巨人が4年ぶりのV奪回を果たせた要因は? 伊原春樹が「阿部采配」を総括
大混戦のセ・リーグペナントレースを制したのは、就任1年目の阿部慎之助監督率いる巨人だった。4年ぶりのV奪回を果たした要因は何だったのは? かつて巨人のヘッドコーチとして2007年からの3連覇に貢献した伊原春樹氏に、今シーズンのジャイアンツを総括してもらった。
4年ぶりにセ・リーグを制した阿部慎之助監督(写真中央)率いる巨人ナイン photo by Sankei Visual
── まず、なんといっても菅野智之投手が15勝3敗というすばらしい成績を挙げました。
伊原 今季の菅野は先発ローテーションの6番目でスタートしましたが、しっかり勝ち星を積み重ねました。最終的に巨人は76勝58敗で優勝を決めましたが、貯金18のうちホームが8、ビジターが10。菅野は「ビジター開幕10連勝」など、ひとりで12の貯金をつくりました。
── 具体的にどこがよくなったのでしょうか?
伊原 20代の頃はストレート、スライダー、フォークボールを軸に、力でねじ伏せる投球でした。それが今季は、これまで以上に緩急を駆使した投球スタイルに変えたのです。もともとコントロールはよかったのですが、156回2/3を投げて、与四球はわずか16個です。4度目の最多勝投手確実となって、優勝の立役者になりました。
── 本格派から技巧派への転身が成功したというわけですね。
伊原 同じ145キロでも、20代と30代では中身が違います。20代の頃は球威があり、多少コントロールミスをしても抑えられる。30代になると球威は劣るかもしれませんが、コントロールと駆け引きで打者を抑えられるようになる。しかも菅野の場合、数々の修羅場を乗り越えてきた経験がある。かつて鈴木啓示さんや江夏豊さんが速球派から技巧派へと転身して成功をおさめましたが、その姿を彷彿とさせました。
── 打つほうでは、こちらもベテランの坂本勇人選手がいい場面で勝負強さを発揮しました。
伊原 9月10日の広島戦で2番に入って、森下暢仁から6号先制弾。この日から巨人はマツダスタジアムで3連勝、2位の広島との差は4ゲームに開きました。
── 坂本選手は阪神との天王山でもいい働きをしました。
伊原 9月22日の試合はスタメンで出場して3打席凡退し、チームも敗れましたが、翌23日は大城卓三の代打で決勝打を打ちました。大事な首位攻防戦で決勝打を放ったのです。23日の阪神戦は、本人曰く「ここで打たなかったら引退しなくてはいけないのかな」と思ったほど、プレッシャーのかかった打席だったそうです。(坂本)勇人は腰を痛めていて、今季は二軍も経験しました。阿部監督もいい場面で勇人を信頼して使いましたが、その期待によく応えたと思います。
【新戦力を積極起用】── 今シーズンの戦いを振り返って、阿部監督は新人を積極的に起用しました。
伊原 ドラフト3位の佐々木俊輔を開幕戦に「1番・センター」で起用しました(59試合出場)。同じく4位の泉口友汰も66試合に出場し、1位の西舘勇陽は28試合に登板して20ホールドですからね。思いきって起用したと思います。若い選手が積極的に起用されると、ほかの若手にも「オレたちも頑張ろう」といい影響を与える。今年の巨人は、とくに若手にとっては競争意識が高かったと思います。
── ただ外国人の打者には苦労しました。
伊原 ルーグネッド・オドーアが開幕前に二軍調整を拒否して帰国。代わりに獲得したエリエ・ヘルナンデスは好調を維持していましたが、8月にスライディングキャッチを試みて左手首骨折。ただ7月に緊急獲得したココ・モンテスが、長打力こそないですが奮闘しました。そういう意味で、阿部監督にツキがあったのだと思います。
── ヘルナンデス選手の代わりに起用した日本人選手が活躍しました。
伊原 8月中盤から2年目の浅野翔吾を抜擢し、8月14日の阪神戦では満塁ホームランを打ちました。また巨人移籍2年目のオコエ瑠偉も、9月7日のDeNA戦で延長サヨナラ弾を放ちました。好調な選手を見極め、使うことで、チームがうまく活性化していきました。
── また今季は捕手3人制も機能しました。
伊原 そこに関しては、さすが捕手出身の監督です。よく観察していたと思います。打撃のいい大城、守備力に定評のある岸田行倫、菅野とのコンビで多くの貯金を稼いだ小林誠司。なかでも岸田は粘り強いリードで投手陣を引っ張り、打つほうでもしぶといバッティングを見せました。彼の成長は大きかったですね。
【ターニングポイントは?】── 結果的にターニングポイントになった試合はどこと見ますか。
伊原 9月10日からの広島3連戦での3連勝でしょう。先述したように、初戦は勇人が森下からホームラン。2戦目は2点ビハインドの9回に、広島の守護神・栗林良吏から6点を奪うなど、この回9点を挙げて勝利。3戦目は、抑えの大勢が今季初めて"イニングまたぎ"をして5対0で快勝しました。この3連勝で広島に引導を渡したといっても過言ではないと思います。
── 9月23日の阪神戦では、中4日でフォスター・グリフィン投手が先発して勝利しました。
伊原 阪神は前日の試合に勝利して、ゲーム差1に詰め寄ったのに、この試合に敗れて再び2ゲーム差になりました。巨人にとっては、連敗だけは避けたいところでグリフィンが頑張りました。ローテーションを崩してまで、首位攻防の阪神戦に好調な投手をぶつけた。選手も「ここが勝負どころ」と理解して戦ったのではないでしょうか。
── 阿部監督は就任1年目でリーグ優勝を果たしましたが、伊原さんも2002年に新人監督ながら西武を優勝に導いています。やりづらさはなかったですか?
伊原 私も(阿部)慎之助も長い間コーチを務め、チーム事情を把握していましたので、新人監督とはいえやりづらさというのはなかったです。今シーズンに関して、私は開幕前から巨人と阪神の一騎打ちになると見ていました。阪神の岡田彰布監督も「相手は巨人です」と断言していました。捕手として修羅場をくぐってきた阿部監督を警戒していたということでしょう。
── 巨人の優勝で終わった今季のセ・リーグを総括してください。
伊原 やはり軸になる投手で星を落としたらダメなんです。今年の巨人で言えば、勝負どころで戸郷、菅野がしっかり勝ちきった。阪神は才木浩人が頑張りましたが、昨シーズンMVPの村上頌樹が本来のピッチングができなかった。広島についても、床田寛樹と森下が終盤に失速してしまった。最終的には軸になる投手の差が出て、巨人が4年ぶりのV奪回を果たしたわけです。
伊原春樹(いはら・はるき)/1949年1月18日、広島県生まれ。北川工高(現・府中東高)から芝浦工大を経て、71年にドラフト2位で西鉄に入団。76年巨人に移籍し、78年ライオンズに復帰。80年限りで現役引退。81年から99年まで西武で守備走塁コーチなどを務め、黄金期のチームを支えた。2000年に阪神コーチ、01年に西武コーチを経て、02年西武監督就任、1年目でリーグ優勝を果たす。04年にオリックス監督、07年から10年まで巨人ヘッドコーチを務め、 14年に西武の監督に2度目の就任を果たした。現在は解説者として活躍中