米大統領選で注目される「移民大国アメリカ」の決断…!トランプが「移民がペットを食べている」のデマを拡散したウラには、バイデン・ハリスの「暴走する移民政策」があった!

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「移民がペットを食べる」…デマとアメリカの現実

大統領候補討論会が開かれた9月10日、共和党のドナルド・トランプ候補が対抗馬である民主党のカマラ・ハリス候補に対して、次のように主張した。

「スプリングフィールドで彼ら(ハイチ黒人移民)は犬を食べている。猫を食べている。そこに住んでいる人々のペットを食べている」

前編『大統領候補の発した「デマ」に全米が泣いた…!「移民がペットを食べる」と言ってのけたトランプに捧げられた「皮肉すぎる歌詞の中身」』で紹介してきたように、スプリングフィールドには、ハイチから多くの移民が流入している。

トランプ氏の「ハイチ人が住民のペットを盗んで食料にしている」という発言に、ジャマイカ黒人移民の父とインド人移民の母親を持つハリス氏は失笑して首を横に振り、司会者もペットに危害が及んだという信憑性のある報告はないと注意した。

トランプ候補がオハイオ州のスプリングフィールド市のハイチ移民騒動を大統領選挙で取り上げたのは、偶然ではない。「アメリカファースト」のスローガンや「米国を再び偉大に」という国家観からすれば、むしろ必然であったと言えるだろう。

本稿では、「人種間の緊張」と「バイデン・ハリス政権の『開かれた国境』政策がもたらした米国人労働者層への経済的な影響」という2本の補助線を引いて、スプリングフィールドが象徴する米国社会分断の理解を試みることにしたい。

悲惨な「街の衰退」と「住民の痛み」

1801年に白人が入植し、1850年に市制が敷かれたスプリングフィールドは、1904年に白人警察官を射殺した嫌疑をかけられた黒人男性を1000人以上の白人群衆が監獄から引きずり出して、リンチ殺人で私刑に処した。同時に黒人地域で多くの商店や住宅が焼かれた。

1906年にも黒人住民を迫害する白人による人種騒動が起こり、家を焼かれた100人近くの黒人がホームレスになった。歴史的な人種問題のDNAを抱えているわけで、現在は白人がおよそ73%、黒人は17%、人種ミックスが8%、残りが「その他」である。

一方、同市には20世紀になって自動車部品を中心に多くの製造業企業が進出し、経済が大いに栄えた。しかし、1960年に8万2000人以上に達した人口は、日本やドイツなどとのものづくり競争に勝てなかった米国の産業衰退とともに減少し、1990年代だけでも2万2000のブルーカラー雇用が失われた。21世紀に入ってからはグローバル化の進行でさらに多くの米国人の仕事が中国など海外に移転、同市は極端にさびれてしまう。

高報酬の製造業雇用がごっそり失われたことから、1999年から2014年の間に同市住民の中間所得額は27%も下落している。また、リーマンショック後の2012年から2014年の2年間で、凶悪犯罪は21%増加し、2015年にピークに達する。

その後、細々と残った製造業に加えて、市当局が誘致した食品サービスや医療、教育や金融、物流などの企業が8000人ほどの新規雇用を生んだ。その中には、テック大手の米アマゾンの物流倉庫も含まれている。

しかし、サービス業の進出は安い労働力が目的であり、製造業と比較して給与や待遇が悪いという問題があった。

ちょうどそこへ、「市当局が呼んだわけではない」(ルー市長)にもかかわらず、大挙して押しかけたのがハイチ人移民だったのだ。

「パンデミック」と「人手不足」で押しよせた移民

バイデン・ハリス政権は2021年1月の発足直後から「開かれた国境」政策を採用し、米国に合法・不法移民が大挙して押し寄せた。米ワシントン・ポスト紙によると、2021年1月から2024年1月までに、少なくとも630万人以上もの大量の不法移民が国境で拘束されている。

その内400万人はメキシコあるいは出身国へ送還されたが、多くのハイチ人を含む残り230万人以上は米国内に残留を許され、拘束を逃れて釈放された。これに加えて、ハイチ人を含むおよそ40万人が税関・国境警備局(CBP)に見つかることなく米国内に不法に入境したと推定されている。

ハイチ人に関しては滞在資格がないままの不法入境組に加えて、2023年1月から政権が入境後の不法移民に一時保護資格(TPS)と呼ばれる滞在資格を付与し、21万人が「合法化」された。(この資格は1〜2年で失効し、資格保持者は「不法移民」に戻る。)

ちなみに一時保護資格では、2021年8月のバイデン・ハリス政権による駐アフガニスタン米軍撤退の失敗で実権を掌握したタリバンに迫害されて難民となった7万7000人や、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻の戦禍を逃れてきた17万6000人のウクライナ人も滞在を許可されている。

一方、ウクライナ人やアフガン人受け入れでトラブルが起こったケースはほとんど聞かないが、なぜハイチ人は問題化するのだろうか。前述の人種差別問題に加えて、バイデン・ハリス政権が受け入れ先の事情を一切考慮しない無計画・無秩序なハイチ人受け入れを行い、すでに経済的に弱っていたコミュニティに負担を押し付けたからだ。

