日本で加速する「人が全然足りない」現実…じつは高齢化がもたらしていた「構造変化」の正体

写真拡大 (全3枚)

この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?

なぜ給料は上がり始めたのか、経済低迷の意外な主因、人件費高騰がインフレを引き起こす、人手不足の最先端をゆく地方の実態、医療・介護が最大の産業になる日、労働参加率は主要国で最高水準に、「失われた30年」からの大転換……

注目の新刊『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。

(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)

高齢者の高齢化に伴い、労働集約的なサービスへの需要が増加する

2010年代半ば以降を境に、労働市場の需給構造は逆転し、現場で働く労働者を中心に人手不足が顕在化している。これまで日本経済では慢性的な需要不足が続き、デフレーションが進行してきたにもかかわらず、それがここにきて供給制約に転じた理由は何だろうか。

第1の要因としてあげられるのは、これまでの経済政策による影響である。アベノミクスによって始まった日本銀行による異次元金融緩和や政府による大規模な財政出動が経済を過熱させ、それが労働市場の需給をひっ迫させている側面があるはずである。

第2の要因は、人口動態の変化に伴う構造的なものに求められる。つまり、少子高齢化による人口構成の変化が需要を相対的に拡大させていると考えられるのである。

少子高齢化がなぜ需要の増加や労働市場の供給制約につながるのだろうか。確かに労働の供給面に目を向ければ、高齢化が進んだときに働ける人が少なくなることは明らかだ。

ただ、その一方で、需要面に目を転じれば人口減少は同時に消費者の減少につながるわけであり、これはすなわち総需要の減少にもつながりうる。人口減少が進展したとき、人手が少なくなることで経済全体の供給能力が低下するのと同時に、消費者も減れば需要も同程度減るのではないかと、多くの人は疑問に思うのではないか。

その答えは、人々の消費構造を分析することで理解することができる。つまり、人は高齢になるほど人手を必要とするサービスをより多く需要するのである。

家計調査では、家計が財やサービスを購入するにあたって、実際にその世帯がその商品に支払った金額を集計している。同調査をみると、高齢世帯ほど消費支出が少なくなるという結果を得ることができる。家計調査の結果を単純にみれば、高齢者ほど消費をしないのだと考えることができるのであるが、それは実は誤りである。

ここで注目したいのは、医療及び介護サービスに関する支出である。なぜなら、医療・介護サービスに関しては、医療保険制度と介護保険制度を通じてサービス料の多くが税や社会保険料財源から支払われており、サービスを受ける本人の自己負担割合が低く設定されているからである。

図表1-12は、総務省「家計調査」から年齢階層別に単身世帯の家計消費の額を推計したものである。同図表は、厚生労働省「医療給付実態調査」、「介護給付費等実態統計」などから、医療・介護サービスの利用料を本来かかった費用に割り戻して算出したうえで、実際にその年齢階層にある人がどのくらいの消費を行っているかを積算している。

この推計結果をみると、年齢階層が高くなると、明らかに家計の消費水準が高くなることがわかる。特に、85歳以上の区分では月の消費額の推計値は31.2万円と大きく上昇する。内訳をみると、食費や交通・通信費、娯楽に関する費用などは軒並み低い水準となっているものの、医療費(85歳以上の単身世帯の月平均消費額:8.7万円)と介護費(同:8.9万円)が急上昇していることが家計消費の高騰を招いている。

この推計結果が意味するところは、年齢階層が高い高齢者ほど医療・介護をはじめとする労働集約的なサービスへの需要が高く、サービスの派生需要である労働需要も高くなっていると推察できるということである。

こうした推計をふまえれば、高齢化が続くことで供給が制約される一方で需要は相対的に増え、労働市場も財・サービス市場もひっ迫していくと考えることができる。そして、財・サービス市場の需給ひっ迫は財・サービスの価格上昇につながり、労働市場の需給ひっ迫は賃金上昇につながっていく。足元で人手不足が深刻化し物価が上昇に転じている背景には高齢化に伴う需給環境の構造変化があるはずなのである。

このような状況を見て、事態の深刻さに懸念を覚える人もいるかもしれない。しかし、そもそもの経済活動のあり方を考えたとき、豊かな消費を行いたいという人々の欲求があって、その欲求を満たすために生産者が努力をして効率よく財やサービスを生産するというメカニズム自体は、経済学が本来想定している自然な姿である。

そう考えれば、供給に見合うだけの需要がないのだから需要を喚起せよという1990年代後半から2000年代にかけて行われた議論の方がそもそも異質だったわけで、これからの時代はサプライサイドに働きかける取り組みが重要になるという意味で、日本経済は普通の経済の姿に回帰していくことになると考えることができる。

人口減少経済に足を踏み入れているいま、日本経済の需給構造は需要不足から供給制約に様相を変えている。そして、この需給環境の変化こそがあらゆる経済構造の変化の根本にあるものなのである。人口減少やそれに伴う高齢化の影響で、現在の人手不足は長期かつ粘着的に続く可能性が高い。そして、構造的な人手不足は、今後の日本経済に大きな変化を引き起こすことになるだろう。

多くの人が意外と知らない、ここへきて日本経済に起きていた「大変化」の正体