもかかわらず同党は「石破氏の名前を書いていないのだから、別に支持したわけではない」と言わんばかりだ。自分たちの政治判断をはっきりさせないことで、支持団体の連合を下手に刺激するのを避け、来夏の参院選では「野党」の顔をして、連合や立憲民主党の協力を得ながら選挙戦を戦おうとしている、と考えざるを得ない。

これを姑息と言わなくて何と言うのだろう。ほかのメディアのように、こういう態度を「対決より解決」「政策実現を重視」などと言って持てはやす気には、筆者はとてもなれない。

「石破氏を支持する」と言うのなら、堂々と首相指名選挙で、石破氏の名前を書いて投票すればいい。支持者の批判を受けるリスクは生じるだろうが、その責任を自らが背負い、丁寧に説明して理解を得る覚悟を持つべきだ。「書いても書かなくても結果が同じだから書かない」と言って政治的意思を示さないありさまは、国会議員としてあまりにも情けない。

■「30年ぶりの決選投票」を保身のために無下にするのか

国民民主党に限ったことではないが、全ての衆院議員は、ついこの間行われたばかりの衆院選で、多くの有権者に自分の名前を書いてもらったからこそ当選できたはずだ。有権者の中には、もしかしたら別の候補との間で、悩みに悩んだ人もいるかもしれない。何らかの判断をして名前を書いた1枚1枚の投票用紙が、議員たちを国会へと送り出した。

そんな有権者たちの思いを代弁するため、今度は一人ひとりの議員が「首相を選ぶ」選挙に参加する。それが、当選した彼らにとっての最初の仕事なのだ。それも今回は「30年ぶりの決選投票」という歴史的な局面だ。

国民民主党の議員は、自分たちの保身のために、それを雑に扱おうとするのか。

党としての正式決定は、今後の両院議員総会になる。せめて党の所属議員が一人でもまともな感覚を持ち、玉木執行部をいさめる声が出ることを願ってやまない。

----------
尾中 香尚里(おなか・かおり)
ジャーナリスト
福岡県生まれ。1988年に毎日新聞に入社し、政治部で主に野党や国会を中心に取材。政治部副部長などを経て、現在はフリーで活動している。著書に『安倍晋三と菅直人 非常事態のリーダーシップ』(集英社新書)、『野党第1党 「保守2大政党」に抗した30年』(現代書館)。
----------

(ジャーナリスト 尾中 香尚里)