この移民歓迎政策に、劣悪な労働環境をいとわない安いハイチ人労働者を求める一部の雇用主や、トランプ派ではない州共和党勢力が便乗する形で、結果的に地元労働者層を経済的に搾取しているのが実情だ。

事実、ハイチ人移民は製造業の衰退で人々の所得が低下した結果として安くなった生活費や、給与や労働環境が製造業と比較して劣るサービス業の求人に引かれてスプリングフィールドにやって来ている。

個人的にハイチとの関係が深いデワイン州知事はインタビューで、ハイチ人移民がスプリングフィールドを目指したのは、現地の企業経営者がパンデミック後に人手不足に見舞われていたためだと説明し、「ハイチ人移民は合法で非常に優秀な労働者だ。働きたいと思っている。実際に残業も望んでいる」と述べた。

だが、そこでは地元住民の仕事を移民が奪う例が報告されている。ローランド・フォア氏(52)は、ある地元企業で時給21ドル(約3000円)の仕事に就いていたが、雇用主が時給13ドル(約1850円)で働くハイチ人を代わりに雇い、失業したと英テレグラフ紙に対して語った。ちなみに、オハイオ州の最低賃金は10ドル45セント(約1500円)だ。

【↑全米平均賃金上昇率(赤紫線)と、スプリングフィールド(緑線)および近隣のオハイオ州デイトン(オレンジ線)を比較したグラフ。ハイチ人移民が流入したスプリングフィールドで、求人が増えているにもかかわらず賃金上昇率が全米平均と比べて低くなっている(Reuters)】

「賃金水準を押し下げ住居費を押し上げている」

ハイチ人移民が大量流入したスプリングフィールドでは、移民の求職者が急増したため、求人全体が増えているにもかかわらず失業率が顕著に上昇している。

興味深いのは、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長が9月18日の会見で、「数百万人(の移民)が労働市場に参入すれば、10万の雇用を新たに創出しても失業率は上がる」と述べ、スプリングフィールドなどの現実を肯定したように見えることだ。

【↑全米平均失業率(赤線)と、スプリングフィールド(緑線)および近隣のオハイオ州デイトン(黄線)を比較したグラフ。ハイチ人移民が大量流入したスプリングフィールドで、移民の求職者が急増したため、求人全体が増えているにもかかわらず失業率が顕著に上昇している(Reuters)】

失業したフォア氏は、「以前は仕事探しがラクだったけど、ハイチ人移民のせいですべてを失った。連邦政府の家賃補助を受けるハイチ人を入居させるために、知り合いの多くが賃貸住宅を追い出されたよ。街中で、憤りがたまっている」と述べた。

同市で保安要員として働くカールトン・コービン氏はテレグラフ紙に対して、「ハイチ人移民は、米国人のわれわれがもらえない補助を、ここにやって来ただけで受けている。おかしいじゃないか」と不満を隠さない。

実際にスプリングフィールドでは、連邦政府から補助が出る貧困層向け医療保険や食費補助、家賃補助の申請が急増して、地元インフラ関係者は対応できずに悲鳴をあげている。

ある病院では、ハイチのクリオール語通訳を6人雇用し、年間通訳費支出が43万6000ドル(約6200万円)へと増加した。住民が医師に診察してもらうまでの待ち時間は何日にも及ぶようになった。さらに、地元小学校も通訳が不足している。

当地の家賃の上昇率は、ハイチ人移民が流入を始めてから、全米平均と比較して顕著に高い。ホームレスの数も増えた。

【米住宅仲介サイトのジローがまとめた、スプリングフィールドにおける家賃の上昇率。ハイチ人移民が増加するにつれ、赤紫線で示された全米平均と比較して、オレンジ線のスプリングフィールドの上昇率が顕著に高くなっている(Reuters)】

米調査企業ムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミストであるマーク・ザンディ氏は米ニュースサイトのアクシオスで、「住宅不足は移民急増とは全く、あるいはほとんど関係ない」との見解を示している。

一方、トランプ前大統領は、「移民の大量流入で住宅が不足して家賃が高騰している」と主張している。スプリングフィールドの労働者層有権者にとり、どちらの見方が現実と整合したものとして受け止められるかは明らかだろう。

同市在住の元ジャーナリストであるビル・モナハン氏は、米ニュース局のニュースネーションに対し、「ここの住宅条例を守らせるべきだ。一つの家に50人も(ハイチ人移民が)住んでいる状況はおかしい。ひとつのベッドルームに1家族が暮らすようにはできていないんだ」と語る。

FBIの統計によると、移民が急増した2019年から2022年までの期間にスプリングフィールドで強盗・傷害・強姦・殺人などを含む凶悪犯罪件数が142%も上昇した。ただし、どの割合が移民流入による社会環境変化によるものかは、この統計からはわからない。

トランプに力を与える現政権の失策

1980年代からハイチ黒人に対して「AIDS持ち」などネガティブな発言を繰り返してきたトランプ前大統領は人種主義者であり、「ハイチ人移民が人々のペットを食べている」という主張にはまったく根拠がない。

