つぼみを全部とった、その理由は…認知症の人が「不可解な行動」をしてしまう「深いワケ」
アメリカや中国でも講演実績のある「認知症講師」渡辺哲弘氏が、認知症患者の「行動のメカニズム」を解説します。認知症のお年寄りは、なぜ介護者を困らせるような「行動」をすることがあるのでしょう?
背景には、「周りに迷惑をかけたくない」、「みんなの役に立ちたい」、にもかかわらず、認知症の症状が邪魔をして周囲に迷惑をかけてしまうというジレンマがありました。
ケアの新たな指針となる渾身の書き下ろし『認知症の人は何を考えているのか』(渡辺哲弘著)より、介護のヒントになる部分を抜粋して紹介します。
『認知症の人は何を考えているのか』連載第17回
『物忘れした認知症の人にヒントを出すのはいい? 悪い?…症状を悪化させない「適切な関わり方」のポイント』より続く
「不可解な行動」をするおばあさん
あるお宅では、こんなことがあったそうです。
この家では、庭に赤いチューリップを植えていました。チューリップはすくすく育ち、3月になって、ようやく「つぼみ」ができました。チューリップを植えたお嫁さんは、花が咲くのを今か今かと楽しみにしていたそうです。
ところが、ある日の夕方、お嫁さんが仕事を終えて帰宅すると、チューリップのつぼみが全部、茎からきれいに切り取られていました。玄関先には、切ったつぼみがザルにまとめて置いてあります。
お嫁さんが留守の時間帯、家には認知症のおばあさんしかいませんでした。このおばあさんがチューリップを切ったのは明らかです。お嫁さんは、もうカンカン。
「何してんの!これからせっかく花が咲くところなのに!」
と、おばあさんを叱りつけてしまいました─。
お嫁さんにとって、おばあさんの行動は不可解です。だから怒ってしまったわけですが、しかし、ここまで本書を読んだ方には、認知症のおばあさんがなぜ「つぼみ」を切り取ったのか、もうわかるはずです。
畑に生えている赤くて丸い…?
植えられていたチューリップは赤でした。その赤くて丸いつぼみを見たおばあさんは、それが何か認識しようとします。
〈これって何だろう?自分の記憶に聞いてみよう〉
おばあさんの脳は、こうして記憶を参照していたことでしょう。
ところが、記憶障害が進行していたため、覚えていた「チューリップのつぼみ」というものを忘れていました。だから、それが何であるかわかりません。これは「失認」の状態です。
それでも、環境に適応しようとして、一生懸命考えます。「畑に生えている、緑色の茎についた、赤くて丸いもの」、これが何なのか解釈しようとするわけです。
「畑に生えている、緑色の茎についた、赤くて丸いもの」と言われたら、あなたは何を思い浮かべますか?
講演でそう問いかけると、いちばんよく出る答えが「トマト」です。そこで、仮にトマトと思ったことにしましょう。では、おばあさんは、この「トマト」をどうしたのでしょうか。
そう、収穫したわけです。
収穫の仕方は覚えていたのです。だから、つぼみの部分だけきれいに切り取って、ザルにまとめておいたのです。
だからもし、こんな行動を目にすることがあったら、読者のみなさんが、
「おばあちゃんは、チューリップのつぼみを忘れてしまって、トマトか何かだと思って収穫されたんじゃないでしょうか」
と、こんな説明を、おばあさんの家族にしてあげれば、「不可解な行動」が理解できるようになるでしょう。
『「大切な家族」が「厄介者」に…認知症になった人に降りかかる「物忘れ」より恐ろしいこと』へ続く