サッカー日本代表「超攻撃的」ウイングバックの未来 ワールドカップ本大会ではどうなる?
W杯アジア最終予選で3連勝と快走中のサッカー日本代表で、これまでと違うのは3バックシステムの両ウイングバックにアタッカーを起用している点だ。超攻撃的と言われるこの形でW杯本大会まで突き進むのか。サッカー戦術、プレー分析の第一人者、ライターの西部謙司氏が、ウイングバック起用の歴史とともに考察する。
サッカー日本代表のウイングバックとしてW杯予選に3試合連続で先発している、堂安律(左)と三笘薫(右) photo by Getty Images
3−5−2システムを有名にしたのは1984年欧州選手権(ユーロ)でベスト4のデンマーク代表である。当時、主流になりつつあった2トップに対して3人のDFを起用。サイドにはウイングバックを置いた。
さらに2年後の1986年メキシコW杯ではグループリーグを3戦全勝で通過。ラウンド16でスペインに敗れたものの、「死の組」だったグループでスコットランド、ウルグアイ、西ドイツにすべて勝利したのは快挙であり、とくに6−1でウルグアイを下した爆発的な攻撃力は、まさに「ダニッシュ・ダイナマイト」の愛称に相応しかった。
2トップのプレベン・エルケーア・ラルセンとミカエル・ラウドルップが看板だったが、リベロのモアテン・オルセンの組み立ても秀逸。ウイングバックにはイェスパー・オルセン、セーレン・レアビー、フランク・アルネセンといった攻撃的な選手を配置していた。
デンマークの成功によって欧州では3−5−2を採用するチームが増え、4−4−2が定番だったイングランドも1990年イタリアW杯中に3バックにシフトしている。この大会ではブラジルも3バックだった。ちなみに日本もほぼ同時期に3−5−2を採用していて、(中盤も)フラットな4−4−2とともにこの時代の2大システムになっていた。
ただ、両サイドに攻撃的な選手を配置することは少なく、サイドバックの起用あるいはウイングバックという新しいポジションに特化したタイプが重用された。西ドイツのアンドレアス・ブレーメ、ブラジルのブランコ、ジョルジーニョなどが代表的で、サイドを縦に大きく上下動して攻守をこなしている。1994年アメリカW杯では、ブラジルが攻撃的MFであるレオナルドを左ウイングバックに起用していたが、攻撃に特化したウイングバックの珍しい例だった。
2002年日韓W杯優勝のブラジルは右にカフー、左にロベルト・カルロスを擁していた。ともに破格の運動量、スピード、攻撃力を持ち、同時に守備も固いというスーパーなウイングバック。日本も左ウイングバックに小野伸二を起用している。日韓W杯までは名波浩、中村俊輔なども起用されていて、左ウイングバックは攻撃型、右はバランサーか守備型という構成が多かった。
【日本代表の超攻撃型ウイングバックの長所と短所】現在の日本のように、両ウイングバックに「ウイング」を起用するのはかなり珍しい。
3バックのシステムは、ウイングバックの人選によって戦術的な色合いが大きく変わる。両方守備的にして5バック化するケースは比較的多く、片側だけ攻撃型というのもよく見る。ただ、両方攻撃型というのは近年では類例が思い浮かばない。「超攻撃型」と言っていい。
超攻撃型ウイングバックのメリットは言うまでもなく攻撃力だ。日本は予選3連勝、14得点無失点の無双ぶりを示している。1トップ、2シャドー、2ウイングのアタッカー5人を並べる最大火力によって、中国に7−0、バーレーンに5−0と大量点を奪った。
しかし、3戦目のサウジアラビア戦は2−0。最初の2試合と違い、相手に押し込まれる時間帯も多かった。実質ウイングを使っているのだから、自陣で守備をする時間が長くなれば持ち味は出にくい。両サイドにウイングを配置したメリットはあまり発揮できなかった。
本来、サウジアラビア戦のような展開は、日本にとって不都合だったはずだ。しかし、ここでそれまでとは別の一面を示している。後半、伊東純也と前田大然の両サイドに代わってからそれが明確に表れていた。
伊東、前田はどちらもアタッカーだが守備も固く、カウンターアタックではスピードを生かしてウイングバックらしい攻め込みを見せていた。ふたりともウイングバックに特化したタイプではないが、その資質を存分に発揮していたのだ。
攻撃的ではないが極端に守備的でもない。「攻撃参加するサイドバック」よりも「守備のできるウイング」という選択によって中国戦、バーレーン戦とはまた違った色調になっていて、それがサウジアアラビア戦の流れに合っていた。
【W杯本大会ではどうなるのか?】サウジアラビア戦の日本の戦い方は、カタールW杯でのドイツ戦と似ていたかもしれない。押されながらも1対1では押し負けず、カウンターから得点して勝利した。
スペイン戦とクロアチア戦は守備型の5バックだった。とくにスペインには圧倒的にボールを支配されたが、少ないチャンスを生かして勝っている。
唯一、日本がボールを支配できたコスタリカ戦だけ負けている。守備型の戦い方には手応えをつかめたが、相手に引かれた時に攻め崩せないという課題が残ったわけだ。ウイングバックにウイングを起用する攻撃型3−4−2−1は、その課題への回答と言える。
ただし、サウジアラビア戦を見てもわかるように、それがただちにW杯本大会のメインシステムとなるかと言えば、そうはならない可能性が高いだろう。試合展開が攻勢か劣勢か、要は相手との力関係によってウイングバックにどういったタイプを起用するか決めることになるのではないか。
W杯で日本が力関係で圧倒的に優位になるような相手はほぼない。チーム数が増えるので、これまでよりも日本優位になるかもしれないが、ノックアウトステージまで勝ち上がれば、よくて互角、たいがいは劣勢を覚悟しなければならない相手になる。
いかなる相手でもボールを支配して攻め込み、保持率でいえば65%以上をとれるならば、人材の多いサイドアタッカーをフル活用して攻め潰すという戦い方も可能かもしれない。
だが、サウジアラビア戦でビルドアップに同数で圧力をかけられた時、それを回避できたのは守田英正の機転のおかげだった。ディフェンスラインに下りて数的優位を確保、鎌田大地と連動して攻め込みの形を変えた。守田がいなければ、ずるずると劣勢が続いていただろう。
ビルドアップの修正を選手個人に頼っている状態では、いかなる相手にもボールを支配して押し込めるとは思えない。
現実的には相手との力関係によってウイングバックの人選を調整し、試合展開に応じて選手交代を使って攻守の比重を変えていく。そのような戦い方になるだろう。その点で、超攻撃的と超守備的の中間をアタッカーのウイングバックで賄えたのは大きな収穫であり、W杯での戦い方を示唆するものだった。