だが、トランプ氏が「スプリングフィールドが不法移民に占拠されたことは、ひどい。美しい場所なのに、地獄になってしまった」と話す時に、重い負担に苦しむ多くの同市住民や、同じ思いを共有する全米各地の一部の有権者の心に刺さるのである。

なぜなら、移民が賃金水準を押し下げ、住居費を押し上げるばかりか、地元インフラに「ただ乗り」しているのは真実である場合が多いからだ。

【スプリングフィールドにおける貧困層向け医療保険など連邦福祉手当の登録者数の推移。ハイチ人移民が増加するにつれ、急増している(Reuters)】

問題は、「開かれた国境」移民政策が、グローバル化の影響で雇用や賃金における価格決定権を失い、すでに弱体化して余裕を失っている地元住民に対して、移民受け入れのためにさらに生活水準を犠牲にするよう強要していることだ。

多くの米国人は、バイデン・ハリス政権の移民歓迎政策の結果として人間としての尊厳を奪われたと感じている。これはスプリングフィールドの白人住民が黒人のハイチ移民に対してのみ感じる理不尽な差別感情ではない。同様の怨嗟の声は、ニューヨークやロサンゼルスなど全米各地の都市で高まっている。

また、中西部イリノイ州のシカゴ南部の貧しい黒人地域では、ベネズエラ人の不法移民が5万人近く流入し、家賃補助・食費補助・自動車購入補助を受けている。多くの家主たちが補助金でより高額の家賃収入を得ようと、本来の黒人住民を追い出している。不満を募らせる米国人の黒人市民とベネズエラ人不法移民の間の緊張は高まる一方だ。

自国民保護か移民保護か

【↑バイデン大統領とハリス副大統領。2021年の政権発足直後から政権の移民に対するオープンな政策に引き寄せられて、多くの不法移民が米国にやってきた(ホワイトハウス)】

南北戦争直後に成立した米国憲法の修正第14条第1節には、次のような文言がある。

「いかなる州も合衆国市民の特権あるいは免除権を制限する法を作り、あるいは強制してはならない」

ここで言う「市民の特権」とは狭義に、新たに市民としての地位を認められた黒人奴隷の公民権や政治参加の権利を指している。移民(外国人)は一般的な「法の下の平等」で保護されるが、黒人を含む米国市民は外国人が持たない政治的な特権を持つことが明示されている。

それは、国と国民の最も基本的な社会契約であり、米議会を通して移民政策を決める権利を含む(Congressional plenary power over immigration、憲法第1章第8条第18項)。自国民保護や国民の福利を、住民の意思に反して不法移民のために犠牲にする政権は、憲法に違反している疑いがある。

バイデン大統領もハリス副大統領も就任時に公僕として憲法遵守の誓約を行い、今回の選挙では中間層の底上げを選挙公約としたのだから、自国民保護の義務を果たさなければ、苦境にある国民が移民に関するデマに対して抵抗がなくなってしまう。

デワイン州知事は、スプリングフィールドにおける移民向け医療のため250万ドル(約3億6000万円)を拠出すると明らかにした。そもそも不法入境した移民の定住に血税が使われてよいのかという議論もあるものの、無計画に国境を開いた連邦政府は地元に負担を押し付けず、移民の流入で生活水準が落ちた自国民救済にこそ予算を使うべきではないか。

翻って、米国境における不法移民の入境は7月に2023年8月と比較して68%減少し、民主党のハリス大統領候補は9月18日、バイデン・ハリス政権の対策が奏功しているとして自信を示した。だが、新たな不法移民が減っても、すでに入国したスプリングフィールドのハイチ人移民と地元労働者層の間に生まれた軋轢は、改善どころか悪化している。

それが、選挙戦においてトランプ候補によるハリス候補に対する攻撃の絶好の「つかみ」となっている。「アメリカファースト」と「米国を再び偉大に」を掲げるトランプ候補にとり、バイデン・ハリス政権の移民政策が引き起こした地元住民に対する経済搾取は、国家観にかかわる本質的な問題であるからだ。

そのため、ルー市長やデワイン州知事がやんわり断っているにもかかわらず、トランプ前大統領は「1〜2週間以内にスプリングフィールドを訪問する」との姿勢を変えていない。また、大統領返り咲きの暁には同市から不法移民を強制送還する立場を強化している。

来る11月5日の大統領選挙は、「自国民保護か移民保護か」という民主国家の原則に関するせめぎ合いだ。「労働者層が大統領選の帰結を決める」(民主党のアンディ・レビン元下院議員)状況の中、労働者層の有権者が下す審判が注目される。

さらに連載記事『マスコミはまた間違えるのか…「トランプ低迷、ハリス躍進報道」のウラで、民主党の「不都合な真実」が明らかになっていた!』でも、アメリカ大統領選の趨勢について分析しているので、ぜひ参考としてほしい。

マスコミはまた間違えるのか…「トランプ低迷、ハリス躍進報道」のウラで、民主党の「不都合な真実」が明らかになっていた!